今朝の1968年生まれの162センチ47キロの美魔女の食事内容の記事を目にした。まず思ったのが痩せすぎだろう。この数字を前面に出すと言うのは、この数字を肯定してると言うことだ。そして相変わらず痩せてるのが宜しいというマスコミの風潮に反感を覚えた。健康面でいえばもちろんオーナーウェイトよりは痩せてる方が良いという事もある。でも健康というのは体重だけで判断できるものではない。体重が重くても筋肉の量が多く健康的かもしれない、痩せていても内脂肪が多く不健康かもしれない。見た目もそうだ。引き締まった体ならむしろ体重がある方がかっこいい。もう痩せてればいいという風潮を老若男女いい加減やめてほしいと願う。

 そして次は「美魔女という単語に反応」してしまった。まだこんなことをしているのか!私はこの単語の意味奥深くには、髪を振り乱し自分の事を構ってられずに家族のため世間のために生きてる大多数の女性を、外見を構わずに怠けてると見下してると感じるのである。言っておくが私はミスコンを否定するフェミニストではない。一昔前のビクトリアンシークレットのエンジェルも好きであった。ただ美魔女となると先に言った理由から、なぜかモヤモヤしてしまう。そこで美魔女について定義を改めて調べた。

 ウィキオペディアからの定義

ブームを仕掛けた『美STORY』は「年齢という言葉が無意味なほどの輝いた容姿」「経験を積み重ねて磨かれた内面の美しさ」「いつまでも美を追求し続ける好奇心と向上心」「美しさが自己満足にならない社交性」という条件を備えた"エイジレスビューティー"な女性を「美魔女」と定義[2][3][4]。しかし、一部では単に「年齢を感じさせない若さを保っている大人の女性」という意味で使われた[5]。という事。

 まあ色々書かれているが要するに若い子には当てはまらないことを考えると本人の努力、遺伝子的なギフトも含めて実年齢よりも異常に若く見えるということであろう。ただ、ここ言えるのは魔女という言葉から「異常に」というところである。普通に若く見えますねではない。普通では考えられないくらい若く見えることが大事なのだ。それには遺伝子的要素を排除した場合、本人の努力の賜物であろう。それはそれで尊敬に値する。しかしだそれは本人の日々の選択の結果でありそれを褒め称えるのは違うんじゃないかと思う。

言い換えれば彼女たちが若さをキープする日々を選択した結果である。他にも色々選択できたであろう。温暖化予防、人口増加、環境問題、子育て、仕事、趣味、などなどである。でも彼女らはそれを選ばずに若さをキープすることに時間と労力を注いだのである。いわばそれは誰よりも何よりも自分自身に集中してきた日々の証である。若さ、美しさは健康をイメージし、健康は繁殖力をイメージさせる。それゆえに世間は本能的に若さと美しさを愛するのである。そして何時までも歳を取らない美魔女に反応するだ。話がそれた。要するに私は美魔女はいい歳こいて自分に執着する残念な人と思ってしまうのだ。そして最後にそのエネルギーをもっと世の中が良くなることに使えるのが繁殖マーケットから降りたおばさんの特権だと思う。ということから美魔女をいまだに唱えるマスコミが馬鹿に見えるのです。おばさんを褒めるなら世の中を良くすることに時間を割いてる人たちをもっと褒めてほしい。