丘の上の家1
港を見下ろす町は霧雨が降っている。つかさは、住宅街を貫く階段を登りながら、半ダースのビールと今夜の鍋の材料を入れた買い物袋を重そうに運ぶ。
小学生からの幼なじみの悦子が、うちに遊びに来るのだ。八年ぶりの再会、そう思うだけで懐かしさと嬉しさがこみ上げて来る。
丘を登り切り家に着く。雨にこれ以上濡れないように急いでドアを開けようとすると、鍵は既に開いている。
ドアの動くもの音を聞きつけて、古い木材をギシギシ軋ませながら、廊下の奥から母方の叔母が出て来る。
「叔母さん、来てたの?」
「つかさ、こんなに古くて広い家にいつまでも住んでいないで、さっさと売って早くこざっぱりした所に住みなさいよ」
「今日は人が来るの。その話はまた他の日にして」
「あんた、五十二にもなって、まさか男じゃないでしょうね?」
無理やり叔母を帰して、客を待たずにビールの缶を空けることにする。中二階に胡座をかいて、窓を開き霧笛の音をぼんやり聞く。
桜が咲くのを待っていたかのように長く闘病していた母が亡くなってから、叔母は一人残ったつかさに家を売るように迫って来るようになった。
つかさが生まれてからずっと住んで来た白いペンキの剥がれかかった古い二階建の洋館。叔母には実家にあたるから、売り払って金にしたいのだ。かと言ってつかさの方は他の家で暮らすなど想像もつかない。
チャイムが鳴る。階段を駆け下りる。美しい人は、レインコートを着て玄関に立ち微笑んでいる。その顔から離れていた年月の跡を探してみても、時間の長さは消えてただ昔ながらの少し色の浅黒いにこやかさの中へ消えてしまう。
「えっちゃん」
「つかさ。少し太った?」
少しどころかだいぶ太ったので、つかさは変わらない悦子と自分を比較して恥ずかしくなる。そっとハグすると品のいい香水の中に大人の女の匂いがすることに気付く。
「プチ・フルールのシュークリームタルトよ、ハイ!」
つかさの好物を覚えていてくれる。ダイニングキッチンに通して、買って置いたグゥテマラのコーヒーをワイルドストロベリーのカップに入れる。
顔を見合せて聞き慣れた互いの声で長く続いている雨の話しをしながら、二人はすぐさま離れていた時間を飛び越える。細かい事情など話さない。ただ同じ時を共有している。
やがてキッチンに並んでキャアキャア笑いあいながら鍋の支度をする。
「つかさったら本当にぶきっちょね」
からかう声は暖かい。
