ベビーマッサージルーム~KIZUNA~ 保育士ママのきまぐれ日記

ベビーマッサージルーム~KIZUNA~ 保育士ママのきまぐれ日記

保育士のベビマルーム~KIZUNA~を開きました♪
育児の話や気になっていることなど、気楽に話せる
ルームです(^^)


日々の出来事やベビマのことなど…
色々書いていきたいと思っていますニコニコ


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車で病院へ向かっている途中…
確かに耳鼻科のの先生が言っていたように
状態が悪くなっていくのがわかりました。

総合受付で紹介状を渡すと目を通した事務さんが、急いで耳鼻科受付に行くよう言いました。

耳鼻科の受付に行くと直ぐに中の待ち合い椅子に座るように言われ、既に倦怠感がきていた私はなだれ込むように座りました。
ぼ~っと天井をみているだけ…
熱が上がっている…
そんな状態の私。

程なく呼ばれ、紹介状である程度状態を把握していた先生は直ぐに鼻からスコープを入れて調べてくれました。

咽頭浮腫…
即入院でした。

あと、少しで喉が腫れ、気道が塞がれ、窒息死するところでした。

泣きながら実家に電話
勤務先にも電話…

涙は、息子のことを思って出ていました。

かわいそうなことをした…。

その日の夕方、わたしの父母に連れられ困惑顔で
息子はやってきました。

私は二人きりで息子に、私の体に起きていることをはなし、暫くは家に帰れないので実家でお泊まりすることになる…と伝えました。

我慢している息子が、なんともいじらしく
後ろ姿をみて、声を殺して泣きました。

入院一日目…全く眠れず
朝方漸く少し眠りました。

しっかり治さなきゃ!!
そう誓ったのでした。
離婚調停も無事に終わり、息子との生活がはじまりました。

春に一気に押し寄せた変化。

息子の保育室通い
私の仕事
離婚調停
引越し…

私の体は限界を超えていました。
それでも、やらなきゃ誰がやるの?っていう思いで体は動いていました。

咳が止まらない…
でも、仕事が…
息子のお迎えが…
病院なんて行ってるひまない

そうしているうちに、悪化して
ついに病院で検査を。
なんと、百日咳になっていました。

無理はいけない…。

実家の両親も、息子の体調が悪いときには来てくれ、助けてくれました。

一人で小さな命を背負う重圧感。小さな事でもしたいときには、一人ぼっち。

夜中に子どもはよく具合が悪くなりますよね。
はじめは不安いっぱい、慌てます。

息子が突如ガタガタ震えながら小鹿のように立とうとしたことがありました。
びっくりして、でも明らかに痙攣ではなかったので
#8000というダイヤルに連絡して、看護師さんに様子を伝えて指示をあおぎました。

それは悪寒…
すぐに抱きしめ、ふたり汗だくになり漸く震えは止まりました。その後は言うまでもなく、高熱に。

七転八倒して、腹痛を訴えた夜中。
気持ちも悪そうにしていたので、様子をみていましたが変わらず…。
かわいそうで。
看護師さんは救急を薦めました。
車に乗せて、夜中に隣の市の医大の救急へ。
なんと、便秘…
浣腸して帰ってきました。

まだまだたくさん色々ありました。
でも、保育所に勤めたことで、子どもの体のことや気持ちのこと、色々なことがタイムリーで
息子と重なり、すごく為になりました。

そうして、勤めはじめてから三年目。
わたしの体は、やっぱり限界を超えていました。

運動会も終わった時期でした。
寒くなりはじめ、のどか痛かったのです。
風邪かな…と思い、うちにあった以前内科でもらった風邪薬を飲み続け仕事に行っていました。

けれど、よくなるばかりか針が刺さったように喉は痛み悪化しているように感じました。

会議があったので、夜まで頑張り急いで帰りました。アパートで息子の面倒をみていてくれた母とバトンタッチ。

普通に夕飯を食べ、風呂に入り、日記をつけて寝ました。
その日の日記には、
「ママ、喉が痛い。かぜかな…」

翌朝、四時。
息苦しさで目覚めた私は洗面所に行き、大きな口をあけて鏡をみてみました。
赤い…腫れてる?

あれ?声がでない。
出そうとすると、団子が喉につっかえてる感じで
オエッ!!となりました。

まずいことになった。

私は、上司に連絡して耳鼻科に行ってから仕事に行く許可を無理矢理もらいました。
しぶしぶという感じで上司は許可をくれましたが、
私は行かないと取り返しのつかないことになる気がしたのです。

そうして、実家に連絡。
取り敢えず、結果待ちで待機していてくれることに。
息子が起きてきました。
「ママ、具合わるいの?」
「うん」
というのが精一杯…。

車に乗り、息子の保育室へ。
先生が、「ママ、大丈夫?」
「はい、夕方迎えにきます」
出ない声を振り絞って、答えました。

ダルくなってきた体で、耳鼻科に一番乗り。
と、思いきや一人先にいました。

ベンチに座りながら、たぶん家には暫く帰れない…そんな直感。

呼ばれました。
状態を話してから先生は喉を診て
すぐさま机に向かい何かを書きながら私にいいました。
「車できたの?ここから10分くらいの大学病院にすぐに行って。家には絶対に帰らないで。死ぬかもしれないから。」


離婚調停の日がやってきました。
引越しは、まだだったので自宅から私は向かい、
夫は彼女の家から来たのです。

変な感じでした。

離婚は互いが既に合意だったのと、
私が予め調停員に送っていた書類のおかげで
話はスムーズに運びました。

初めに一人ずつ調停員と話し合いました。
そして、合意内容を、二人の前で裁判官が調停調書を作成したものを読み上げて終了です。

帰りは駅まで、何度も言えない雰囲気でふたりで歩きました。
会話は、養育費の振込のこと…
それだけは、覚えています。

調書に記載してあるので、約束は破らないでほしい…と。


駅で別れました。
引越しの日を告げて…。

ハイハイという感じでした。


勿論、引越し当日はくるわけでもなく。
私は夜逃げならぬ、早朝逃げのように
朝一番で引越し屋さんに運んでもらい
家をでました。

ご近所さんにどんな顔したらいいかわからず…。

離婚も、引越しも両親にはすごく迷惑や心配をかけてしまいました。

息子は、「おうちにかえる~」と泣きました。
夜泣きをしない子でしたが、かなり泣いてどうしようもなく私は雨の中、夜中にグルグル車を走らせて眠るまでずっと走り続けました。

私自身も、体調を崩したりして今、思えば大変な時期でした。