Ⅰ
《妻さん》と《娘さん》は、私のDV・虐待に耐えかねて、当時三人で住んでいた家から避難することになりました。
そのとき《妻さん》と《娘さん》は、必要最低限の荷物しかもっていきませんでした。なので、三人で住んでいた家には、数多くの《妻さん》と《娘さん》の持ち物が残されました。
その後、私も《妻さん》と《娘さん》のリクエストと許可を受けて、二人が新たに住む家の近くに引っ越すことになりました。
私が引っ越すにあたって、《妻さん》と《娘さん》の持ち物は、捨てませんでした。私が原因で家から避難することとなった《妻さん》と《娘さん》の持ち物を、私が(自分が引っ越すからという自分の事情で)勝手に捨てるのは間違っていると感じたからです(加えて、私が引っ越す際に、捨てないでほしいと二人から言われたこともあります)。
そういうこともあり、今私が住んでいる家には、《妻さん》と《娘さん》の持ち物がたくさんあります。
Ⅱ
先日、《妻さん》が、今私が住んでいる家に来てくれて、自身の持ち物を整理してくれる時間がありました。
一時間ぐらいかけて、自分が今後も必要とするもの、不要なのでリサイクルに回すもの、ゴミとして捨てるものを、丁寧に分けていました。
Ⅲ
その数日後のことです。
「あれはしんどかった」と《妻さん》は私に言いました。持ち物整理の時間が、しんどかったとのことです。
「自分が大事にしていたもの。それを奪われて、もうなかったことにしようと思っていた。だけれど、今またこうやって目にすることになり、心がざわざわして、整理がつかない。」
という趣旨の発言をしてくれました。
私は、《妻さん》の発言を聞いて心から共感するとともに、私が犯したDVを改めて本当に申し訳なく思いました。
《妻さん》には、私のDVが原因であきらめざるを得なかったこと、選べなかったこと、捨ててしまったこと。そうしたものが、たくさんあります。それらをすべて「失った」上で、今の生活を始めたのです。それなのに、今回の持ち物整理が、過去に「失った」ものを思い出させるきっかけになり、それが「しんどさ」を感じさせる原因になったということなのだと思います。
私は、《妻さん》が今感じている「しんどさ」に対して、自らの責任を感じます。自分のDVがなければ、《妻さん》は、こうした「しんどさ」を経験する必要がないからです。
DV加害更生プログラムでは、DVが与えた影響を認めて共感を示すことが重要であると学びます。DVが与えた影響は、何年も何年も残ります。そのことを改めて認識するとともに、自分の加害に対する責任と共感の想いを、今後もずっと持ち続けたいと感じました。