常笑組元担任のブログ -10ページ目

常笑組元担任のブログ

常笑組・常笑軍団を率いていましたが、家庭の事情により脱退しました。悲しいけど、もう新しい世界でやっていくしかない。これからどうなるのか、どんな道を進むのか、ここに記していきたい。声高に叫ぶつもりはありません。どうぞ生温かく見守っていてください。

(現在進行形なので完全に結果が出たわけではないが…。)


自身が心の中に秘めて単独で行動するより、周りに発信することによって何かと協力してもらえるようになったりもする。

ひとりでは有限、そやけど仲間が仲間を呼べば無限に広がっていく。


微々たる努力でもコツコツ続けながら周りを巻き込んでいけば、やがてクリティカルマスに到達する。

そしたら後は勝手に伸びていくだけ。




さぁ人生盛り上がってきた!

何かと我慢を強いられた教師生活&修行生活やったけど、もう終わりや。

これからは自由に、好きに、思いっきりやらせてもらうで♪


(注意)決してネットワークビジネスをやってるわけではありません笑。

同じ土俵で戦っても絶対勝てないこともある。

世の中、上には上がいくらでもいるからや。


じゃーどうやってこの環境で生きていくのかを考える。


もちろん強い武器があるに越したことはない。

そやけど最初は誰もが武器を持っていない。

ゼロからコツコツ築き上げていくからこそ武器に変わっていくんやから。




まだ経験が浅くて武器を持っていない人はキャラクターで勝負やろう。

少なくとも人に教えていただくわけやから、礼儀正しさや感謝の気持ちはしっかり持ってなあかんし、相手が教えたいと思うような素直さやかわいらしさ(愛嬌みたいなもので、決して悪い意味ではない)があればなお良しやろう。

プライドばっか高くて、その環境に順応しようとしない人に誰も教えようとは思わない。

そこは権利ばっかり自己主張するんじゃなくて、逆の立場のことも考えてみよう…。




これらはこの4年間、ずっと教えてもらいっぱなしの自分がその環境で生きていくために学んだことや。

ええ年して何でこんな生活してるんやろうって思う時ももちろんあったけど、そやけどいくつになっても必要なことなんやと自分は思う。

黙ってても教えてもらえるわけじゃない。

自分から教わりに行って、自分から情報を掴みに行ってなんぼ。




教師のままやったら絶対に気づかん感覚や。。。




もちろん、相手は各々の仕事を抱えている。

そんな貴重な時間を割いて教えて頂くんやから、感謝して聞き、自分の実にしていかなあかん。

人に教えて理解してもらって実際にやってもらうのは時間がかかるんや…。

そんなんに時間を費やすくらいやったら自らやるほうがマシやって思われないように。。。




自分は違う環境に行く時、人からものを教えてもらう時、そういった生き方を選択した。

時に痩せられないデブキャラ・食いしん坊キャラとして、時に結婚できない寂しい独り身キャラ(キャラではなく実物そのものではあるが…)として、自虐的なことを言って周りを笑わせて距離を縮めてきた。


それこそ4年間で5つの部署、課でいったら数十の課を渡り歩いた。

序列がすでに出来上がっているクラスで転校生が馴染むために必死こいて努力するようなもんや。

距離を縮めるためなら一気飲みかってなんぼでもするし、チアだって踊るΣ(゚д゚lll)


自分のやり方が全てじゃないとは思うけど、行き詰って悩んでる人がいたら、ちょっと考えてみて欲しい。

意外と身近なところに活路や答えは転がってるんやで。。。


あとは勇気を持って自分が行動するのみや(´∀`*)♪

10数年前、藤沢に住んでた時によく遊んでた体育教師仲間達。

教師としてルーキーやった自分らはまだ学生気分も抜けきれず、ノリと勢いでやってた頃やったかも。

採用の少ない時代に共に苦労した仲でもある。




10数年ぶりに藤沢で3人が合流した。

ふたりは今でも体育教師を続けてる。

自分だけが転職をした。

10数年前はまさかそうなるなんて思いもせんかった…。


集合場所に現れたふたりはラフな格好にジャージ姿。

自分だけがネクタイ締めたスーツ姿。

仕事が違うんやから服装が違うのも当たり前でどっちが良いとかはなく、そやけどなんかうらやましく感じた。



お店に入ったら相変わらずのバカ話。

学校関係の話になったらもうついていけなくなるけど、それ以外の話は10数年前と同じレベル。

全く成長してへんやん(^_^;)


三軒ハシゴし、最後には腹を抱えて笑ったもんや。

久しぶりに腹筋がよじれるくらい笑ったなΣ(゚д゚lll)

笑い過ぎて涙が止まらんかったし、吐きそうになるくらい苦しかった♪

今年一番笑ったのは間違いないやろう…。


ご存知の通り、春に大阪に帰ることを伝えたら、また送別飲み会をしようと言ってくれた。

とってもありがたいんやけど、仮に拠点が大阪になったとしても出張で週に何度も東京に来る。

だからあんまり実感がわかへんねんなぁ。。。


そやけど楽しい忘年会でした♪




10数年前と話す内容が変わらなくてもええねんけど、正直、生活は変わってたかったな…。


「10数年後には家庭を持ってるんやろなぁ~」


なんて漠然と思ってた10数年前。

そしてそれが今。


10年後も同じようにならないように、もうええ加減手を打たなあかん。

今はめっちゃ楽しくて幸せで自由を謳歌してるけど、それだけやったらこのまんまやんね。


自ら動きましょう。

大丈夫や(´∀`*)♪

時に営業マンをやったり、時に経理担当になったり、時に開発者である。

そして前職は体育教師として活躍をしていた‼︎




なんて言ったらすごい奴のように聞こえる。

けど、これは自分のことである。

その場その場で活躍してたかはともかく、紛れもなく自分の歩んできた道はこれ。

たくさんの道を歩んできただけ思い出も苦労もいっぱいあるんや。


けど、言い方を変えるとこうも言える。




営業マンとしても中途半端。

経理なんてわかったつもりで何もわかってない…。

もちろん優秀な開発者ではない。

そして前職もたいした成績は残せてない。




これも自分のこと。

全てを中途半端にかじってるだけで薄っぺらく浅い。




このように、言い方はなんぼでもあるし、自分自身の捉え方もなんぼでもある。

自分は全てをかじっただけであって、その道のスペシャリスト達からしたら全然たいした実力も実績もない。

全てが中途半端で何の役にも立っていない人間である。




そやけどここまでいろんなことを経験してる奴もそうそういないのは間違いない事実。

どこの会社に、ジョブローテでここまで経験させてくれるところがあるよ⁉

将来、社長業をするに当たって多角的な物事の見方ができるように、今、勉強させていただいているのである。

つまり、自分は(周りが羨むかはともかく、)特別な人間である。




偉そうに聞こえるかもしれへんけど、今はあえてそう書いている。


置かれた立場や物事に対して自分自身がどう捉えるか。

そこに周りの目なんて関係ない。

誰に何を言われようが知ったこっちゃーないねんで…。


あまり自信過剰になるのは良くないと思うけど、そやけど自分自身の置かれてる立場は決して悪くない。


そこはみんなもそうやと思う。

それぞれがそれなりのポジションにいるんや。

だから余計に卑下する必要は一切ないねん。




できる。

大丈夫。

余裕。

私はほんまはすごいんや!


そんな前向きな気持ちを持って今日も明日もやっていきましょう(´∀`*)♪

飛び込み営業をやっていた時代のこと。


転職してすぐの頃でした。

強引な押し売りみたいにならんようにって気を付けていた。

お客様に気を使って丁寧に丁寧にやってたら、あんま営業成績はよろしくなかった。


そしたらだんだん自分の心が、


「逆の立場やったら勧誘されてイヤやろなぁ~」


とか、


「こんなもん売れへんで…」


なんてネガティブな気持ちがよぎってきた。。。

売れるわけないって心の中で思いながら売ってたわけやから、案の定、自分の売上は低かった…。




そんな時、先輩が


「家のような高価なものを売るわけじゃないんだから、これを売るのは簡単だ。勝手に難しいと決めつけないこと。」


と言った。


これが非常に腑に落ちたというか、自分に入り込んでいった。

実際に自分で飲んでみたら効果も実感できた。


言われてみればたいした額じゃないんやし、多少強引でも試してみてファンができる可能性やってあるんや。

とりあえず飲んでみてくださいってな気持ちで売り込んでいった。




気持ちが言葉や態度に出るというか、売ってるのは同じ人間やのに、お客さんの反応が全然違うもんや。

そしてあっという間にノルマが達成されて自分でもビックリ‼


良くも悪くも思い込みの力ってのはすごいもんです。。。




思い込むには根拠がある。

その根拠は各々の過去の経験から形成される。


成功体験をいっぱい積んでたら良い思い込みを持つやろうし、逆に失敗経験が多かったり、傷つくことがいっぱいあれば逃げ腰になってしまったりするやろう。。。


生きてりゃ成功体験も失敗体験もそれなりにしていく。

そやけど成功した経験よりも失敗して傷ついた経験のほうがたいてい覚えてるもんや。

だからついついネガティブになってしまう…。




そこらへんを変えることができれば、自尊感情が高まってよい方向に人生を持っていけるんとちゃうかなって思う。

みんなええとこいっぱいあんのに、卑下し過ぎやよ。


思い当たるとこがいっぱいあるので、今後ゆっくり書いていこうと思う。。。

もっと若いころにいろんなことを経験しておけばよかったと思う。


そやけど嘆いたところで時間は戻って来ないし、当時はそう思わなかったんや。

今、ようやくそう思うようになったってことは、自分にとっては今がその時期なんやろう。

だから手遅れなんかじゃない。




世界中を旅すること。

その全てをファーストクラスで移動すること。

行動範囲をものすごく広げること。

一度の買い物にビビッてしまうような大金を使ってみること。

自分のお店を持つために思い切って投資してみること。




上記のことは、しなければまずお金は減らない。

けどお金使って経験せなわからないこともいっぱいある。

わからないままお金を懐に入れてても何の意味もなさない。。。

貯めること、通帳を眺めてニヤニヤすることが趣味とちゃうねんから(^_^;)


無責任な評論家で人生を終わらせんように、もう動いていきましょかね。

いつまでも後回しにしっぱなしで何もしないまま人生終わらせるのだけはイヤやから…。




ちょっとチャレンジしてみよか!


どないなるかはわからんけど、経験することが自身のコンフォートゾーンを広げることにつながるんやで。

何事もまずは一歩踏み出してみな始まらへん。

失敗することは愚なんかじゃない。

失敗は後の成功につながるんや。

チャレンジしないことが一番の愚。


さぁいこか(´∀`*)‼︎

海の近くの部屋に住んでた時のこと。
まだ若い頃の話です。



たまたま近くのオシャレな美容室に行った。
自分みたいな飛び込み客についてくださった美容室さんがステキな方で、そこから何度も通うようになった。

ほんま好きやった。

確か名前はマユコさんと言ってたかな…⁉︎
当時の自分が25歳くらいで、もーちょい年上やったと思う。


いつもキレーにカットしてくれるし、話しててめっちゃ楽しいし、ほんま最高のひと時を過ごせる空間やった。
この人が好きやなぁ〜と思って、ほんまに好きやったから思い切って彼氏がいることを聞いてみることにした笑。



いつものよーにカットしてもらいながら楽しく話してる時に聞いてみた。

「マユコさんって彼氏おるんですか?」

自分がそう言った瞬間、マユコさんの手が止まった。。。



Σ(゚д゚lll)



聞いたらあかんかったんか⁉︎



一瞬めっちゃ焦ったよ。。。
マユコさんはしばらく黙った後に口を開いた。

「実はもうすぐ結婚するんです。だからこのお店も来週で辞めるんです…黙っててごめんなさい。。。」



∑(゚Д゚)



ぶっ飛んだ。。。
そやけど瞬間的に笑顔で

「おめでとーございます‼︎」

と叫んだ。
とにかく必死やった。



いつも楽しく髪を切ってくれてて癒しの時間やった。
この時間が好きで好きで仕方なかったから、彼氏がいたのはそりゃ残念やけど、そやけど恋愛うんぬんは関係なく楽しい時間はこれからも維持したかった。

そやけど、それもこれで終わり。。。
まさに青天の霹靂(^_^;)



もうここに来る意味もなくなったなぁと思ってた帰り際、、、

「引き継いであるから、よかったらこれからもこのお店に来てくださいね!」

と言われ、タクマという兄さんを紹介された。
最近、アシスタントからスタイリストに昇格したばっかの若造である(^_^;)



マユコさんもおらんのやし、もう行かへん!

チャラそうな兄ちゃんを見て瞬間的に思った。
別に行く義理はないねんから。。。





長くなったけど、ここまでが前置きである(^_^;)
ここからが本編!





実はそのチャラい⁉︎タクマ氏。
自分とそれから10年以上の仲になるのである笑。

なんでか知らんけどマユコさんが辞めてからもずっとタクマ氏の世話になり、タクマ氏が29歳の時に独立してからも、新しいお店にずっと通い続けているのである(´∀`*)

独立する前に退店してお店がまだない時は、タクマ氏の実家に行ってカットしてもらったりもした!

しかも偶然やけどスワローズファンやったりもして笑。

不思議なもんで、教師時代はまさか自分がスワローズに何かしら携わることなんて考えてもいなかったけど、今となっては株主優待券やグッズなど、様々な場面で協力したりしてるんやね。。。

タクマ氏は一国一城の主として、ひとりでお店を切り盛りしている。
すごい覚悟を持って独立し、全責任を持って仕事に当たっている。。。





要するに最後に言いたいこと。

生きてりゃどこでどんなご縁があるかわからへん。
そやからひとつひとつのご縁を丁寧に大切にしていくほうがええと思うねん。
まずそれがひとつ。

そして誰に対しても言えることは、目の前のことを覚悟を持ってやり抜くこと。
必死こいてやり続けてれば必ず見てくれてるくれる人はいるし、そこから少しずつ自分に流れはやってくる。
自分が一生懸命なタクマ氏について行ったように、必ず見てくれてる人はおるねん。
タクマ氏は自分を大切にしてくれた。
そんなよーに人を大切にしてると、自然と周りから集まってくるんやで!

自分もそんな人にならなあかんな。。。



追伸
私の尊敬しているタクマ氏は今では有名な美容師としてものすごい頑張ってます。

自分はこの3月で大阪帰るからもーすぐ常連客から外れるけど、よかったら気にしてやってください(´∀`*)♪
場所の詳細は言いませんが、一度行ってみてください。
とっても素敵なお店です‼︎
ひとりで全部やってらっしゃいます。。。

要するに、私の代わりに使ってください!
皆様、よろしくお願い申し上げますm(_ _)m

来年の春には関東の拠点を残しながらも関西に新たな拠点を作る。

そして両方を行き来する生活を送りたい。






と、思っていた。

けど今の自分の状況じゃそれは難しそうや…。


そしたらしゃーない。

関東の部屋は引き払って関西へ行く。
ほんで難波のタワーマンション(スポーツジム完備)にでも拠点を構えよか!
めっちゃ下の階やけど(^_^;)



正直、引っ越しすることはとっても楽しみや。
大学入学時の上京も含めて6度引っ越しを経験した。
それぞれの部屋には酸いも甘いもたくさんの思い出がある。
住居環境が変わると人間関係、食べるもの、自身の健康など様々なことが変わってくることも経験した。


1度目の引っ越しは大きな駅から徒歩15分。
地理関係もわからんまま上京。
いくら街で何でも揃ってるとはいえ、15分も歩くのは遠かった。
部屋もやたら広かったけど友達が来るには遠かったし、ひとりで広い部屋は持て余した。
隣家とのトラブルもあり、我慢したけど1年半くらいで引っ越した。

2度目の引っ越しは大学と駅の目の前。
狭い部屋やったけどみんなが毎日遊びに来てくれて本当ににぎやかなたまり場やった♪
大学もバイトも駅近く、友達の家も近くにいっぱいあってほんま楽しかった。
練習後に我が家で麻雀した日々は最高の思い出や!
この部屋での経験から駅近くに住むことが何よりやと思った。

3度目の引っ越しは駅近くで少々広め。
そやけど新たな学校からは遠く、しかも家の裏にお寺(お墓)があった。
遊びに来た友人からはめっちゃ怖がられたΣ(゚д゚lll)
因果関係があるかはわからんけど、プライベートでもろくなことなかったな…。
部屋を選ぶ基準やったお風呂の追い炊き機能も一度しか使わず(^_^;)

4度目の引っ越しは海の近く。
狭いけど大きな駅も近くて電車の便も良く、20代後半を心から楽しめた。
生徒に家を調べられて玄関の写真を撮られてネットで晒された以外は最高の場所やった。
いっぱい料理もしたし、海にも毎日のように行っていた。
住んでる方々も優しい人が多く、いつかまたここに戻ってきたいと心から思う街やった。
今でもたまに遊びに行ってる街。

5度目の引っ越しは職場の近く。
とにかく時間を要していた自分は徒歩通勤という究極の選択をした。
失ったものもたくさんあったけど、おかげで仕事に専念できた。
過去最高に狭い部屋やったので荷物や服でごった返していた。
そして古い下町で環境としてはあまり良くなかった、、、
そやけどジャージを洗濯しまくってた身として、浴室乾燥はとっても重宝した!


ここで転職をして富士と愛知で過ごしたこともあったけど、1年未満の短期間ということと、会社指定のアパート住まいなので自身の引っ越しにはカウントせず。。。


そして6度目の引っ越しが今の部屋。
駅からも近く、職場へも乗り換えなく一本で行ける。
キレーで落ち着いた街やし、近くにスーパーもスポーツジムもあり、本当に気に入っている。
ここを関東の拠点としてなんとか残しておきたいねんけどな…。



こんな感じでそれぞれの部屋に思い出がある。
7回目の引っ越しは大阪に戻ることになるけど、どんな部屋に住もうか今からワクワクしている。

どれだけ良い感じの部屋でも古びた下町には絶対住まない。
多少家賃で苦しむことになったとしても、良い環境に住む!
良い環境に住むことが心地良いことを経験上知ってるから。

それでは良い環境の素晴らしい部屋に住めるように、頑張って稼ぐか(*´∀`)♪
私は父を尊敬している。

安定した公務員やったのに、叔父と祖父が立て続けに亡くなって急に人生を変更せざるを得なかった。
悲しんでる余裕なんてなく、相当苦労したことでしょう。

苦しみながらも全てを背負い、いろんな波に揉まれながらもそれなりの企業にまで成長させました。
もちろん、父ひとりじゃなくて会社に関わる皆様の努力のおかげなのは間違いありません。

そしてそんな父がいたからこそ自分は好き放題人生を楽しんでこれた。。。



そんな父も年を取った。
一緒にゴルフしたりお酒飲んだりするようになってほんま楽しいよ♪
けど少しずつお爺ちゃんになってきてるな(^_^;)

昔と比べて正直、弱ってきてるのを感じてる…。
まだまだずっと長生きして欲しいけど、いつまでこんな日々が続くやろか?
終わりは明日かもしれへんし、数十年後かもしれへん。
そればっかりはわからへんけど。。。



自分がこれまでフラフラしてきたのが悪いのは間違いないんやけど、今は一日も早く結婚して父に孫を見せてあげたいと思う。
これだけは嘘偽りなく正直なところ。。。

応援してください!
全ての人が健康で長生きし、楽しい毎日を過ごせますように。。。

月イチ恒例の宮崎ゴルフ会も今年の活動は終了。

地鶏炭火焼、チキン南蛮、そして宮崎牛を堪能しまくりの一年やった。


毎月行ってると旅行という感覚はもはや無くなり、移動距離も全然近く感じるようになった。

宮崎に行く距離を長いと感じなくなったってことは、それだけ長い移動距離を行動できる人間になったってこと。

移動距離と収入が正比例するのであれば、自分の収入はやがて上がっていくことでしょう(^_^;)


もちろん、宮崎では皆様のご指導のおかげでゴルフも上達してきたし、有意義な日々を過ごせました。

来年ももちろんお世話になるし、そしていつか必ず皆様に恩返しをしよう。




自分はいつも、たくさんの人達にお世話になりっぱなしなんやから、ひとつひとつを忘れることなく胸に刻み続けていこう。

そこを忘れて偉そうな態度だけは絶対取ったらあかんな。

皆様のおかげで今が、そして未来があるんや。。。




さて、毎日のように遊び歩いていた一年間やったけど、それと比べると12月はわりと時間に余裕がある。

例年やったら毎晩忘年会があって年末年始は体調崩すこともあったのに、今年はそんな心配もせんでよさそうや。

ちょっとばかし寂しい気もしてるけど、まぁ今の部署では誘いにくい存在なんも間違いないから仕方ないか。


何もないならそれはそれで自分の時間を持てるから良し。

あと三週間弱、健康的に楽しく過ごし、来年に備えよかね!