春日真木子先生 初学講座 第五回 滅びない前衛


・ 塚本邦夫の歌  表現の変革とニヒルな眼差し。
・ 岡井 隆の歌  ロマンと想像力をもって社会を詠む。
・ 寺山修二の歌  瑞々しく歌を作り上げ、
             瑞々しく読者に与える。
 
今回は
 
・ 岡井 隆の歌  ロマンと想像力をもって社会を詠む。
 
のお話の部分です。
 
 
 
 
 
 
 
------------------------------
 
 
 
  それからやはり岡井隆をやらなくてはならない。岡井隆はアララギに入会していたの。最初はアララギなのよ。写実から出発しているのですよ。昭和二十一年からアララギに入って昭和二十六年に近藤芳美と一緒に「 未来 」を創刊します。それに加わっています。だからわりと生活詠を作っていたのよね。アララギだから。ロマン的な詠み方ではあるけれども、普通の生活をロマン的に詠んでいた歌が多かった。昭和三十年代の塚本邦雄と前衛短歌運動の旗頭です。塚本と岡井この二人が活躍したのです。
 割り合いに社会詠をロマン的に詠みます。それから思想ね。こういったものを感性的に詠んでいく。ここに特徴があってとても真似ができないけれどよく学んでおいた方がいい。
 
 
 眠られぬ母のためわが誦む童話母の寝入りし後王子死す
   『 斉唱 』 岡井 隆
 
 
  子供のためにお母さんが読むのが童話なのに、母のために誦んでいるわけ。母がね、病気なのです。二十年くらい病気していたみたいよ。高血圧と心臓神経症と ノイローゼとかね、亡くなるのがそれから四半世紀後みたいだから、ずっと病んでいらしたみたい。これは、母のために童話を誦む。本当かなあと思うでしょ う。誦むとしても童話を誦むかなと、お母さんに。フィクションですよ。要するにフィクションが多いということ。
 
 現実をそのまま詠むのではなくて作り変えているということ。
 
  これ、私がフィクションも大事よ、想像力よ、って言うでしょう。それが大事なこと。そして大事なのは母が寝入った後で王子が死ぬの。だから母は悲しい思い をしないわけよ。これは母を悲しませたくないという思いがここにあってね。この頃結婚問題で彼は悩んでいたみたいなの。自分の結末も母に知らせたくなかっ たのではないかという説もありますけれども。自らも不安な時代ですから予感があって、それで母が眠った後で王子を死なせている。こういうあたりのフィク ションが上手いと思うの。おおいに学んでいただきたいと思う。
 
 
 
 * * *
 
 
 
 雲に雌雄ありや 地平にあい寄りて恥(やさ)しきいろをたたう夕ぐれ
   『 土地よ痛みを買え 』
 
 
  この五番目の歌も私好きなの。〈 雲に雌雄ありや 〉雲に雌と雄があるだろうか。そして地平の向こうで雌の雲と雄の雲があい寄ってぼおっと恥ずかしくなって、そして雲が明るくなった。こういう見方できる? すごいと思うの。こういう想像力はどこから来るのだろうねえ。自然詠を掴み直すというか詠み直す、というところでしょうね。本当に見方によって雲もこんなにも自在なものになるのか、夕茜もこんなにもエロティックになるのか、思うじゃありませんか。
 
 
 
 * * *
 
 
 
 肺尖にひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は
   『 朝狩 』
 
 
 その次はお医者さんとしての歌です。お医者さんだから聴診器を当てた、あるいはレントゲンの写真を見ていたのかもしれない。

 肺尖って肺の一番上のとんがったところでしょう、医学用語なのではないですか。レントゲン写真か何かで病巣が見つかって、それもかなり重そうだなと思う訳ですよ。そうすると患者にどうやって告げようか。
〈 昼顔の花燃ゆ 〉と告げられたらどうなのでしょうね。
〈 昼顔の花燃ゆ 〉というのが鮮やかになってくるでしょう。


 医者として当たり前の時を詠んでいるのよ。聴診器当てているときかもしれないから。こういう歌を作っているということ。現実の深刻さというのを軽々と撥ね退けてね。読み手に新鮮な驚きを与えている。いずれもうまい歌だと思う。私は好きな歌ですよ。