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昨日は

昨日はついに起き上がれなくなり会社に行くことができませんでした。

家の中にいても今の自分が申し訳なく、また今回の選択を誤ったと言われ、居場所を見つけることができなくてさらに混乱してしまうという最も苦しい状態になってしまいました。

全部自分が撒いた種ですが、改めて人間は一人なのだという気持ちを悲しく強く確信する結果となりました。

屈辱、そして心が折れた

僕は今年4月から東京で仕事をするようになった。
扱うものは元いた所と同じだが、扱うものを商売する場所な異なる。
元いた所ではそれなりの成果は残せていた。
しかし、上司の気まぐれもパワハラに近い恫喝が続き、振り回されて僕はエネルギーを枯渇していった。
数ヶ月迷い東京での仕事を決心した。
東京では同じものを扱っていても全く業務内容が異なる。
ひたすら戸惑いの連続と今はまだ仕方ないことを含めて貢献できない無力感で自己否定を繰り返した。
しかし一部の人たちは以前の僕の仕事ぶりを知っているため何もしていないのに期待値だけが上がっていく状況になり、徐々に焦りを覚えていた。
そして諸々が外圧、内圧となって僕の精神を、蝕んでいった。
そこへきて今日心を折られるような出来事があった。
自分より18歳年下の同僚がいるのだが、今の職場では彼の方が当然キャリアな上だ。
でも僕の以前を知っているので、言葉が婉曲的ではありながらも僕にはわかるようなイライラが含まれる言葉を発するようになった。
自分はこんなに仕事をしているのに、後から入ってきてなんなんだという思いが伝わってくる。
ある業務で薄い壁一枚隔てた所にいるので、僕がいるとわかっていてもいいという思いなのか、声のトーンの調整を間違ったのか
別の同僚に
『やらせりゃいいんだよ』
という言葉を発した。
コロナ禍での引越し、転職、同じものを扱っていても全く異なる業務内容、その他諸々の事情があり僕が一番自分の力量を発揮できる業務には現状てはまたできない。
いっぱいのストレスの中でギリギリの状態で自分を立たせてきたが、、この一言であっという間に崩壊した。
彼が自信家で類稀なる自己肯定感を持ち、どこでも首を突っ込み、承認欲求が非常に強いことはわかっていたので、時にそれが他者への攻撃に繋がることはわかっていたが、それでも全体のキャリアとしては約15年の差がある自分に対してそういった言葉を壁一枚向こうで発せられると彼の自分に対する思いが否定的なのもわかるし、何よりも弱りきっていた自分にはとても完全に心が砕け散ることとなった。

些細な言葉でも一人の人間の尊厳を根底から潰してしまうことを如実に体験し、ここにはいられないしいたくもないという心が堅固になっていまいました。

どこへいってもヘタレだけど、やっぱり今回もヘタレで終わりそうです。

ただ一人

昨晩しみじみと何があろうと自分は一人であり、自分は自分以外の人を完全に理解することはできませんし、人も自分を理解できないことをしみじみと噛み締めることがありました。

その時とても多くの意味を含めた涙が思わず流れてしまいました。

一人なのに何故こんなにも自分を窮屈にしてしまっているのだろうか。

一人なのに何故こんなにも自分を否定し、半狂乱に近いほど自分を追い込んでしまうのだろうか。


もう少し楽に考えるようになりたいです。

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