ただのつぶやきです
度々のニュースで思う事…
死んじゃってかわいそう…
若くて可哀そう…
小さいこどもがいるのに可哀そう…
家族が可哀そう…
残念…
色々な人が色々な意見を言っています
私はそれを見たり聞いたりして
皆…同じ感覚で同じコトバを言っている様に見えるなぁ~とどこか冷静…
とは言っても
涙がなかなかとまらない程溢れ出てきてしまっていますが…
勿論そうなんです。
テレビのコメンテータやタレントの方々が言っている事もまちがってはいないですよね
ただ…
コトバは悪いかもしれないけど
所詮、他人事のコトバでしかないような…
ただ
死んでしまって可哀そう…
死んで悲しい…
そうなんですけど…
本当に身近な人の死って
それだけじゃないんですよね…
悲しいとか寂しいとか他人が言う言葉の裏に
沢山のモノが詰め込まれ過ぎていて
どうしようもないモノなんですよね
決して埋まることの無い穴がポッカリある感じというか…
一瞬でも穴が無かったかの様に 紛れる事はあっても
埋まる事はない
かもしれません
それが
本当に大切な人の死というものなのかもしれない
それでも
人は頑張って生きていかなきゃならない
適度にね…
生きるってエネルギーが本当に必要ですね。
最期を迎えるまでの期間
最期を迎えるまでのその人の生き様…思い…
最期を迎えるまでに密に関わって来たその家族や身近な人々…
あくまでも病気が分かった時点からの闘病生活の間
どれだけの出来事があったか…
あればあるほど
最期の時が来た時の感覚というものは辛い
いや…
亡くなってから
日を追う毎にどんどん辛くなっていくんですよね
亡くなった時って
やらなきゃならない事とかで意外と悲しむ暇がないというか…
周りに人も居て
自然と紛れているというか…
数日経ってくると
色々と落ち着いてきて
色々と考えたり想う時間が増えてきます
時間が経つにつれて
日が経つにつれて
その現実が
目の前にブチ当たってきたのを覚えています。
亡くなった事は事実なのに
それが
なかなか受け止めきれなかったり
癌の末期という病気が発覚した時点で
余命って言うんですかね…
単刀直入に言われていたので
闘病中…毎日…覚悟はしてきていたつもりなのに…
分かっていたはずなのに…
どうして人はなかなか受け止めきれない事があるのでしょうか。
不思議ですね。
気持ちが弱いのでしょか…
気持ちがネチネチしているのでしょうか…笑
私は
父が亡くなってやっと数年経ちますが
闘病中も含めて
看取った時の事までも鮮明に覚えています
ついこないだの様に…
そして
家族と話す時も
度々、生きているかの如く
会話に父が出てきます
もしくは
父の言いそうな事などが会話に出てきたりもします
家族全員が
女々しいだけでしょうか…
依存でしょうか…笑
海老蔵さんも言ってたけど
今まで以上に近くに感じる事もあります
気の持ちようなのでしょうが…
本当に近しい人の死っていうのは
一言…百言(そんな言葉はないですね…)
では表しきれないと思います
すぐになんて立ち直れないし
整理もできないし
引きづるのみ?
でも
人は生きる
その人の分まで生きようとしなければ…
決して長生きしたいとは思いはしませんが
今ある当たり前と感じている全てのモノは
大切に…大事にする様に心がける様にはなりました
でも
それって…
行動にうつすのは
意外と大変なんですよね
人間の悪い癖?
なぁなぁになる日々…です
生きるってエネルギーが必要です!!
そう…旅経つにもエネルギーが意外に必要なんですよ!
