見てる規模。
見てる高さ。
視座。

どれだけ多くの人に届くか。
どれだけ分かりやすく伝えられるか。
どれだけ変えてあげられるか。

そういうところに、悩んだこともある。

「もっと広く届かせなきゃ」
「もっと分かりやすくしなきゃ」
「もっとすごいこと言わなきゃ」

でもね。

私が見たい世界に、
そこまで無理して合わせる必要はなかった。

世界に入れたい人は、
外から集めなくていい。

中から決めればいい。

私は、
“たくさんの人に分かってもらうこと”よりも

“分かり合える人と深く関わること”を選ぶ。

ここを間違えると、自己犠牲が始まる。


好きじゃない人にまで与えようとするから苦しくなる

「この人にも伝わるように」
「この層にも刺さるように」
「誰にも嫌われないように」

って広げていくと、

気づいたら
自分がどこにもいなくなる。

好きじゃない人にまで与えようとするから、
エネルギーが削れる。

合わない人を説得しようとするから、
発信が重くなる。

違う世界の人にまで届けようとするから、
言葉が薄まる。

本当はシンプル。

私は、
私の世界に入りたい人とだけやる。

それだけ。


「みんな言ってる」から何?

この発信、みんな言ってる。
もっとすごい人いる。
フォロワー多い人いる。
実績すごい人いる。

で?

それと、あなたが消える理由になる?

比較で自分を消すのって、
一番もったいない。

あなたの言葉は、
あなたの経験を通ってる。

同じテーマでも、
同じ人生の人はいない。

人が欲しいのは
“正解”じゃなくて“共鳴”。

誰かより上か下かじゃなくて、
「この人の世界に入りたい」かどうか。

そこ。


視座を上げることより大事なこと

視座を上げるよりも先にやることは、

自分の立ち位置を肯定すること。

背伸びして高いところから話そうとすると、
言葉が浮く。

等身大で立って、
そのまま見えている景色を話せばいい。

広げるのは後でいい。

まずは濃くする。


自己犠牲の終わらせ方

自己犠牲ってね、

「みんなに価値を出さなきゃ」
から始まる。

でも本当に必要なのは、

“この人と一緒に上がりたい”

って思える相手を選ぶこと。

選ばれる側でいようとすると疲れる。
選ぶ側に立つと軽くなる。


セッションにつなげるなら

正直に言うと、

今ここで反応が揺れた人は
もう気づいてるはず。

・広げすぎて疲れてる
・比べてブレてる
・嫌われない設計で動いてる
・本当はもっと尖りたい

でも怖い。

だから丸める。

でもね。

丸めたあなたに集まる人は、
丸い世界の人。

尖ったあなたに集まる人は、
尖った世界の人。

どっちを生きたい?

私は、
自分の世界を中から決めたい人とやってる。

外に合わせる設計じゃなくて、
内側から広げる設計。

もし今、

「もっと自分らしくやりたい」
「でも崩れるのが怖い」
「比較から抜けたい」

そこにいるなら、

一度、話そう。

あなたの視座を上げるんじゃなくて、
あなたの軸を太くする。

その方が、結果は早い。