結局、もやもやしたものの正体が少しわかってきた。実はシーズンが始まって、練習が進むにつれて、”おっ”と思うことが多くなった。次男のプレーがガラッと変わってきたのだ。練習に行く前の顔つき、練習中の顔つき。よく集中して、戦っている。なぜだろう? 多分控え選手だと明確な事実を突きつけられたからだろう。常に控えチームで紅白戦させられている。”途中で入っても戦ってやる、そして今に絶対にスタートしてやる。”そんな気持ちがムンムンしているし、言っている。ああ、人は一度落ちることも大切なんだなと思った。これなら当分スタートしなくていいや、と私が本気で思うぐらい充実した1ヶ月を過ごしてきた。プレシーズンマッチでの出場時間は30, 40, 45分とまさに試されているなという感じ。私から見るに、かなりよくやっていた。そしていよいよシーズンスタート。1試合目30分、2試合目60分(しかも、決定的なスルーパスで勝ち越し点をお膳立て)、3試合目85分(試合は引き分けだが、とにかくよくやっていた。)。3週間の間戦い続けた次男は自分の地位を実力で築いていったのだ。そして、順調すぎてやばいなと私は思った。”とても単純な次男のことだ、これは私が予想していたことが思ったより早く来るな。”と思っていた矢先に、予想通りのことが起こった。

この中途半端な気持ちでのシーズンインで、逆に次男と話すことが多くなった。とにかく次男の気持ちを引き出してみようと思ったのだ。そんな中で少しわかってきたのが、緊張だ。とにかくここ半年ぐらい、緊張と戦い続けているらしいのだ。長男の時もそうだったのだが、最初は”これが緊張だ。”と意識することもなく、なぜかうまくできなくなったりするものなのだ。実際長男は”俺は緊張なんかしない。”としばらく言い張っていた。緊張していると自覚するのも最初は難しいのだ。次男は緊張した感覚はわかるのだが、どう対処していいかわからないことが多いらしい。プレーが最初にうまくいくとそのまま緊張がなくなったりもするのだが、最初のプレーがダメだと緊張は増していくみたいだ。そこで、まずは”緊張しないようにする”ために頑張るのはやめようとアドバイスしてみた。”緊張は必ずする”と考えたほうが楽だと。じゃあ、緊張した時にどうすればいいのか? 簡単にはいかないと思うけど、自分が今何をしなきゃいけないか考えたほうがいい。緊張は頭を真っ白にして、結局何をしていいかわからなくなるんだ。だから、緊張した時は常に、何をするべきか考える練習をすればいい。幸い、レギュラーも確約されていない今、練習でも毎回緊張するらしい。緊張と戦う練習をするいい機会だ。わかる人はわかると思うが、極度の緊張は体の動きを遅くするし、戦う気持ちを萎えさせる。その場にいるのが嫌になるのだ。これはきっともやもやの一つの原因なんだなと思った。でもこれよりもっと大きな原因があったと思うのだ。と言うか、その大きな原因のせいでいざという時に緊張してしまったりするのだと思ったのだ。

実は結局結論が出ず、そのままズルズルとシーズンに突入してしまった。正直、次男の人生なのに私がスパッとやめてしまうのもためらわれたし、かといって私はそんなにハッピーではないし、こんな中途半端な気持ちでのシーズンの始まりは初めてだった。以前は次男がどれだけ成長を見せてくれるのか、ワクワクしたのもだった。

そんな中、昨シーズンまでの担当コーチ、今シーズンからアカデミーの下部組織で若い子たちの担当になるコーチの最後の練習があった。シーズン最初で担当コーチも確定してなかったので手伝いに来てくれたのだろう。1年半前、自学年でくすぶっていた次男を上の学年に引き上げて、それ以来レギュラーとして使ってくれたコーチだ。次男の才能や人間性をものすごく評価してくれていた。将来について相談した3人のコーチの一人だ。そのコーチとの練習を見ていて私はまたいつものもやもやしたものが出てきた。”なんか頑張れてないな。”と思ってしまうのだ。コーチはどう感じたのだろう? 次男は実は練習が終わってからのルーティーンがあって戻ってくるのが遅いのだが、コーチがそんな次男を待っていて、一人残っている次男を呼び止めて話をしている。”これは俺とお前だけの秘密だぞ。お前は、ここで絶対に頑張って行くって、俺にはわかる。俺だって今の体制が必ずしも好きじゃない。だから、どうしても嫌になったら俺に言え。他のアカデミーにお前を入れるために協力してやる。親にもそう言っておけ。最後にお前と練習できてよかったよ、頑張れよ。”とあとで次男から聞いた言葉だ。このコーチ独特のはげましなんだな。なんだろう、ちょっとプレッシャーが軽くなったのか?それとも理解してくれる人がいることを感じたのか?ちょっと気が晴れた。正直、次男のパフォーマンスや私の仕事以外に、現ディレクターを含め誰も次男のことを評価していなさそうなコーチ陣に次男を預けるのが初めての経験だっていうのも影響していたんだなと思った。でもまあそれも経験なのかな。少なくとも私は、もう一年やってみっかなと思い始めてきた。

昨シーズンの終わりから次男のサッカーを見ていてずっともやもやしたものを感じていた。球際での出だしが遅いとか、ディフェンスで激しく行けてないこととかが具体的なことなのだが、全体的にこのもやもや感が結局シーズン中消えなかった。そもそももやもやの原因もうまく説明できない。簡単に言えば、次男が2年前みたいにダイナミックにプレーできていないように見えることなのだが、私が自分自身で説明できないことは次男に説明したってわからない。成長の遅さだとか第2次性徴によるホルモンバランスのせいだとか、いろいろ原因は考えられたのだが、はっきりこれだと原因を特定できるわけでもない。そんな中で、前回のシーズンの始まり1週間前と言うブログを書いた直後に、”もうやめた。”と私が思ってしまった。私の仕事時間を削ってまで、何時間もドライブする価値ないなと。私は自分の仕事に情熱があるし、今、充実しているし。この1ヶ月のクラブが休み中の私自身の充実感を捨てたくないという気持ちが強くなった。実際経済的にも助かるし。正直に私の気持ちを次男にも伝えた。”サッカーやめろって言っているのではなくて、1年地元で自主トレ中心にして、少しクラブと距離を置いたら?”と提案してみた。次男がお世話になって、次男の将来性に期待してくれているとわかっている3人のコーチにも相談してみた。言い方はちがうが、3人のコーチが一様に、”この歳では戦術を学ぶ必要があるので、絶対にやめるべきではない。”と言っていた。さて練習の始まりまであと2、3日のところで迷いに迷った決断が迫った。

気がついたら次男のシーズンが終わって、ドライブのない1ヶ月の休みを自分のために楽しんでいました。うまいもの食べて、うまい酒飲んで、毎日が楽しいです(笑)。シーズン中はシカゴまでのドライブ、残りの時間はほぼ全て仕事のために使うなどあまりに忙しく、特に今シーズンは私の仕事での複数の予算申請書の作成とも重なり、記録を残すという目的のこのサイトが手付かず。これほどシーズンオフを楽しむ自分は2年前には想像できませんでした。でもシーズンの総括ぐらいはしておこうかな。あと一週間で新しいシーズンが始まるので。

このシーズン、良かったことは、アカデミーに入って初めてゴールの匂いがする選手になってきたこと。特に、ミドルシュートを決めるシーンが幾つかあって、これは良かったか。アシストの数も増えた。多くの場合ポジションが#8(シャビのポジション)だったことを考えると19試合で10ゴール5アシストはまずまずだったかもしれない。でも目標としていた二つ上の学年のグループで試合に出るというのは叶わなかった。とにかくネガティブなのは、体の成長。一つ下の2003年生まれに入っても下から2番目。以前160センチを超えたと書いたのだが、最近わかったのは実は身長だけではないということ。まだ成長途上である次男はどうしても筋肉がつきにくい。他の子は成長が終わっているのであとはガンガン筋肉をつけて行っている。肩幅も1.5倍ぐらいある。この差は大きい。この年代でのパフォーマンスだけをとれば、今の身長で止まってあとは筋肉をつけていく方が早く活躍できる可能性が高いのだ。でも長い目で見れば、身長がまだ伸びるのであればそれに越したことはないと思うので、辛抱が必要かも。個人でトレーナーさんとやっているフィジカルトレーニングは成長期が止まったあとの筋肉のつき方を正しく、そしてスムースにするためにしていると考えている。そして1番の問題は、次男の体の成長があまりに遅いためにコーチ陣は次男の成長はここで終わりだから、もっと筋肉をつけろと思っているようだということ。これはシーズン後のミーティングで私たちが感じたこと。なんというか当落線上に入れられている予感がする。実は今度のPSGから来たディレクター、フィジカルがある程度に達していないと契約を更新していない。一つ上の学年では結構テクニカルな子たちもかなりカットされた。”来シーズンはU17(2001)/U16(2002)の混合チームになるので、次男くんにとってすぐには先発できず辛いシーズンになると思いますが、それがとてもいいことだと思いますよ。”とベンチスタートが前提のミーティング。まあ、確かにいい部分もあるのだろうけど、はじめからそう言われるとちょっと萎える。ドライブ長いし。

次男の来シーズンに向けてのテーマは”自主性”。とにかく全て自分でやる。サッカーも、勉強も、そして生活も。でも具体的な目標も必要だと思ったので、勉強ではスペイン語で喋れるようになること。とにかく自分でどうやったら喋れるようになるのか考えること。1年後にスペイン語でメキシコ人の私たちの友人と会話できなかったらサッカーのサポートは終わりという約束。生活では自分で食事を準備できること。私はかあちゃんが次男を妊娠している時からかれこれ15年以上、家の食事を全て作っているので、男が料理できないという言い訳は受け付けない。面白いことに勉強嫌いな次男がこの夏は一生懸命勉強して、楽しいとさえ言っている。ランチぐらいは自分で準備している。これは進歩か。一人で何でもできるようになれば、プレーするチームや国の選択肢もぐっと上がる。

とにかく、一応契約更新され、あと一年はここでやることが決まったので、あまり楽しみではないけど、頑張るしかないか。

U16の遠征メンバーには選ばれなかった次男、残ったU15(2001年生まれ)のチームメイト達と練習試合。相手は地元のクラブ関連チームのU16。次男は10番のポジションでプレー。で、初得点は次男。折り返しのボールを走り込んでボレーで決めた。2点目もアシストのアシストで絡んでいた。試合は2−1で勝利。久々の試合で楽しかったらしい。まあ、シュートは4、5本打っていたので、もう少し入っていてもよかった気がするが、今はゴールして自信をつける方が大事かもしれない。それにしても久々にタイトにマークされた。特に後半、気がついたら一人のプレーヤーがぴっちりと次男にひっついている。そして、そのプレーヤーがマークするのに疲れてきたなと思ったら違う選手がぴったりと付いている。次男が”試合中相手のコーチが、僕にぴったりと付けって声を出しているんだよ。そしてその選手をせっかくうまくまけるようになってきたと思ったら、元気なやつが新しいマークについてきた。”と次男も言っていた。”でもいい練習になったな。”とも。本当、それほど警戒するような選手ではないんですよと言いたいが、次男的にはいい練習になったからありがたい。時々次男をとても過大評価してくれるコーチに出会うことがあるが、久しぶりにそういう相手チームに当たった。マジでただの悩める子羊なんだけどなあ。

柴崎選手のニュースを見て自分がアメリカに来た頃のことを思い出した。
言葉が通じないって本当に人を不安にするし、憂鬱にするのだ。英語なんて中学校からずっと勉強しているのだが、実際に生活してみると全く実用的ではない。もちろん学んだことが後から役立ってくるのだが、とにかく最初は何も聞き取れないので、それ以前の問題になる。そんなわけで、アメリカに来たばかりの私はランチの時に人と話さなければならないのが嫌で1時間早く建物の屋上で一人寂しく弁当を食べたものだ。景色だけはなんとも美しく、大西洋が一望できるわけなのだが、それがさらに寂しさを誘導して半泣きになる。”ああ、なんでアメリカなんかに来ちゃったんだろう?日本に帰りたい。”、アメリカで研究するのが小さい時からの夢だったのに、こんな考えが頭をついたものだ。週末誰もいない研究室で実験しながら松山千春のCDを聞いていて、大空と大地の中でがかかった時にマジで涙が止まらなくなった。そう、泣きながら、仕事をしていたのだ。でも今となっては笑い話。いろんなエピソード(失敗談ともいう)を残しつつもう20年アメリカで生活しているんだなあと思う。最初の5年ぐらいから英語力は頭打ちだが(笑)。アクセントは治らんですよ。でもそれをジョークにできるぐらい余裕ができたのは確か。アクセントジョークって妙にアメリカ人にウケるんだよなあ。

思春期なんてクソだ、と思う今日このごろ。まあ、スクールウォーズ世代というか校内暴力世代というか、とにかく”怒り”に支配されていたような私の思春期よりはマシですが、次男の心はすぐに闇に入り込みます。感情の起伏は大きく、弱いモードと怒りモードが交互に来て、これも面倒。すぐに部屋に逃げ込んで自分の闇の中で悶々としているようです。ちょっと体の調子が悪いと、世界の終わりみたいな顔になる弱さを見せるくせに、人種差別的な発言を次男に浴びせたチームメイトには殴りかかったみたいです。まあ、殴りかかるのも弱さの表れでもあるんですけどね。そんなわけで、昔、皆から可愛いって言われていた次男はもう他人ですよ。いつも気難しい顔をして必死に生きています。それでもサッカーの自主練習は心のよりどころになっているみたいで欠かさずやっています。でも先日練習を2時間たっぷりやって帰ってきてもネガティブな雰囲気が漂っていたので、”そんな顔して帰ってくる練習したって上手くならんぞ。”って言ったら、会話をする気になったらしく”足りないことが多すぎるし、自分があまり下手すぎて嫌になる。”っていつものネガティブ次男くんの本領発揮をしていました。”何が下手なんだと思う?”って聞いたら、”シュートとドリブル。”と言ったので、”いつもチーム練習見ているからわかるけど、シュートもドリブルもチームの中で上手い方だよ。ここ(胸を指して)が問題なだけ。シュートを打つにも、ドリブルするにも躊躇しまくっているから上手くいかないんだよ。”と言いました。それでも”理想との差が大きすぎて嫌になる。”と言う。次男には言わなかったが、先週U16の遠征メンバーに選ばれなかったのも理由の一つなんだと思う。とにかく、それじゃあと得意のたとえ話。
”いいかい、山登りするときにどうやって登る?いつも頂上を見ながら上を向いて登るかい?それとも足元をしっかり見ながら一歩一歩歩いて登るのかい?そう、後者だろ。自分の足元が見えなくて頂上(ここでは自分の高い目標)ばかり気にしている人は結局頂上にはいけないんだよ。途中で落ちちゃうからな。サッカーも一緒。君の壮大な夢はわかるけど、そこに到達するには足元を見て一歩一歩進んでいく気持ちが大事なんだよ。今日は昨日よりちょっと良くなった、そんなことを繰り返して気がついたら頂上(目標)に達しているんだよ。もう一ついいことを教えてあげよう。もし君が頂上に登ったと思ったら、今まで雲に隠れていたもっと高い山(目標)が絶対でてくるんだよ。その時はまた一歩一歩そこを目指して足元を見て登っていくしかないんだよ。人生とはその繰り返しなのさ。だから好きなことを選ばないと続かないんだよ。”
珍しく私の話を聞いて納得したように見えた次男、その日の練習の紅白戦で2ゴール叩き込んでニッコリと戻ってきた。練習からニッコリ帰ってきた次男見たのなんか久しぶり。でも闇は終わらないのもわかっている。そんなこんなで思春期真っ只中ダーク次男にしばらく付き合わなければならないと思うとちょっと憂鬱なとうちゃんです。
 

胃の調子も悪く食欲も落ちていた12月から1月、それでも身長は少しずつ伸びており、もうちょいで160cm。ジオビンコが164cmでバリバリのトッププロ。ここまできたらもう小さいからという言い訳はできないな。体を鍛えていくしかない。メンタルもね。

私と次男の胃酸過多は完全に遺伝です。私の爺さんは胃酸過多が激しすぎて、兵役の検査で落ちたという逸話があります。かくいう私も中学生ごろからひどい胃酸過多に悩まされ続けてきましたが、それが普通になってしまいすっかり忘れていました。かつては食べ過ぎた後寝ていたら胸をかきむしりたくなるような激痛をしょっちゅう経験していました。年をとって胃酸が減って随分症状が軽くなったのですが、今でも走っていると胃酸が胸まで上がってきて不快感が広がります。実は胸焼けは一過性のもので、私は慣れているので、そのまま走り続けると治るというのがわかっているのですが。昨日次男は久しぶりにフットサルをやって、これを初めて経験しました。次男はマジで怖かったのだと思います。帰ってきてから”息ができなくなった。なんでだろう?”と言っていました。そこで”それは胃酸過多で胸が焼けているんだよ。とうちゃんには運動するたびに起こってるけどね”と教えてあげたら、”そんなのか、そういえば以前試合で起こったのも同じ症状だった。”と言い始めました。

実はもう何ヶ月も前になるのですが、試合中に胸が痛くなって心臓の病気ではないかと怖がっていた次男を、”そんなわけないだろ。ナショナルキャンプの前に心臓の精密検査もしているんだから。気のせいだ。”と一蹴した私はちょっと反省。もう少し早く気づいてあげればよかったなあと思います。

いやあ、親子ってこんな所まで似てしまうんですね。