名古屋駅前地区 再開発
名古屋駅前の再開発は、まだまだこれからのようですね。
名古屋駅は、われわれ地元の住民からは、名駅 ‐メーエキ‐ と
呼ばれ、親しまれている名古屋では、栄地区と並ぶビジネス街、
繁華街です。
先日、ある講演会が、メーエキ地区であり出かけたのですが、
それが聞いたことのない WINC AICHI というビルでした。
行ってみると、真新しい20階程度のビルでした。
後で調べてみると もともとあった中小企業センターか何かの
建物を建て替えたものでした。新築のビルらしく大変きれいな
ビルで、やはりなんと言っても メーエキ から歩いて5分もかからない
立地なので、すごく便利でいいなと思いました。
1990年に名古屋駅の駅ビルが 超高層のツインタワーに建て
帰られて依頼、ルーセントタワー、ミッドランドスクエア、スパイラル
タワー と矢継ぎばやに高層ビルに建て替えられ、メーエキの
景観は一変してしまいました。東京、大阪、横浜と比べ、高層ビル化は
遅れていた名古屋でしたが、ようやく始まったかなというような
感じです
。
今後も、名古屋ターミナルビル、それと隣接する旧名古屋中央
郵便局、大名古屋ビルヂング、笹島ライブ地区など次々と
超高層ビルが建てられる計画なんだそうです。
これに比べ、もう一つの繁華街である 栄地区は、あまり変化がない
という感じです。どうしてなのでしょうかねえ?
名古屋駅は、JR駅があると言うことで、名古屋周辺の都市からの
住民のアクセスが良いからなんでしょうか?
でも、個人的には、メーエキはどうも冷たい印象・・・オフィスビルが
多くビジネス街というイメージが強いからでしょうか・・・がするので
栄の方が温かみがあって好きなのですが。
それと、もう一つ JR、名鉄、地下鉄が集まる金山総合駅がある
金山地区は、乗り換えの人が結構たくさん集まっている地区ですが、
商業施設となるとイマイチの状態で、ここを再開発すれば、大きな
マーケットが創出できるのに といつも乗換えをしながら考えています。
では、また。
薄毛の髪型
30才台中盤から、僕の髪はだんだん薄くなってきて、
いまや 『結構きてる』 状態になりつつあります。
僕のはげ方は、よく怖い人が剃り込みを入れる部分が
だんだん後退していき、その後その間の部分、すなわち
前部真ん中がだんだん後退してきています。
この分では、60歳の定年退職の頃には、頭の半分くらいの
髪がなくなってしまいそうです。
髪が薄くなり始めてから、つい最近までは、薄さを隠すために
髪を出来るだけ長くしていましたが、ある人から
『ハゲは、髪を短くしたほうがさわやかだ』 と言われました。
確かに、まばらな髪が長いと、かえって少ないのがよく分かり
目立ってしまうのかなと思い、床屋に言った際に
思い切って 『短めの刈り上げでお願いします』 と告げました。
さすがにスポーツ刈りとか五部刈りとか言う勇気は
なかったので、ちょっとあいまいにこういったのです。
でも、結果は思ったより短くなってしまい、頭のてっぺんの
あたりなど、3センチぐらいしかなくなってしまいました。
もちろん後ろ、横は短く刈り上げられているので、スポーツ刈りと
そんなに変わらない状態になってしまいました。
『これはまずい』 と思いましたが、もう遅いですよね。
しかしです。よく見直してみると、これが結構いけます。
非常にさわやかで、髪の薄いのもそんなに気になりません。
それに、少し後で分かったのですが、洗髪が楽だし、
朝、髪を整えるのも非常に楽!
これは、やめられない。頭も軽いし、周りの人たちからも
前よりいい感じと言ってもらえるし。
冬はちょっと寒いですが・・・・・。
これは、思い込みによって悪い方向に行っていたよい例だと
思います。何事も現状を打破して、変化させなければ
いい方向に行きようがないのだと思いました。
そんな大ごとではないけどね。(笑)
では。
思いは招く
先日、植松電機 専務 植松努氏の講演を聞いてきました。
北海道の中小企業を経営しながら、ロケットを飛ばすことに
成功し、今は子供達の教育に取り組んでみえる方です。
何に対してもものすごく情熱がある人だと感じました。
夢を思い描けば、必ず達成できる、と繰り返しおっしゃって
みえました。
今の人は、『どうせ無理』という言葉が多すぎると。
確かに、子供の頃は、『大きくなったらあれがしたい。』とか
『大人になったらこんな人になりたい。』 などといろいろな
夢があったような気がしましたが、親や周りの大人、あるいは
先輩に 『それは無理だよ。現実を見なきゃ』 と言われ、
だんだん自分でもそんなように思うようになり、いまや平凡な
サラリーマンになってしまっています。
ただ、サラリーマンが悪いとは思いません。われわれサラリーマンも
会社が存続していくため、その結果、社員が給料をもらい
生活していくため、そして日本が発展していくためには、必要な
存在なのです。
でも、その中でも、『仕事をこうして、会社に、地域に、日本に
貢献したい』 という夢を持っているか と振り返ってみると
そうではない自分に気がつきます。
植松氏いわく、『夢を思えば、何でもできる』。
ただし、そのためには、日々の努力、勉強が必要なんだと。
この講演を聴いて、夢を持って、それに向かって進んでいく
行くことの大切さ、また 楽しさを教えてもらったような気がします。
もうすぐ50歳になってしまいますが、まだまだ遅くないと
思います。仕事に、プライベートに 夢を持って、その実現に
向かって進んでいきたいと思います。
そして何十年後かに、人生最後の時を迎えたとき、充実した
人生だったと自分も思い、周りの人も認めてくれ、笑って
別れを告げることができるようになっていたいと思う今日この頃です。
では、また。


