この文章は誰のためだろうか。

 

それは自分のためである。

 

 

筆者はいわゆる普通の日常に潜在する

違和感、に対して警鐘をならしたい。

 

 

何故なら、私はとても恐れているからだ。

 

 

自分が普通の日常を、意識的に合理的に

選んだと言えないからだ。

 

 

自己の意志というものを、知らず知らずに喪失し、

社会、つまり他者に自分を投影することに慣れていく中で

 

自分の意志があったということさえ忘れてしまうこと

 

 

 

私はそれを孤独よりも、肉体的な死よりも恐れている。

 

 

私がその恐怖を克服し、解放される過程を

読者と共有することが、

 

 

私とあなたを、日常の虚無から解放させることができると

信じている。

 

 

時間は間違いなく過ぎている。

 

みんなが幼少期に感じていたような純粋さを

思い出してほしい。