情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私 -14ページ目

情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私

愛着障害、高次脳機能障害、情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害、左手指の麻痺

生きることは簡単ではありませんが、それでも生きていきたい。
そんな前向きな日々を過ごしていきたい。


生きるとはなんなんだろう

死ぬとはなんなんだろう

生まれたことがスタートでもなく

死ぬことがゴールでもなく

他人が作りだした偽善で溢れた常識に縛られて

日々を這いつくばってる。

古い傷跡は、薄れていくけど、幸せも忘れてゆく

生きるってなんだろう。

自分を省みる目を、何故人は等しく持てないのだろう。

社会的に間違ってるとか、常識を逸脱しているとか、

それって一体誰の決めたルールなんだろう。

必死に生きていれば、人は間違え続けるよ。

必死に生きている人程、悩み苦しむよ。

自死の何が悪い?

自傷の何が悪い?

頑張って生きた結果なんだよ。

誰も手を差し伸べないくせに、何故倫理観を問う?


まるでスイッチが入ったかのように、元気を取り戻した1週間であった。
7月後半から先週までと言えば、死にたいだの、自傷したりだの、廃人のような日々を過ごしていたというのに。
これも、情緒不安定パーソナリティ障害の症状のひとつなのであろうか。
考えられるきっかけは、通院の時に言われた主治医の言葉。
私が、自分の人生は、逃げてばかりで長続きしなかった。と訴えると「逃げようと、休もうと、いつか目指した場所に辿り着けたらいいんだよ。時間はいくら掛けたっていい。生きてこそだよ」とのお言葉。
なんだか女神様に思えてきた。
そうか、あれだけ苦しかったB型もいつやめてもいいんだ。
私が目指すのはA型なんだから、そこへの努力をすればいいんだ。無理に通わなくていいんだ。肩の荷が降りたような心地だった。
実際、仕事のスピードも上がったし、一切眠くならなかった。自信も付いて、もう少しB型で頑張れるかもしれないとまで思えた。
あれだけ複雑に絡み合っていた感情が、するりと解けるなんて、一見単純だけど、本当に凄いことだと感じる。
毎日を今日みたいに楽しく過ごせる工夫をしていきたい


ここ最近、調子が悪いように感じられる。
出勤し、作業開始してから数時間も経つと希死念慮に押しつぶされ強い眠気に襲われるため(思考停止とも捉えられる)まともに仕事も出来なくなった。
原因は、己の金銭管理の低さにある。
財布に、カードに金があれば勿体ぶらずに使ってしまう散財癖のために、ひと月で4万近く使ってしまうこともある。(家賃、食費生活費を抜いて)
あまりの自堕落さに将来を悲観し、作業所で働いてる気になれず、ギャンブルにまで手を出しそうになる。
作業中に死にたくなり、頭痛と思考停止で早退し、帰宅した後もそんな下らない理由で仕事放棄したことに死にたくなり、一人でボロボロと泣いて、縋るように頓服を飲んだり、ベルトを片手に引っ掛ける場所を探したりしている。
休みの日は一転、焦りを心に感じつつも友人と遊んだりしているのだから、自分でも手に負えない。余計に自己嫌悪に陥り、常に「生きている価値なんかない人間」と自責の念に駆られている。
担当医には「非定型うつの可能性も視野に入れているけれど、心の波の動きが激しいから」と言われたが、自分の中では、最も近いのはこの病気な気がしている。病気に縋って自分の負い目を擦り付ける訳では無いけれど…。
今日は、友人と遊んで帰宅した後、喪失感に襲われ、仕事のない自分、仕事もしないで遊んでいる自分。浅ましい自分、情けない自分。とにかく自分という人間に失望し、アームカットを繰り返した。同じ箇所を何十回か切りつけたら、サラサラな血液が溢れた。手が止まらず、死にたくなった。
何をしていても虚しく、私の頭は死にたいでいっぱいだ。