20代前半


までは


嫌に冷静で、


ポーカーフェイス



通っていた。


感情


なぞ


混乱してくる


ので


いらない。


自分の正義



反するモノ



排除、


表面理解


という


忠実に


重き


を置いていた。


「正しく」


ありたい自分



不器用


だな〜



今愛らしい


気持ちになる。


自分の感情



わからなく


なっていた。


わかろうと


しなかった


積み重ね



「適応」


という


事象を生んだ。


20代後半


から


30代前半



ライフステージ



激変期



いろんな物事



起こり、


何か


自分の中で


良からぬ方向



走っている


のではないか



うすらうすら


気づき始めた。


30代後半


になって


大惨事の流行


寸前から


余白



できた時、


新しい捉え方


から


色々みえてきて


一気に


自信を喪失した。


40代前半



なって


このままでは


どうしても嫌



自分がいて、


もがきながら


ひたすら



感覚を頼り



進んで、


40代後半


間近、


あとから振り返る


こと



最大の強み


だと


やっと思えた。



このクセ



かつての


医療者時分に


目の前のことに


一斉合切集中


する鍛錬


から


生まれたもの


だと


思っていた


のだが、


どうやら


振り返ろう


にも


ある程度の情報



必要で。


その情報


は、


私の感覚



いつも辿って


導かれている。


言葉や思考に


なる前の


感覚が


とても鋭い


ことを


この度


自覚した。


そして、


その感覚を


言語



理解


として、


読み解いている


時間



瞬時に処理


しきれず、


後手に


まわって


「振り返り」



している


感じ。


「あの時、

こうしておけば、

良かった」



とてつもなく


多く、


「次はこうしよう」



やたら多い。


角度を変えれば


向上心。


厄介なのは、


次を想定


している


のに、


また


同様


繰り返してしまうこと。


全てにおいて


同じではない


なんて


屁理屈


として


処理



できるが


残存する


自分で自分に


言い聞かせ


している


違和感。


人間らしい


ったら


ありゃしない。


流行りの


AIで分析


してみたら、


周囲の状況


から


咄嗟にブロック


がかかっている


可能性



指摘された。


自分の感覚


をもってして


何かに


気づいている


が、


周囲から



ノイズ



拾いすぎて


気づかない


「フリ」



しているのでは?


という


問いが


真っ直ぐに


豪速球



刺さった。


周囲の


勝手な圧力


から


自分の振る舞い



変えること



維持していた。


それが


自分の


生存戦略


だった



気づいた。



なるほど、


ブロック


という


手段をもって


私は


進化してきたんだなぁ


と。


洞察を深めながら


また新しい自分



発見されていく


愉しさ



ハマっている。


まさしく


ブーメラン


で、


「考えすぎ」



切り捨てられた


かのような


環境から


「だから何なんだ」



抜けた感覚。


これが


レジリエンス


か。


と、


私は


体感している。


オリジナル



感覚



感じられる


だけ


考えられる


ということは


膨大な知識を


インプット


した


AIとは違い


人間としての深み


が出て


楽しい


そう思える


自分に万歳☆