(18) 

 

 その後もずっと、そんな感じの毎日だった。どこへでも出掛けていき、二人一緒ならどこにいても楽しかった。 

 “塞ぎの虫”を取り込むという作業は、最早意識しなくても機械的に行われるようになっていた。そのことが、世の中に対してどれほどの影響があったのか、なかったのか、俺にもよくわからない。 “塞ぎの虫” を発生させ易い奴、貯め込み易い輩というのはいつでもどこでも常に一定数存在する。そいつらが、その存在自体が地球を汚しているとまでは言えるかどうか、定かではないし、俺一人が掃除機の如く、少々 “塞ぎの虫” を吸い取ったところで、さしたる浄化にはなるまいとも思えた。 

 所詮、 “塞ぎの虫” を充満させているような連中は、そうした振動や周波数の環境に馴染み易い人種なのであって、本人が本気で “塞ぎの虫” から離れようとしない限り、一生涯身に纏い続け周囲に撒き散らすことになるのだ。そして、それは死後も続く。 

 他人のことなどどうでもいい。千鳥(ちどり)さえいてくれたらもう、俺は何も要らなかった。 

 そんな人生を何十年も堪能した後、俺──葉月青太(はづき・せいた)はこの世に別れを告げることとなった。享年九十六歳、まあ天寿を全うしての大往生と言えるであろう。(千鳥はその数年後に身罷った。) 

 

 

   (19) 

 

 気が付くと、俺は暗黒世界に戻っていた。しばらくは、何も感じず、何も考えられないふわふわした状態で闇の中を漂っていたようだが、強く固く凝り固まって、トゲトゲした波動を放つ “塞ぎの虫”と擦れ違ったことで何かが触発されたらしく、俺は無意識のままそれを吸収していた。すると、凝固していた “塞ぎの虫”のボールが崩れていき、徐々に人らしき姿を現し始めた。 

──亡者……雌のようだ……。 

 バリバリに長い髪、真っ赤でおどろおどろしく揺らめきながらギラつく双眼。苦痛と苦悩に身を捩じらせている。

 

  取り込んだ“塞ぎの虫”のエネルギーのおかげか、俺の意識が明瞭さを取り戻してきて、俺は自分がかつて『青ずくめハジャ』と呼ばれた存在であることを思い出した。俺は更に相手の “塞ぎの虫”を吸い取っていく。女の亡者はみるみるうちに煤けたような暗黒波動を払い除け、金髪と白い肌を持つ美女に変わっていった。

 

 何故か俺は、それが誰なのか知っていた。 

──サイキ・ビュトリヒ。 

 サイキはしばらく茫然と佇んでいたが、やがて輝くような、それでいて穏やかな涙をはらはらと溢れさせていた。 

「ああ……亜衣のことを……愛を思い出させてくれてありがとう……」 

 彼女は俺に感謝の言葉を投げかけると、そのまま浮かび上がって上昇していった。 

──そうか……罪の償いを終えて成仏したのだな。 

 俺は静かにそれを見送った。 

 

 それからどれほどの時が過ぎ去ったことだろう。俺は『青ずくめのハジャ』の出で立ちを保ったまま暗黒世界を闊歩していた。道中で出会った亡者共からは、片っ端から “塞ぎの虫”を奪い取ってやった。その結果として、彼奴等は昇天していくが、そんなことなどどうでもよい。

 

──千鳥……彼女は、やはり天国へ行ったのだろうな……。 

 彼女の微笑み、彼女の温もり……彼女との思い出だけが、唯一俺を慰めてくれる命綱だった。 

 と、遥か彼方に一筋の光が見えた。流れ星の如き勢いで接近してくるにつれて、 

「みーっけ、みっけっ!」 

 という甲高い叫び声が聞こえてくる。 

──探知鳥(たんちどり)だ! 

 俺の心は躍った。鳥は速やかに形を変えていき、葉月千鳥となって、俺に抱き付いた。同時に俺も葉月青太に回帰していた。 

「青太みーっけ……!」 

 千鳥の抱擁と眩いばかりの笑顔が、俺を至福の境地に誘(いざな)ってくれた。 

 

   ◇ 

 

 結局、この俺『ハジャ』と、高城勇&ピロットとの間で交わされた、俺を成仏させるという賭けはどうなったのか? 

 まあ、引き分けと言うことになるのだろう。暗黒世界に戻ってきたということは俺の勝ちだし、千鳥さえいてくれたらどこにいたって極楽浄土も同然であるという意味合いにおいては奴らの勝ちとも言える。 

「とまあ、大団円を迎えたところで」 

 不意に背後から声が響き渡って、俺も千鳥も飛び上がって驚いた。現れたのは、顔立ちもヘアスタイルも服装もそっくりなイジャ夫妻だった。

 

「だから! いきなり出現すんなってっ、この卑怯者!」 

 俺は高城勇と同じようなセリフを口走った。 

「不意打ちに驚愕するなど、君達もまだまだ修行が足りないね」 

 夫のサラムスがしたり顔で言った。 

「俺ら別に戦士でも忍者でもないんだけどな」 

 俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。 

「早速ですが、あなたたち二人に、新たな使命を授けます」 

 妻リュミゼはビジネスライクな薄笑いで告げた。 

「今回は百万です。百万の亡者の魂を成仏させてください。そうすれば、あなた方は晴れて自由の身になれるというわけです」 

「なんで俺たちが? それは勇とピロットの役割じゃないのか?」 

 俺は眉を顰めた。 

「彼らは別の使命を果たすことになるだろう。だから、今回は君たちの出番と言うわけだ」 

 夫婦揃って本当に胡散臭い笑顔だ。 

「いいんじゃない、別に。地上に生きていた時と大差ないし」 

 けろりとして千鳥が言った。 

「それもそうか」 

 奥さんの言にあっさりと同意してしまう俺も相当に甘っちょろい。 

「ではよろしく」 

 イジャ夫妻はさっさと消えてしまった。 

 

「それじゃあ……行こうか」 

「うん……」 

 俺たちは手を繋いで歩き出した。前途はどこまでも無限に続く暗黒世界。だが俺たちは何も気にしなかった。 

 

 

                           (終)