環境が変化し、自然と自分に関わっている人が増えた中2が終わり、中学校生活最後の中3を迎えた。
始業式のポカポカした気持ちのいい朝、支度をして学校に向かって行った。その時は、今年は悩みなく中1の頃にジャニーズについて一緒に語っていた昔から仲の良かった子と以前のように休み時間に笑い合え再び落ち着いた素敵な1年にできるといいな、と言う事と、気になっている男の子と同じクラスになれるかと言う不安で肩に力が入った状態で自転車を漕いで行った。校舎近くの横断歩道前に、小学6年生の時の担任の先生が立っていた。私に気づいたと思うが、私は挨拶をせずに必死で自転車を漕いで学校へ向かっていった。
学校に着き、鼓動を高鳴らせて教室のクラス分けの紙が貼ってある扉まで向かって行った。クラス分けの紙を見ると、私は3年A組だった。そして、気になっている男の子の名前を探したら、A組にいなかった。よく見たらその男の子は3年C組だった。クラスが違うと言う結果を知り落ち込んだ。学校では、体育の授業ではA B C組のうち、A組とB組が何故か合同で一緒に授業を行う形になっていた。私はA組で、気になっている男の子はC組なのでクラスが同じではないのに体育の授業でも会えないと言う最悪のパターンだった。
そんなに好きなら行動したのかと言うと、ちゃんとした。ある日の夕方、私はどうするか考えていた。しばらく考えた末、あと1年しかないから後悔しないようにしようと決意した。もし言ったら何て言われるだろう?いいよ?勉強が忙しいから無理?もしいいよだったらその日が記念日になるな。4月が記念日か。等色々考えて、1日を終えた。そして当日。朝の身支度は少しでも可愛くあろうと、髪にオイルをつけ学校に行った。私は張り切って綺麗にしたつもりなのに、保健室に行くと隣のクラスの男子に「髪、めっちゃテカテカじゃん。」と言われたのでテカテカじゃねえよツヤツヤだよ!!!と内心怒っていた。教室では、何故か同じクラスの男子が私に「○○は○○中に彼女いるってよ。」とか、「昼休みにしてだってよ。」と言ってきた。しかし私は、知りもしないのに彼女いるわけないし、昼休みになんて短いから嫌だと思ったので無視をした。何故その人が知っているのか分からなかったが、後で聞いた話だと仲良くしたかった人が休日にその人にどうしようと相談していたようだった。その後、詳しくは言えないが協力ももらい呼び出しの手紙を渡してしばらくしたら、その手紙をわざとだと思うけど落とされて、学年全員に知れ渡りその手紙も自分の教室に渡っていてクラスの人がその手紙を中心に丸くなって読んでいて、読んだ男子に「委員会の後来て下さい♡」と声に出して読まれた。学年全員にバレた私は、すごく恥ずかしくなったけど平気なふりをし、放課後になる2限前の校内で行われる安全講習会を受けていたけどやはり恥ずかしくなり途中で保健室に寝に行った。その講習会は事故を防ぐ為の講習会で、映像として自転車が強く自動車にはねられ飛ばされる等、本来こんな事にならなければ、あぁ怖いなあと呑気に見ていられたけどとても大人しく見てはいられなかった。講習会が終わると、講習を受けた同学年の人達が保健室の横を歩いているのが分かった。そして、まだ布団にくるまっていた私を元気づけるのかからかっていたのか分からないが隣のクラスの男子が「おい!!!」と言いながら保健室のドアをドン!!!と強く叩いてきた。私は学年全員に知られたので何とも言えない複雑な気持ちで布団に入っていた。その後は委員会活動で、その委員会活動の後が時間になっていて、私はその委員会を受けながらどうするか考えていたけどせっかくだし、と言う事にした。そう決意していたのに、隣に座っていた同じクラスの男子が笑みを浮かべ友達に「絶対見に行く。」と言う事を言っていたが、それでも辞めなかった。かなりの緊張の中、委員会が終わり屋上付近まで向かって行った。すると、屋上付近には階段と屋上への閉まっているドア、少しの立てるスペースしかないのにそこにいる不自然な私に隣のクラスの女子がその場に来て「何してるの?」と言ってきた。そう言われた私は、「○○先生を探してるの。」ととっさに嘘をついてその場を去った。どうしよう、と校内を逃げ回ってトイレに隠れた。私を邪魔する野次馬の1人の女子が「どこにいるの?」と言っていて、トイレの中でかなり焦燥感を感じトイレから脱出し1階まで行った。1階まで行き後ろを見ると、野次馬が4、5人様子を見についてきていた。立ち止まると、手紙を落とした人が3mぐらい後ろにいて、私に「俺好きな人いるし、あんたの事好きじゃないし、あんた俺に何か用!?」と2回叫んだ。私は野次馬が見ていたし廊下だったから何も言えず結局チャラになってしまって気落ちして自転車置場に行き帰ろうとした。そしたら隣のクラスの男子が近くにいて、私に聞こえるように「いい加減振られた事に気づけよ。」と言ったので、そのように言われ当時何て思ったか詳しく覚えてないが、上手くいかなかったので、ただただ悲しく確か泣いて帰った。その後、結局あれは野次馬のせいだからとクラスの人に慰められたけど、悲しみは消えずにテスト中も泣いていた。
その後しばらく何もなかったが、ある日の放課後自転車置き場でその人に、「俺が書いたんじゃないから。」と言われてぐちゃぐちゃに折れたルーズリーフに書かれた手紙をもらった。私はその手紙を信頼できる女子しかいない教室で見た。そしたら中1の頃から好きだった 今年の夏は一緒にいようと書かれていて、俺が書いたんじゃないと言われたけど、絶対照れ隠しで本人が書いたと思い、信頼できる女子もそう言ったから、返事の手紙を書く事にした。ルーズリーフでもらったから、ルーズリーフに書いた。その後渡すと、その人が私の教室までその手紙を持ってきて、私に何か言ってきた為私は、「返してよ!」とその人の手から手紙を取り上げようとしたけど、ひょいっと上に上げられとられないようにされた後結局また落とされて同じ事になって男子にからかわれた。からかわれてすごく恥ずかしくなった私は、からかってきた男子に、「どんな返事が来るか試したんだもん。」と本当の手紙なのに試しの手紙であると言ってしまった。すると、それが本人にバレていつどのタイミングか忘れたけど、ある日私に「あれ、試したんだろ?」と少し納得いかなそうな顔で言ってきた。なぜか分からないが私はすぐに答えなくて、数日ししばらくしてから、放課後に友達と歩いて帰ってる後ろについて行き、「あれ、試したんじゃないから!」と言ったら、「分かったから。」と言われた。結局その手紙は誰が書いたのか分からないから一件落着したとは言えないが、私は満足して帰った。
一時は満足したけど、結局誰が書いたのか分からないし、全然分かってもらえなくてもやもやしていた。ずっともやもやが消えなくて、気持ちが宙に浮いたままだったから、ちゃんと聞いてもらいたいと他にもしたからだいぶ迷惑をかけたりもした。本当に馬鹿だったと思う。
丁度その時期のある日の放課後、いつも通り授業を受けて帰ろうと自転車置き場に向かった。そしてその後衝撃的な事が起こった。話していたか2人きりになった途端かどっちか忘れたけど確か2人きりになった途端すぐに自転車置き場の下の隙間から目に見えて覚えてるのはサッカー部の大勢の人が顔を出して見ていて、ワーーー!!!と言いながら自転車置き場のトタンのような壁になってる部分をガンガン叩いていた。まさか地面のすぐ上の隙間から顔が沢山出てくると思わなくて、トタンのようになっていたからすごい音で怖くなってしまい、恐怖で固まっていると、「学校終わったら塾だから、電話かけてこないで。」と迷惑そうに言われた。そして納得して、急に自転車置き場から人がたくさん出てきた衝撃で少し怖いと思ってそのまま帰った。帰る途中、愛を邪魔されてるわ。私はジュリエット。周りから反対されているの。と悲劇のヒロイン(お姫様)になったつもりでいた。
自宅に着くと、おばあちゃんがグリコのとろ~りクリームonプリンを買って待っていてくれて、私はプリンのおいしさにあーこのプリンおいしいなーと思いながらも、食べながら 辛い運命だわ、、、。とまだプリンを食べながら悲劇のヒロインになりきっていた。同時に少し怖いと思い食べていた。その後、友達と電話で話したら「○○ちゃん(私)の見方がやった」みたいな事を言われた。その先何て言ったか忘れたが、見方、、、、?友達いないのに見方って何?私の見方?と分けが分からないまま過ごしていて、結局分けはわからなかった。今思えば、私の仲良くしたかった人の味方で私をその人にもう近づけないようにしたのかな?とも思うけど、友達は私の味方がやった。と言ったから、もしそれが本当であるならば、かなりありがたいけど今でも分からない。ただ記憶に残ってる。
その後は、もう気持ちを確かめる行動はしなくなったけど、何回か絡む事はあった。例えば廊下で通りすがりにデブとか他にも酷い事を言われたけど酷い事だけじゃなくてたまに意味深な事も言われた。例えば、私がクラスの人に恋愛について話したからかそれがバレて「彼氏いるんでしょ?よかったね!」と叫ばれた事があった。これは嫌な言葉ではないので嬉しくて、ずっとどういう意味か考えていて、嬉しさに耐えきれなくてクラスメートに「ねー今日彼氏いるんでしょ!よかったね!って言われたの!いないのに!!ねぇどういう意味かな!?」と話して、その事について話すのが嬉しくて楽しかった。
廊下と言ったら会話もした事があって、面白い会話だった。その会話をする前日の放課後、帰る方角が一緒の女子達と一緒になって恋愛について鼎談していた。最初はその女の子が、耳に手を当てて自分が仲良くしたかった人と電話をする振りをしていて「もしもし、◯◯?」と言ったので私が「え、電話してるの!?」と羨ましいと思って言ったら「え、電話してないから。」と電話をする振りだけされて「なんだ、、、。」と言う事をして、その後にどういう流れか忘れたけど彼氏についての話になった。そしてその会話の中で私が「彼氏は今ブラジルにいる。サッカーが上手いから、向こうで練習している」と嘘を言ってしまったのである。まさかの国外にその女の子達は「ブラジル!?!?」とたしか目を丸くして言っていて、その事を翌日仲良くしたかった人に話してしまったみたいだった。ある日の昼休み、その人のクラスの廊下の前に何でだか忘れたがいたら、別のクラスの女の子が「◯◯?」と言ってその人を呼び出してくれた。まさかの急展開にとまどいながらも、その人が「何?」と私の方に来てくれた。そして最初別の話をした後に、その人が私に「彼氏ブラジルにいるんでしょ?」と言ってきた。その後私はなんて答えたか忘れてしまったが、しばらくして私がその人に話の流れからおそらく進路の事を聞いた。そしたらその人の友達が「え、(仲良くしたかった人の進路は)ブラジル留学でしょ?」と言った。そしたらその人が「そうだよ。ブラジル留学だよ。」と言った。それを聞いた私は、え、つまり私の彼氏だと言う事になってるの?と分けが分からなかったけどすっごく楽しい会話だった。
思い返せば廊下だけでなく、外でも様々な事があった。ある日運動会の練習が外で行われた時は、練習が終わった後に校庭に持っていった椅子を教室に戻しに行くか、校庭に持っていこうとした時か忘れてしまったが私が椅子を持って昇降口にいたら「なんでお前がここにいんだよ。さっさと行けよ!」と言われた事があった。また、この時期の別の日には運動会の練習か本番の日の帰りに帰ろうと自転車置場に行ったら、私が何でか忘れたが楽しい事があったのか笑っていたら他クラスの男子が「笑顔〜♪」と私が笑っている事についてどういう意味が分からないが言っていたら「ほっとけ!!!相手にすんな、あんなデブ。」と言われた事があった。他クラスの男子が私が笑っている事を笑いながら言ってくれた事は嬉しかったが、デブと言われてしまったので悲しくなってしまった。私は、よくこの人からデブだと言われてそれが嫌だった。中2の冬の放課後にも、自転車を押して帰ろうとしている時にサッカーをしていたその人が私に向かって「ブタ!!!」と少し笑いながら言ってきた事があった。言われた私は、それは嫌な言葉なのに急に話しかけられたから自転車を倒してしまった。今思えば、そんなに嫌なら絡んでくるなよと思う。後、思えばもしあの時や廊下で何か言われた時に「ブタはてめぇだろ。」とか「先生に言うよ。」と言っていたらどうなったのだろうと思う。笑って言い返してきた場合、ある意味いい絡みになっていた気がする。今だったら絶対に言い返すのに、当時はぶりっ子をしていたからか分からないが言い返さなかった。
また、ある日の最後の授業が終わり放課後になって自転車を押して帰ろうとしている時に分けの分からない事をされた事があった。その人が体育館のとなりの八重葎からなんだか分からないけど虫を探していて、笑いながら両手で抱えて持っていた。私はなんで虫なんか捕まえてるんだろう?しかもなんか嬉しそう。と思ってゆっくり自転車を押して途中その人を見て止まっていたらその人が私の足下にその虫を置いたのである。その虫はコオロギのような虫で、なんだかすっごく可愛い虫だった。え、もしかしてこの可愛い虫をくれたのかなあ?と思ったけど持ち帰る気はしなかったからそのままにして帰ったけど嬉しくて舞い上がって帰った。なんだか分からない暗黙のコミュニケーションだった。この時も、「ちょっとこの虫何でうちんとこ置くんだよ!」と言っていたら何て言われただろう?仮に言おうと近くに行ってもその人の友達が「来たぞ!」と言ってその人は逃げると思う。逃げるなら意味深な事をするなと思う。
逃げる。これはよくされていた事で、そんなに多くないが私が気持ちを聞いてもらえないから「ねぇ。」と言って話かけようとしていた事があってよく逃げられていた。100%中99%は逃げると思うが、彼氏がブラジルにいる話をした日の休み時間はすんなり来てくれたので不思議に思う。
他のクラスメートとも良い思い出を残す事ができた。授業は一時期科学の班が恵まれていて、楽しい事があった。ある日の授業中、同じ班の人の事をクラスメートが呼んでいるのと同じ呼び方で「先輩。」と呼んだら、それを聞いた同じ班の男子が「あーもうこのあだ名は使えないね。」と言った。そして、私がそのあだ名で呼び使えなくなった為そう言ったクラスメートがまた別のあだ名でその人に話かけた。そしてその後に私が再び「〇〇。」と言ってまたクラスメートがあーこれもだめだと言うような事を言い、そのような事を何回か繰り返すと言う事をして楽しかった。選択英語の授業では最近YouTubeでなんとかを見たとかあれを買った、廊下であの人にあんな事を言われたから自分をどう思っていると思う?等くだらない話を聞いてもらった。休み時間はある女の子に私が借りてきた本の事で「何が〇〇だよ。」と言われその言い方が面白くて爆笑し、ある男子には、ある日突然「自分の事可愛いと思ってるだろ。」と言われ「思ってないから!」と言う会話を2回ぐらいした気がする。同じクラスだった同級生との思い出はこのように楽しい事があったけど、1番中3の日常生活で心から楽しくて爆笑したのは運動会の綱引きと入場練習だった。詳しくは言えないけど腹筋が割れそうになる程爆笑しまくりで、入場の行進練習は、先生が真面目に掛け声を出しているのに可笑しくて笑っていたし、入場門から走ってくる時なんてただでさえおかしいのに走らなければならないからまともに走れなかった。すごく楽しくて、幸せだった。話を聞かなければならない時は黙って立っていなくてはいけないのにクスクス笑っていたから後ろの子が先生に「先生、たかぎさんがずっと笑っててうるさいです。」と言われてしまい、「たかぎ、後ろ。」と1番後ろに行かされてしまった。午後の掃除は、冬はトイレ掃除だったのだが昇降口掃除の別のクラスの男の子に毎回横を通るだけで目の上にまぶしいみたいに手を当てて「うっっ!!!」みたいな真似されてまーたやってるよとか思うか水をかけ合ったりトイレ掃除では隠れられてどんな独り言を言うのか観察され笑われたり楽しかった。こう改めて振り返ると、私は元々無口なのによく色々な人と関われたなと思う。
給食もおいしいのがたまに出てきて、1番おいしいなと思ったのがグラタン。アルミカップに入ったほうれん草が入ったのとかぼちゃが入ったのがあり私はそれがとてもおいしいと思っていたからグラタンが出れば必ずいくつか余っているのでもう1個食べていたから、クラスの人にグラタンなんか1番太るよと教えてもらったけど米を減らして食べてた。おばさんが一生懸命丁寧に作ってくれていたからすごくおいしかったのね。おいしいのはグラタンだけじゃなくてパンもおいしいのがたまにあって私がクラスの子と何かで絡み合いになってクラスの子がパンを投げつけてきて私が「パンがかわいそうじゃん!!!」と言ったら「パンは感情がねえよ!!!」みたいな事を言われて言い合いになって面白かった。給食中は自分がクラスメートに恋愛についての話をたまにして、仲良くしたかった人に廊下や電話であんな事を言われたけど雑誌や漫画ではあんな風に書いてあったけどどう思う?とよく雑誌や漫画と比較をし語っていた為、後ろで給食を食べていた先生までつまりそれはなんとかだとアドバイスをしてきたり、話した内容がその話に出てくる人に間接的にばれてそんな事言ってると思った。と言っていたよ。とクラスメートが教えてくれたから、えっ私の事考えてたという事?しかも予想してるなんて超能力?エスパーみたい。まさか脈あり?あーやっぱ好き!とか想像したりとても楽しい時間だった。
それと修学旅行。これも楽しかったなあ。京都の見るべきお寺やお店を見れたし夕飯は目の前に仲良くしたかった人が見える位置を陣取り食べようとしたけど私が嫌いな肉の鍋で友達が野菜だけとってくれたし 夜はお腹が空いて仕方なかったからお菓子を音立てて食べていたら気付かれてずっと帰った後もネタにされて、夕方はトランプを色んな人がやりにくるかもしれないと聞いて周りをめちゃくちゃ急いで片付けたのにこなくてふてくされたり。お菓子も本店で買えたし なにより驚いたのが私が移動の電車で他の学校の学生が見てくる〜とか言ってたらなんか言われていたのか、仲良くしたかった人がなんかあったら俺たちが殴られようぜってなんか言ってくれたみたいでなんでそんなこと言うんだろうってずっと考えちゃってまさか私を守る為?あーやっぱ好き!素敵♡と思い最終日に有名な寺に行けば、しおりのスケジュールだと全クラスになってるのになんで私が仲良くしたい人のクラスがいないんだって文句を言ったら先生に怒られた。ほんとに色んな事があって帰りの電車までほんとに忘れられない素敵な旅行だった。
いい思い出は振り返ればたくさんあるけど印象が強いのが北辰テスト。どの学校でやったか忘れたけど仲良くしたい人と同じ教室になって、私が黙って座っていたら私の隣と斜めの席が同級生で、仲良くしたかったひとがお前と斜めの同級生席交換しろよって話かけてくれたからびっくりした。そして私は嫌だと言った。今では自分の友達と汚い私を離れさせたいと言う悪い意味で捉えているが、何故かそんな気はしなかった。多分だけど、少し笑っていた気がする。あの日は天気がよくて太陽がキラキラしていて本当に素敵な日だった。テストは難しかったからよく覚えてる。本当に青春って感じで、帰りにその学校近辺の街並みを車の窓から見てて、テストを受けたみんなが歩いていて、私は話せたと言ういい思い出ができたからすごく嬉しい思いで帰った。この日の事は、高校生になってもよく振り返っていて、ずっと戻りたいなと思っていた。楽しかったから、今でも戻りたい。あの日がもし雨でもいい思い出だが天気がよく太陽の光で教室内が明るかったからより夢のようにいい思い出になった。
色々あったけどもし、自分の生まれた年代に生まれていなければ無口な私はこんな風に全然気にかけてもらえず1人寂しい生活をしていたんじゃないかと思う。中学は、入学前に私立もいいかなと思ったけど公立でも勉強は頑張れるから、と卒業した中学に入学した。あの時私立を選んでいたらいたで気にかけてもらえず寂しく孤立をしていたと思う。だから、本当に卒業した中学に通えてよかった。この中学3年である年は、見て笑顔になれときめける人がいたと言うのもあり、色々問題はあったもののまだ問題が起き始まっていない春や夏は学校に行くのが好きだった。だから休日に家族と外出をしても、姉に「家にいてもつまらないから、学校に行きたい。」と言ってしまった事がある。夏休みなんて苦痛で仕方なかった。現在のようにスマホでYouTubeを見たりできなく、1度読んだ漫画を読み返すばかりの日が続くと思っていたからである。しかしたまに確か補習で学校に行ける日があり、夏休み中の各部のスケジュールが書いてある紙を見て、仲良くしたかった人の部の練習がある時は会えないかな〜と期待をし、練習がなく紙に丸が書いてない日はいないじゃんとがっかりした。
高校生になってからは、自分はJRでなく違う車両を利用していて、ほとんど地元の卒業生はJRを利用していると思っていてJRに通うようにいつかなったら、色んな人や仲良くしたかった人に会うかもな。と期待をし、毎日駅を歩きながら横目で見ると、JR方面の改札付近がなんだか未知の素敵な場所に見えた。あとしばらくしたら会えるかも!と期待をしていた。実際に高校を卒業し、短大生になってからは予想が的中して3回も会ったしね。自分にとって駅や電車は、誰かに会えるかもしれない素敵な場所なのだ。毎回買い物をする前後に駅や電車を利用する時は話せもしないのに誰かに会える期待(普通より好きな人に限る)と楽しかった過去を空想しながら歩いているので大抵は気分が良い。地元のホームで電車を待っている時なんて、必ず中学の時の思い出ばかり考えていて過去にタイムスリップして幸せを感じている。周りの人達はシャキッとした顔をして立っているか、スマホを見て立っているけど自分は過去の事ばかり考えているから駅から見える景色をボーっとして見ながら立っていると浮くのでたまにスマホをいじるふりをするけれど大抵は過去の思い出ばかり考えている。仕事をしている時は疲れているから、休みの日ぐらい楽しかった思い出を思い出してリラックスしていたいからか、気付いたら過去の思い出を思い出している。いつしか自分もこの地元を去り駅も使わなくなるのかな。地元の駅が好きだから、そう考えると少し寂しい。それに、地元の駅を使わなくなると地元の知り合いに偶然会える確率はかなり下がってしまう。そんな風に思える人達に出会えたのは、かなり幸せな事なんじゃないかと思う。
振り返ると自分にとっての幸せは、学生時代に年代 学校 クラスに恵まれた事。これから先も人生は続くけど、いつ振り返ってもこの地元にこの年代に生まれ、いい人に出会い、この学校に入りこのクラスで構成されよかったなと言う事に1番人生の幸せを感じると思う。今の私は人生に疲れてヘトヘトだし、未来もおそらく幸せは少しで嫌な事ばかりだと思う。学生時代は、働いた方がいいに決まってるじゃん!お金は貰えるし、友達が作れなくて悩む事もないし、テストもないじゃん!と思っていたけど、卒業後の私は人生に悲観ばかりしている。働くのはすごく面倒。本当に嫌。疲れる。恋愛だって先行きが見えないし、体は悪いし罪悪。人生を終えますか?と言うボタンがあるなら周りの人の自分に対する記憶が消せたら即押してるよと思う時が多々ある。中学の頃は夢を見ていたけど学生じゃない人生なんて罪悪でしかない!学生時代に戻りたい!!!と常に思っている。いかに幸せだったか毎日痛感している。と言っても嫌な事だけじゃなくていい事もごくたまにあるけど。嫌な事だらけの生活だけど、私を支えてくれた人達が頑張って生活していると言う事をいつまでも忘れずに頭の片隅に入れておき、それを見習って生きていこうと思う。これは、中学の知り合いに限らず高校の知り合いも含まれる。それに、私の事が嫌いな人や私が嫌っている人が私より笑って強く充実した生活を送っていると思うので、できればその人達と同じくらいに少しでも充実した生活が送りたい。そして、自分を支えてくれた人や、これからいい意味でSNSや実際に会って関わる人達、そして今では腹が立ったり不快に思う方が多いが笑顔をくれた仲良くしたかった人が幸せであってほしいと思う。
始業式のポカポカした気持ちのいい朝、支度をして学校に向かって行った。その時は、今年は悩みなく中1の頃にジャニーズについて一緒に語っていた昔から仲の良かった子と以前のように休み時間に笑い合え再び落ち着いた素敵な1年にできるといいな、と言う事と、気になっている男の子と同じクラスになれるかと言う不安で肩に力が入った状態で自転車を漕いで行った。校舎近くの横断歩道前に、小学6年生の時の担任の先生が立っていた。私に気づいたと思うが、私は挨拶をせずに必死で自転車を漕いで学校へ向かっていった。
学校に着き、鼓動を高鳴らせて教室のクラス分けの紙が貼ってある扉まで向かって行った。クラス分けの紙を見ると、私は3年A組だった。そして、気になっている男の子の名前を探したら、A組にいなかった。よく見たらその男の子は3年C組だった。クラスが違うと言う結果を知り落ち込んだ。学校では、体育の授業ではA B C組のうち、A組とB組が何故か合同で一緒に授業を行う形になっていた。私はA組で、気になっている男の子はC組なのでクラスが同じではないのに体育の授業でも会えないと言う最悪のパターンだった。
そんな結果になったが、中1の頃の仲良くしたかった女の子とは同じクラスになれたので、また中1の頃のような生活に戻り仲良くしよう、と思っていた。中2でクラスが離れていて色々あり距離があったが、過去に仲良くなり今回のクラス替えで同じクラスになった女の子が、私とその中1の頃に一緒にいた子が一緒にいれるようとりもってくれたのか、私は「始業式の日に、その子が私に話かけるらしいよ」と言う事を聞いていた。なので、いつ話しかけてくるのかな、と思い過ごしていた。しかし、何も声をかけられず1日が過ぎていった。なので、その一緒にいられるようとりもってくれた子に事情を聞くと、「嫌いだから一緒にいたくない」と言う事を言っていたと教えてくれた。その時どんな気持ちになったか忘れてしまったが、「裏切られた」と言う怒りの感情が段々とこみ上げてきた気がする。友達になった人に再び嫌われてしまったので、最後の1年も移動教室がまた1人になってしまった。友達が皆私から離れていった、と言う状況だ。
クラスが新しくなってからは、科学などの班分けも出席番号順になっている。私の前の出席番号がその仲良くしたかった子なので、科学の授業が同じ机になった。
気になっている男の子と会えるのは外か廊下か週1の朝会に限定されてしまったのでショック状態でクラスに向かった。今思えば同じ校内でかなり恵まれてるじゃんと思うが当時では大問題なのだ。帰りは自分のクラスが先にさようならをしてもその人のクラスの帰りの会が終わってないと私が先に帰る事になるし、逆の場合もある。そして自分がクラスの放課後に行う掃除の当番になったら、先に帰られてしまう。会えるかもしれない廊下にはいつも立っている訳ではない。卒業が近づいてきており残り1年しかないから1日1日が貴重だった。帰り際には、門を出た所から彼が大勢の友達と帰る後ろ姿を見れる事が多々あった。なのでその姿をじっくりと見ていた。すると先生に、「◯◯さーん、(私)帰る帰る!」と言われる。そう言われ帰って行った。自転車を漕ぎながら、また卒業に近づいちゃったと気が沈んだ。夕焼けが気持ちをよりせつなくした。そして、「感じた気持ちを忘れないようにしよう。数年、数十年経って本当にそうだったの?と思わないように、、、。」と記憶に刻んで帰った。
現在は、TwitterやInstagramと言った当時にはなかったSNSができた為、文字でのやりとりや写真で姿を見れるし近況状況を知る事ができる。でも当時はそれがなかった為(あってもやりとりは絶対できないだろうが)もう死ぬまで2度と会えないか、会えるとしても地元の駅内で偶然見かけるかばったり会うかだけ。卒業が近づいている。なのに好き。だから帰りの会が終わった後や、外で見かけると「ねぇ。」と言って話かけようとしていた。すると、校内の廊下ではその場近くの階段を早く登り逃げられてしまい、外ではいつも逃げられていたわけではないが逃げる時は「キャー!」と言って軽く逃げられてしまう。
そんなに好きなら行動したのかと言うと、ちゃんとした。ある日の夕方、私はどうするか考えていた。しばらく考えた末、あと1年しかないから後悔しないようにしようと決意した。もし言ったら何て言われるだろう?いいよ?勉強が忙しいから無理?もしいいよだったらその日が記念日になるな。4月が記念日か。等色々考えて、1日を終えた。そして当日。朝の身支度は少しでも可愛くあろうと、髪にオイルをつけ学校に行った。私は張り切って綺麗にしたつもりなのに、保健室に行くと隣のクラスの男子に「髪、めっちゃテカテカじゃん。」と言われたのでテカテカじゃねえよツヤツヤだよ!!!と内心怒っていた。教室では、何故か同じクラスの男子が私に「○○は○○中に彼女いるってよ。」とか、「昼休みにしてだってよ。」と言ってきた。しかし私は、知りもしないのに彼女いるわけないし、昼休みになんて短いから嫌だと思ったので無視をした。何故その人が知っているのか分からなかったが、後で聞いた話だと仲良くしたかった人が休日にその人にどうしようと相談していたようだった。その後、詳しくは言えないが協力ももらい呼び出しの手紙を渡してしばらくしたら、その手紙をわざとだと思うけど落とされて、学年全員に知れ渡りその手紙も自分の教室に渡っていてクラスの人がその手紙を中心に丸くなって読んでいて、読んだ男子に「委員会の後来て下さい♡」と声に出して読まれた。学年全員にバレた私は、すごく恥ずかしくなったけど平気なふりをし、放課後になる2限前の校内で行われる安全講習会を受けていたけどやはり恥ずかしくなり途中で保健室に寝に行った。その講習会は事故を防ぐ為の講習会で、映像として自転車が強く自動車にはねられ飛ばされる等、本来こんな事にならなければ、あぁ怖いなあと呑気に見ていられたけどとても大人しく見てはいられなかった。講習会が終わると、講習を受けた同学年の人達が保健室の横を歩いているのが分かった。そして、まだ布団にくるまっていた私を元気づけるのかからかっていたのか分からないが隣のクラスの男子が「おい!!!」と言いながら保健室のドアをドン!!!と強く叩いてきた。私は学年全員に知られたので何とも言えない複雑な気持ちで布団に入っていた。その後は委員会活動で、その委員会活動の後が時間になっていて、私はその委員会を受けながらどうするか考えていたけどせっかくだし、と言う事にした。そう決意していたのに、隣に座っていた同じクラスの男子が笑みを浮かべ友達に「絶対見に行く。」と言う事を言っていたが、それでも辞めなかった。かなりの緊張の中、委員会が終わり屋上付近まで向かって行った。すると、屋上付近には階段と屋上への閉まっているドア、少しの立てるスペースしかないのにそこにいる不自然な私に隣のクラスの女子がその場に来て「何してるの?」と言ってきた。そう言われた私は、「○○先生を探してるの。」ととっさに嘘をついてその場を去った。どうしよう、と校内を逃げ回ってトイレに隠れた。私を邪魔する野次馬の1人の女子が「どこにいるの?」と言っていて、トイレの中でかなり焦燥感を感じトイレから脱出し1階まで行った。1階まで行き後ろを見ると、野次馬が4、5人様子を見についてきていた。立ち止まると、手紙を落とした人が3mぐらい後ろにいて、私に「俺好きな人いるし、あんたの事好きじゃないし、あんた俺に何か用!?」と2回叫んだ。私は野次馬が見ていたし廊下だったから何も言えず結局チャラになってしまって気落ちして自転車置場に行き帰ろうとした。そしたら隣のクラスの男子が近くにいて、私に聞こえるように「いい加減振られた事に気づけよ。」と言ったので、そのように言われ当時何て思ったか詳しく覚えてないが、上手くいかなかったので、ただただ悲しく確か泣いて帰った。その後、結局あれは野次馬のせいだからとクラスの人に慰められたけど、悲しみは消えずにテスト中も泣いていた。
その後しばらく何もなかったが、ある日の放課後自転車置き場でその人に、「俺が書いたんじゃないから。」と言われてぐちゃぐちゃに折れたルーズリーフに書かれた手紙をもらった。私はその手紙を信頼できる女子しかいない教室で見た。そしたら中1の頃から好きだった 今年の夏は一緒にいようと書かれていて、俺が書いたんじゃないと言われたけど、絶対照れ隠しで本人が書いたと思い、信頼できる女子もそう言ったから、返事の手紙を書く事にした。ルーズリーフでもらったから、ルーズリーフに書いた。その後渡すと、その人が私の教室までその手紙を持ってきて、私に何か言ってきた為私は、「返してよ!」とその人の手から手紙を取り上げようとしたけど、ひょいっと上に上げられとられないようにされた後結局また落とされて同じ事になって男子にからかわれた。からかわれてすごく恥ずかしくなった私は、からかってきた男子に、「どんな返事が来るか試したんだもん。」と本当の手紙なのに試しの手紙であると言ってしまった。すると、それが本人にバレていつどのタイミングか忘れたけど、ある日私に「あれ、試したんだろ?」と少し納得いかなそうな顔で言ってきた。なぜか分からないが私はすぐに答えなくて、数日ししばらくしてから、放課後に友達と歩いて帰ってる後ろについて行き、「あれ、試したんじゃないから!」と言ったら、「分かったから。」と言われた。結局その手紙は誰が書いたのか分からないから一件落着したとは言えないが、私は満足して帰った。
一時は満足したけど、結局誰が書いたのか分からないし、全然分かってもらえなくてもやもやしていた。ずっともやもやが消えなくて、気持ちが宙に浮いたままだったから、ちゃんと聞いてもらいたいと他にもしたからだいぶ迷惑をかけたりもした。本当に馬鹿だったと思う。
丁度その時期のある日の放課後、いつも通り授業を受けて帰ろうと自転車置き場に向かった。そしてその後衝撃的な事が起こった。話していたか2人きりになった途端かどっちか忘れたけど確か2人きりになった途端すぐに自転車置き場の下の隙間から目に見えて覚えてるのはサッカー部の大勢の人が顔を出して見ていて、ワーーー!!!と言いながら自転車置き場のトタンのような壁になってる部分をガンガン叩いていた。まさか地面のすぐ上の隙間から顔が沢山出てくると思わなくて、トタンのようになっていたからすごい音で怖くなってしまい、恐怖で固まっていると、「学校終わったら塾だから、電話かけてこないで。」と迷惑そうに言われた。そして納得して、急に自転車置き場から人がたくさん出てきた衝撃で少し怖いと思ってそのまま帰った。帰る途中、愛を邪魔されてるわ。私はジュリエット。周りから反対されているの。と悲劇のヒロイン(お姫様)になったつもりでいた。
自宅に着くと、おばあちゃんがグリコのとろ~りクリームonプリンを買って待っていてくれて、私はプリンのおいしさにあーこのプリンおいしいなーと思いながらも、食べながら 辛い運命だわ、、、。とまだプリンを食べながら悲劇のヒロインになりきっていた。同時に少し怖いと思い食べていた。その後、友達と電話で話したら「○○ちゃん(私)の見方がやった」みたいな事を言われた。その先何て言ったか忘れたが、見方、、、、?友達いないのに見方って何?私の見方?と分けが分からないまま過ごしていて、結局分けはわからなかった。今思えば、私の仲良くしたかった人の味方で私をその人にもう近づけないようにしたのかな?とも思うけど、友達は私の味方がやった。と言ったから、もしそれが本当であるならば、かなりありがたいけど今でも分からない。ただ記憶に残ってる。
その後は、もう気持ちを確かめる行動はしなくなったけど、何回か絡む事はあった。例えば廊下で通りすがりにデブとか他にも酷い事を言われたけど酷い事だけじゃなくてたまに意味深な事も言われた。例えば、私がクラスの人に恋愛について話したからかそれがバレて「彼氏いるんでしょ?よかったね!」と叫ばれた事があった。これは嫌な言葉ではないので嬉しくて、ずっとどういう意味か考えていて、嬉しさに耐えきれなくてクラスメートに「ねー今日彼氏いるんでしょ!よかったね!って言われたの!いないのに!!ねぇどういう意味かな!?」と話して、その事について話すのが嬉しくて楽しかった。
廊下と言ったら会話もした事があって、面白い会話だった。その会話をする前日の放課後、帰る方角が一緒の女子達と一緒になって恋愛について鼎談していた。最初はその女の子が、耳に手を当てて自分が仲良くしたかった人と電話をする振りをしていて「もしもし、◯◯?」と言ったので私が「え、電話してるの!?」と羨ましいと思って言ったら「え、電話してないから。」と電話をする振りだけされて「なんだ、、、。」と言う事をして、その後にどういう流れか忘れたけど彼氏についての話になった。そしてその会話の中で私が「彼氏は今ブラジルにいる。サッカーが上手いから、向こうで練習している」と嘘を言ってしまったのである。まさかの国外にその女の子達は「ブラジル!?!?」とたしか目を丸くして言っていて、その事を翌日仲良くしたかった人に話してしまったみたいだった。ある日の昼休み、その人のクラスの廊下の前に何でだか忘れたがいたら、別のクラスの女の子が「◯◯?」と言ってその人を呼び出してくれた。まさかの急展開にとまどいながらも、その人が「何?」と私の方に来てくれた。そして最初別の話をした後に、その人が私に「彼氏ブラジルにいるんでしょ?」と言ってきた。その後私はなんて答えたか忘れてしまったが、しばらくして私がその人に話の流れからおそらく進路の事を聞いた。そしたらその人の友達が「え、(仲良くしたかった人の進路は)ブラジル留学でしょ?」と言った。そしたらその人が「そうだよ。ブラジル留学だよ。」と言った。それを聞いた私は、え、つまり私の彼氏だと言う事になってるの?と分けが分からなかったけどすっごく楽しい会話だった。
思い返せば廊下だけでなく、外でも様々な事があった。ある日運動会の練習が外で行われた時は、練習が終わった後に校庭に持っていった椅子を教室に戻しに行くか、校庭に持っていこうとした時か忘れてしまったが私が椅子を持って昇降口にいたら「なんでお前がここにいんだよ。さっさと行けよ!」と言われた事があった。また、この時期の別の日には運動会の練習か本番の日の帰りに帰ろうと自転車置場に行ったら、私が何でか忘れたが楽しい事があったのか笑っていたら他クラスの男子が「笑顔〜♪」と私が笑っている事についてどういう意味が分からないが言っていたら「ほっとけ!!!相手にすんな、あんなデブ。」と言われた事があった。他クラスの男子が私が笑っている事を笑いながら言ってくれた事は嬉しかったが、デブと言われてしまったので悲しくなってしまった。私は、よくこの人からデブだと言われてそれが嫌だった。中2の冬の放課後にも、自転車を押して帰ろうとしている時にサッカーをしていたその人が私に向かって「ブタ!!!」と少し笑いながら言ってきた事があった。言われた私は、それは嫌な言葉なのに急に話しかけられたから自転車を倒してしまった。今思えば、そんなに嫌なら絡んでくるなよと思う。後、思えばもしあの時や廊下で何か言われた時に「ブタはてめぇだろ。」とか「先生に言うよ。」と言っていたらどうなったのだろうと思う。笑って言い返してきた場合、ある意味いい絡みになっていた気がする。今だったら絶対に言い返すのに、当時はぶりっ子をしていたからか分からないが言い返さなかった。
また、ある日の最後の授業が終わり放課後になって自転車を押して帰ろうとしている時に分けの分からない事をされた事があった。その人が体育館のとなりの八重葎からなんだか分からないけど虫を探していて、笑いながら両手で抱えて持っていた。私はなんで虫なんか捕まえてるんだろう?しかもなんか嬉しそう。と思ってゆっくり自転車を押して途中その人を見て止まっていたらその人が私の足下にその虫を置いたのである。その虫はコオロギのような虫で、なんだかすっごく可愛い虫だった。え、もしかしてこの可愛い虫をくれたのかなあ?と思ったけど持ち帰る気はしなかったからそのままにして帰ったけど嬉しくて舞い上がって帰った。なんだか分からない暗黙のコミュニケーションだった。この時も、「ちょっとこの虫何でうちんとこ置くんだよ!」と言っていたら何て言われただろう?仮に言おうと近くに行ってもその人の友達が「来たぞ!」と言ってその人は逃げると思う。逃げるなら意味深な事をするなと思う。
逃げる。これはよくされていた事で、そんなに多くないが私が気持ちを聞いてもらえないから「ねぇ。」と言って話かけようとしていた事があってよく逃げられていた。100%中99%は逃げると思うが、彼氏がブラジルにいる話をした日の休み時間はすんなり来てくれたので不思議に思う。
他のクラスメートとも良い思い出を残す事ができた。授業は一時期科学の班が恵まれていて、楽しい事があった。ある日の授業中、同じ班の人の事をクラスメートが呼んでいるのと同じ呼び方で「先輩。」と呼んだら、それを聞いた同じ班の男子が「あーもうこのあだ名は使えないね。」と言った。そして、私がそのあだ名で呼び使えなくなった為そう言ったクラスメートがまた別のあだ名でその人に話かけた。そしてその後に私が再び「〇〇。」と言ってまたクラスメートがあーこれもだめだと言うような事を言い、そのような事を何回か繰り返すと言う事をして楽しかった。選択英語の授業では最近YouTubeでなんとかを見たとかあれを買った、廊下であの人にあんな事を言われたから自分をどう思っていると思う?等くだらない話を聞いてもらった。休み時間はある女の子に私が借りてきた本の事で「何が〇〇だよ。」と言われその言い方が面白くて爆笑し、ある男子には、ある日突然「自分の事可愛いと思ってるだろ。」と言われ「思ってないから!」と言う会話を2回ぐらいした気がする。同じクラスだった同級生との思い出はこのように楽しい事があったけど、1番中3の日常生活で心から楽しくて爆笑したのは運動会の綱引きと入場練習だった。詳しくは言えないけど腹筋が割れそうになる程爆笑しまくりで、入場の行進練習は、先生が真面目に掛け声を出しているのに可笑しくて笑っていたし、入場門から走ってくる時なんてただでさえおかしいのに走らなければならないからまともに走れなかった。すごく楽しくて、幸せだった。話を聞かなければならない時は黙って立っていなくてはいけないのにクスクス笑っていたから後ろの子が先生に「先生、たかぎさんがずっと笑っててうるさいです。」と言われてしまい、「たかぎ、後ろ。」と1番後ろに行かされてしまった。午後の掃除は、冬はトイレ掃除だったのだが昇降口掃除の別のクラスの男の子に毎回横を通るだけで目の上にまぶしいみたいに手を当てて「うっっ!!!」みたいな真似されてまーたやってるよとか思うか水をかけ合ったりトイレ掃除では隠れられてどんな独り言を言うのか観察され笑われたり楽しかった。こう改めて振り返ると、私は元々無口なのによく色々な人と関われたなと思う。
給食もおいしいのがたまに出てきて、1番おいしいなと思ったのがグラタン。アルミカップに入ったほうれん草が入ったのとかぼちゃが入ったのがあり私はそれがとてもおいしいと思っていたからグラタンが出れば必ずいくつか余っているのでもう1個食べていたから、クラスの人にグラタンなんか1番太るよと教えてもらったけど米を減らして食べてた。おばさんが一生懸命丁寧に作ってくれていたからすごくおいしかったのね。おいしいのはグラタンだけじゃなくてパンもおいしいのがたまにあって私がクラスの子と何かで絡み合いになってクラスの子がパンを投げつけてきて私が「パンがかわいそうじゃん!!!」と言ったら「パンは感情がねえよ!!!」みたいな事を言われて言い合いになって面白かった。給食中は自分がクラスメートに恋愛についての話をたまにして、仲良くしたかった人に廊下や電話であんな事を言われたけど雑誌や漫画ではあんな風に書いてあったけどどう思う?とよく雑誌や漫画と比較をし語っていた為、後ろで給食を食べていた先生までつまりそれはなんとかだとアドバイスをしてきたり、話した内容がその話に出てくる人に間接的にばれてそんな事言ってると思った。と言っていたよ。とクラスメートが教えてくれたから、えっ私の事考えてたという事?しかも予想してるなんて超能力?エスパーみたい。まさか脈あり?あーやっぱ好き!とか想像したりとても楽しい時間だった。
それと修学旅行。これも楽しかったなあ。京都の見るべきお寺やお店を見れたし夕飯は目の前に仲良くしたかった人が見える位置を陣取り食べようとしたけど私が嫌いな肉の鍋で友達が野菜だけとってくれたし 夜はお腹が空いて仕方なかったからお菓子を音立てて食べていたら気付かれてずっと帰った後もネタにされて、夕方はトランプを色んな人がやりにくるかもしれないと聞いて周りをめちゃくちゃ急いで片付けたのにこなくてふてくされたり。お菓子も本店で買えたし なにより驚いたのが私が移動の電車で他の学校の学生が見てくる〜とか言ってたらなんか言われていたのか、仲良くしたかった人がなんかあったら俺たちが殴られようぜってなんか言ってくれたみたいでなんでそんなこと言うんだろうってずっと考えちゃってまさか私を守る為?あーやっぱ好き!素敵♡と思い最終日に有名な寺に行けば、しおりのスケジュールだと全クラスになってるのになんで私が仲良くしたい人のクラスがいないんだって文句を言ったら先生に怒られた。ほんとに色んな事があって帰りの電車までほんとに忘れられない素敵な旅行だった。
いい思い出は振り返ればたくさんあるけど印象が強いのが北辰テスト。どの学校でやったか忘れたけど仲良くしたい人と同じ教室になって、私が黙って座っていたら私の隣と斜めの席が同級生で、仲良くしたかったひとがお前と斜めの同級生席交換しろよって話かけてくれたからびっくりした。そして私は嫌だと言った。今では自分の友達と汚い私を離れさせたいと言う悪い意味で捉えているが、何故かそんな気はしなかった。多分だけど、少し笑っていた気がする。あの日は天気がよくて太陽がキラキラしていて本当に素敵な日だった。テストは難しかったからよく覚えてる。本当に青春って感じで、帰りにその学校近辺の街並みを車の窓から見てて、テストを受けたみんなが歩いていて、私は話せたと言ういい思い出ができたからすごく嬉しい思いで帰った。この日の事は、高校生になってもよく振り返っていて、ずっと戻りたいなと思っていた。楽しかったから、今でも戻りたい。あの日がもし雨でもいい思い出だが天気がよく太陽の光で教室内が明るかったからより夢のようにいい思い出になった。
色々あったけどもし、自分の生まれた年代に生まれていなければ無口な私はこんな風に全然気にかけてもらえず1人寂しい生活をしていたんじゃないかと思う。中学は、入学前に私立もいいかなと思ったけど公立でも勉強は頑張れるから、と卒業した中学に入学した。あの時私立を選んでいたらいたで気にかけてもらえず寂しく孤立をしていたと思う。だから、本当に卒業した中学に通えてよかった。この中学3年である年は、見て笑顔になれときめける人がいたと言うのもあり、色々問題はあったもののまだ問題が起き始まっていない春や夏は学校に行くのが好きだった。だから休日に家族と外出をしても、姉に「家にいてもつまらないから、学校に行きたい。」と言ってしまった事がある。夏休みなんて苦痛で仕方なかった。現在のようにスマホでYouTubeを見たりできなく、1度読んだ漫画を読み返すばかりの日が続くと思っていたからである。しかしたまに確か補習で学校に行ける日があり、夏休み中の各部のスケジュールが書いてある紙を見て、仲良くしたかった人の部の練習がある時は会えないかな〜と期待をし、練習がなく紙に丸が書いてない日はいないじゃんとがっかりした。
高校生になってからは、自分はJRでなく違う車両を利用していて、ほとんど地元の卒業生はJRを利用していると思っていてJRに通うようにいつかなったら、色んな人や仲良くしたかった人に会うかもな。と期待をし、毎日駅を歩きながら横目で見ると、JR方面の改札付近がなんだか未知の素敵な場所に見えた。あとしばらくしたら会えるかも!と期待をしていた。実際に高校を卒業し、短大生になってからは予想が的中して3回も会ったしね。自分にとって駅や電車は、誰かに会えるかもしれない素敵な場所なのだ。毎回買い物をする前後に駅や電車を利用する時は話せもしないのに誰かに会える期待(普通より好きな人に限る)と楽しかった過去を空想しながら歩いているので大抵は気分が良い。地元のホームで電車を待っている時なんて、必ず中学の時の思い出ばかり考えていて過去にタイムスリップして幸せを感じている。周りの人達はシャキッとした顔をして立っているか、スマホを見て立っているけど自分は過去の事ばかり考えているから駅から見える景色をボーっとして見ながら立っていると浮くのでたまにスマホをいじるふりをするけれど大抵は過去の思い出ばかり考えている。仕事をしている時は疲れているから、休みの日ぐらい楽しかった思い出を思い出してリラックスしていたいからか、気付いたら過去の思い出を思い出している。いつしか自分もこの地元を去り駅も使わなくなるのかな。地元の駅が好きだから、そう考えると少し寂しい。それに、地元の駅を使わなくなると地元の知り合いに偶然会える確率はかなり下がってしまう。そんな風に思える人達に出会えたのは、かなり幸せな事なんじゃないかと思う。
振り返ると自分にとっての幸せは、学生時代に年代 学校 クラスに恵まれた事。これから先も人生は続くけど、いつ振り返ってもこの地元にこの年代に生まれ、いい人に出会い、この学校に入りこのクラスで構成されよかったなと言う事に1番人生の幸せを感じると思う。今の私は人生に疲れてヘトヘトだし、未来もおそらく幸せは少しで嫌な事ばかりだと思う。学生時代は、働いた方がいいに決まってるじゃん!お金は貰えるし、友達が作れなくて悩む事もないし、テストもないじゃん!と思っていたけど、卒業後の私は人生に悲観ばかりしている。働くのはすごく面倒。本当に嫌。疲れる。恋愛だって先行きが見えないし、体は悪いし罪悪。人生を終えますか?と言うボタンがあるなら周りの人の自分に対する記憶が消せたら即押してるよと思う時が多々ある。中学の頃は夢を見ていたけど学生じゃない人生なんて罪悪でしかない!学生時代に戻りたい!!!と常に思っている。いかに幸せだったか毎日痛感している。と言っても嫌な事だけじゃなくていい事もごくたまにあるけど。嫌な事だらけの生活だけど、私を支えてくれた人達が頑張って生活していると言う事をいつまでも忘れずに頭の片隅に入れておき、それを見習って生きていこうと思う。これは、中学の知り合いに限らず高校の知り合いも含まれる。それに、私の事が嫌いな人や私が嫌っている人が私より笑って強く充実した生活を送っていると思うので、できればその人達と同じくらいに少しでも充実した生活が送りたい。そして、自分を支えてくれた人や、これからいい意味でSNSや実際に会って関わる人達、そして今では腹が立ったり不快に思う方が多いが笑顔をくれた仲良くしたかった人が幸せであってほしいと思う。