Out Of Order
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いよいよ

ダメになってく気がする、自分が。

大スキだった親友が2年間遠くへ行った。

とても綺麗で、優しくて、天使みたいなコ。

丸2年会えないかもしれない。

ただそれだけで、じわじわとものすごい喪失感。

それに加えて仕事のストレス、

さらには色んな男からモーションかけられまくりで

どうにかなりそう。

これに夏の暑さが相まって、

固形物がなかなか喉を通らない。

夏バテ。

もしかしたら精神的な何か。


お酒も飲みたいと思わない。


男ももう十分だよ、って思っているのに

何なんだよ、この異常なモテ期。

社内の人たちだと断るに断れない。

断らないことが、気持ちに拍車をかけているのも分かる。

自分が汚れていく気がする。

けど、寂しさからか、新しい男からの誘いがあると

別の何かを期待する。

けどあたしの期待は裏切られるに決まってる。

いつだって少し合ってて、何か違う。

それを毎回軌道修正しながら理想の形に近づけようとしてるけど

あたしが壊れていくだけ。

そしてまた、どうしようもない寂しさが襲って、その繰り返し。

バカみたい。

催促

催促。





仕事に、

結婚に、

待ち合わせに、

電車の時間に、

洗濯機の仕上がりに、

レンタルビデオの返却に、

電子レンジの呼び鈴に、

5分前のメールの返事に。



催促される。


時間の拘束。






時間の拘束は何から生まれるのか?



最近結婚した友達を見てふと考える。




性愛の衝動に時間が拘束されているのでは?


殊に私は女性で、女性である限り、

現代の医療技術では出産時期が限定される。


「見た目をいつまでも若々しく健康でいたい」という表れは

物理的にも反映し、実際に見た目が若い人の方が長生きするという科学的なデータもそろっている。


見た目が若々しい方が得をするのは何故か?

美しいから。


美しいと感じるのは何故か?




生殖可能だからだ。


生殖可能な時期は(特に女性では)ある程度限定されるイシューだ。


だから、それを軸に時間の拘束が始まった?
なんてお風呂に入りながらぼんやり考えた。



最近、そういった「時間の拘束」と「性愛」とが一緒こたになって私に取り入ってくる。


男性は恋愛は性衝動と同一だ。

他方、女性は恋愛は性衝動=(たぶん)無償の愛だ。(少なくとも自分は。)


それを天秤にかけている訳ではないが、

男性との価値の差に、最近汚らわしさを感じる自分がいる。


それは私の周りの男性が、私に声をかける時。



私は恋愛を無償の愛だと叫んでいる裏側で、その中間にある性衝動を避けようとしている。


以前の自分なら、すんなり受け入れられたのに。

女性は仕事を持つと、アイデンティティが崩壊するのか?
精神の汚染?

肉体を愛されることに疑問を持つようになってしまった。

疑問?

素直に悦びを感じることが難しく、その点に関し敏感になって来ている。

それなのに、相反するように、世間から疎まれるような汚らわしく愚かしい行動をとる自分。


その罪を、ナキモノに仕立て上げるために仕事に打ち込み、

その仕事でさらに精神を壊していく。



それでも、自分があきれるほどポジティブでいられるのは

その論理に自己が見入っていて

功罪を認めるところにある。


さらにはそんな自分が嫌いではない。

その繰り返し。


でも、嫌じゃない。

オールナイト

トモダチとオール。

また一人ややこしいのが増えたかも。

なんなんだ、これ。

ますますツライ。

やっぱりそういうことなんだろうか。
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