ふと思い出すと学校時代は体育祭が大好きやった。
それこそ、部活と同じくらい本気で取り組みたいことや。
長い準備期間から熱がこもる。
春からコツコツと資料を作ったり授業で練習したり、近づいてくると本当にワクワクが止まらんかった。
前日夜のライン引きが終わると9割以上が終わったようなもんや。
そしていよいよ当日の朝が来る。
いつの体育祭やったでしょうか、開会式が始まった瞬間に涙が止まらんかったことがあった。
体育祭はこれから始まるのに、まるでもう終わったかのように…。
この瞬間が一番キツイ。。。
(校長のコトバに感激して泣いたのでは決してない笑。)
これが自分のよく言う『終わりの始まり』である。
何事も終わってしまえばあっけないもんや。
本当の終わりはあっという間に来て、終わってしまえば残るのは儚い思い出のみ。
終わりはやがて過去の記憶になってしまう。
それがイヤやから、きて欲しくないから、だから『終わりの始まり』が来たことに涙する。
体育祭で例えたけど、それ以外で言えば、試合開始直前のアップや卒業式が始まる前の入場時など…。
思い入れを持って取り組み、瞬間瞬間に生きてるからこそ味わう感覚。。。
最近また『終わりの始まり』を感じる。
大好きな球場で過ごす日々も今日で終わり。
毎日仕事終わったら誰かとワクワクしながら通っていた。
週末も試合がある時は他の何より優先してそっちに行くようにしていた。
私に毎試合チケットをくれる方。
球場でチケットを切ってくれる兄さん。
いつも美味しいビールを注いでくれる売り子さん。
そして目の前で熱い試合を見せてくれる選手達。
本当に大好きな空間やった。
野球観戦を通して友達もいっぱいできたし、再会したご縁もいっぱいあった。
いつまでもこんな自由気ままな生活を送ってたらあかんなぁ~ってのは十分理解しつつ、そやけど今年が最後やからこそ、とことん遊び尽くそうと毎試合通うことを決めてフォーカスし続けた。
時間とお金を相当かけた。
会社の皆さんは来シーズンもその次もある。
けど自分は今シーズンが最後なんや。
最後やからこそどれだけ負けが込んでようが思い入れがある。
終わりは来て欲しくない。
けど終わりが来ることは避けられへん。
そやから仕方ない。
明日は『終わりの始まり』を思いっきり感じながら、皆さんに感謝の気持ちを込めて挨拶とお礼をしよう。
皆さんのことが本当に大好きです。
ありがとうございましたm(_ _)m
この数年、フラフラと毎日毎晩遊び呆けていたが、こちらでの日々も残り半年となった。
そしてようやく学ぶ意欲が湧いてきた。
長い長い休憩時間やった…。
時というものは不思議なものである。
過去も海も山も街も全部超えて。。。
あの時はらわた煮えくり返ったことがリセットされてたり、悲しみや絶望に打ちひしがれていたことが無くなっていたりする。
全てを失って何も残らず、身も心もスカスカやった時もあったけど、今では多くの人達に囲まれてワイワイやっている。
ズタズタに引き裂かれてトラウマになった心のキズはいつの間にか修復されている。
そして不思議なもんで、いつの間にかお互いに許せるようになり、笑い話にできるようになる。
これは自分が大人になったとか、丸くなったと表現すればそれまでやけど、そんな軽いもんじゃない。
最高に楽しい時間を共有できたことには間違いなく理由がある。
もう同じ過ちは繰り返さない。
過去の小さかった自分とはもう全然違うんや。
もう一度言う、今は昔とは違う。
「give & forget」の精神を遵守し、周りの人達みんなに対して見返りのない愛を持つって決めたんや。
些細なことに凝り固まった器の小さい男なんかと違う。
私利私欲は捨てた。
我を通したら誰かが傷つく。
誰かをボロボロに傷つけてまで自分がどうなりたいとか、そんなものはいらん。
全ては諦めた。
もはやなるようにしかならへんねんから、もがくことなく流されるのみ。
これでええんや。
周りの人達の笑顔を作るお手伝いをし、周りの人達の幸せに貢献し、そして自分自身も我慢することなく楽しく過ごせればそれでいい。
何より、大切な人達が幸せになってくれれば最高なんや。
それが自分にできるせめてもの償いっていうか、恩返しやと思う。。。
そんな時は己の信念を貫くべきか、それとも周りのために動くべきか。
どっちがええんやろか…。
自分はそんなことは一切悩んでませんが(^_^;)
個人的には年を重ねたり環境や立場が変われば信念なんてなんぼでも変わっていくもんやと思っている。
信念なんて所詮経験則から来たもの。
環境が変われば、ものの見方が変われば、なんぼでも変わるもんや。
ってか、より良いようにアップデートされ続けていかなあかんと思う。
でっかい仕事をしたい。
けど自分に与えられる仕事はちっさいことばっかり。
何で!?
自分は認められてへんねんや。。。
そない思うこともあるやろう。
そやけどちいさい仕事でもやればいい。
一生懸命やればいい。
今は目の前のことをただ頑張るだけでええねん。
ほんでしっかりやったら『ありがとう』って言ってもらえるんや。
そんな『ありがとう』をひとつずつ積み重ねていくと、だんだん周りの見る目も変わっていくねん。
自分のやりたいことと違うとか言ってんと、とにかくやってみること。
周りの期待に応え続けてるとだんだんと発言できるようになってくる。
そして時が来たら思いきって言えばええねん。
『私はこれがしたいんです!やらせてください!!』
一日で、偶然かもしれへんけど起こったこと。
1.お昼ごはん中、課長から夜の飲み会に誘われた。→チャンス!
2.他の方々からも夜の飲み会に誘われた。→チャンス!
3.結果として課長と他の方々が合流し、みんなで一緒に飲んだ♪→ラッキー!!
4.夜の飲み会にて知り合いたかった国際部の方々に挨拶する機会を頂けた。→ラッキー!!
5.課長からもたくさんのアドバイスを頂けた。→超ラッキー!!
6.前から欲しかった海外案件を頂けた。→究極のラッキー&チャンス!!
7.日曜日の球場観戦、一緒に行く予定やった奴のキャンセルに困っていたら、他の方から連絡が入り、一緒に観戦することになった。
しかもゲストを連れ来てくれるとのこと。→チャンス!
8.来週末の石垣島旅行。
帰りは那覇経由で2時間の待ちだが、その時間に合わせて沖縄の友人が空港に来てくれることになった。→ラッキー!!
全部が全部、偶然っちゃー偶然やけど、ほんまトントン拍子でうまいこといったなぁ~♪
笑う門には福来るってことかな。
とりあえずしばらく笑い続けてみよう。。。
そして次はクレド&ビジョンを作ることにチャレンジしてみよか。
ちょっと時間かかるかもしれへんけど…。
『楽しいから笑うのではない、笑っているから楽しい出来事が寄ってくるのだ』
というコトバを聞いたことがある。
それなら一日中笑顔でいればどうなるか?
嬉しいことや楽しいことがどっかから湧いてくるんやろか!?
ちょっと試してみよう。
朝の満員電車内で怪しい人物やと思われるかもしれへん。
会社内でもこいつはヤバいと思われるかもしれへん。
仲良い人からは遂に壊れちゃったと思われるかもしれへん。
そやけど口角を上げて、優しい目つきで、何より楽しいことだけ考えて過ごしてみよう。
たとえ仕事に追われてようが(全然追われてないけど…)、イヤなことがあろうが(たぶんないやろーけど)、笑顔で過ごそう。
心にノイズが走ろうが(今はストレスフリーです笑)、落ち着いて笑顔で対処してみよう。
そうすれば果たしてどうなるやろう?
ちょっと実験。。。
結果は数日後に(*´∀`)♪
学校で勤務してた時によく練習試合してた他校の部活顧問。
何があったんか知らんけど教師を辞めて外資の保険屋さんに就職したそうな。
久しぶりの電話が保険の勧誘かぁ~と少々ガッカリしたんやけど、まぁ話くらいは聞いてあげようかと…。
とりあえず待ち合わせ場所に行く。
別にどうってことないありきたりの保険の話やった。
ひとり身にとって生命保険は入る必要があるんやろか?
老後の生活のことや、高度障害者になって収入が途絶えてしまった時の生活費、そして亡くなった時にお葬式にかかる費用についてなど、ひと通り説明を受けた。
そやけどイマイチ、ピンと来ない。
正直、死んだ後のことなんかわからへん。
そりゃ家族がおったらお金は必要なんかもしれへんけど、自分はひとり身。
お金に苦労してへんから保険に入ってまで備える意味がわからへん。
仮に何かの事故で高度障害者になったとしても収入はきっと入るやろう。
入らなくなればお腹が減って死ぬだけや。。。
そして自分が死んだ時は別に葬式をあげて欲しいなんて思わへん。
自分自身を振り返ったり語ったりするのはまだまだ早いのは承知してるけど、とりあえず記しておきたいことがある。
自分の人生はラッキーの連続で成り立っている。
人間としての能力の低さは誰より自分が一番知っている。
物覚えの悪いのはもちろん、運動神経もそれほど良くない。
ただ、様々なご縁に導かれるように進んでいった結果、気づいたら思った通りに進んでいっていた。
上京してから様々なつながりやご縁のおかげで大学院に進学し、県立学校で働き、最終的に私学で教鞭を取った。
ひとつひとつだけを見れば点ではあったけれど、その点と点がつながって線になるといった経験を何度もした。
それこそ、何かに導かれるようにトントン拍子で進んでいった。
自分の教師時代は奇跡の連続やった。。。
そんなんは偶然であって、ただの勘違いですよって言われればそれまでかもしれへん。
そやけど偶然にしては出来過ぎな、たくさんのご縁に導かれて進んでいった。
実力が全くないにもかかわらずここまでやれたんやから、ほんまに運が良いとしか言いようがない。
本気でそう思っている。
そんな奇跡のような環境を自ら絶った。
部活をもっと強くしたかった。
当たり前レベルで県大会の常連にしたかった。
たとえ限られた練習時間であっても、システマチックな練習をし続ければ全然可能なハードルや。
また、付属の小学校があるんやから、小学校の放課後クラブ活動からバレーを採用してもらって、小中高の強化プログラムを作る。
そしたら練習時間が短くてもそれなりのチーム作りはできるんや。
学習日に小学校の放課後クラブを自分がやらせてもらえれば人や費用の問題も解消できる。
根回し次第でまだまだやれたやろうな…。
今更ですが。。。
体育祭ももっともっと盛り上げたかった。
ダンスで校歌を使うことや、ダンス曲をオケ部にやってもらうコラボ企画など、アイデアはなんぼでも浮かんでくる。
でっかい箱をフルに利用して、全体が盛り上がる企画をもっともっと考えられたやろう。
もちろん壁もいっぱいあったけど…。
今はどうなってるんかわからへんけど、きっと進化して一層の盛り上がりを見せていることでしょう。
私がやらんでも誰かがやる。
これも今更ですが。。。
などなど、学校のことは今でもいっぱい思い出しては考えるし、周りからはもったいないと言われたりもしたけど、最終的には自分で決めたことやから後悔はない。
それから3年半が経過した。
最初は行きたくないと思っていた取引先会社での日々やったけど、本当に貴重な経験をさせていただいている。
何より今は、仕事以上に新たなご縁を楽しみながらワクワクする日々を送っている。
世界中に拠点がある大きな会社やからこそ、世界中に友達ができた。
自分自身も富士や愛知に住んだり、またとない経験をさせていただいた。
おかげで行動範囲もめっちゃ広くなった。
そして何よりビックリなのは、もう会うことはないと思った人達との再会を心から楽しんだりもしている。
当時からしたらあり得へんくらいのことやと思う。
環境が変わったからこそ思考や生き方も変わり、自分が変わったからこそ相手への思いも変わるんやろう…。
自分がちょっと大人になったから会ってくれるようになったんかな!?
今は、大切な皆さんの幸せと成功を心からお祈りできる余裕があります。。。笑
あと半年。
終わりの始まりを少しずつ感じる今、これからも点と点が線につながっていくことはあるんやろか?
拠点や環境が変わっても導かれるように進んでいくんやろか?
正直、見えない未来への不安は募る。
そやけど振り返ってみれば、転職した時も同じ不安を持っていた。
富士や愛知にいた時もなんとかなったし、結局は全てがめっちゃ楽しかったと思えてる。
そやからきっと大丈夫なんやろな…。
また、全然進捗してへんやん!?って思うようなことも、実は水面下で大きく動いていることでしょう。
思いさえ持っていれば、やがて点と点が線につながっていくんやと信じて…。
ってことは、今とは全く違うことをやっていた学校での日々も、やがて線を構築する一部分として可視化されてくる日が来るんやろうか?
まぁ死ぬ瞬間までが途中経過なわけやから、答えは最後までわからへんわな。。。
いつか死ぬ間際が来た時に、人生をどのように振り返ってることでしょうか…。
ゴールが見えへんからこそ、来るべく未来に対する不安を楽しみ、そこから希望を見出し、一目散に走っていくしかないんですわ(*´∀`)♪