《妻さん》と《娘さん》は、私のDV・虐待に耐えかねて、当時三人で住んでいた家から避難することになりました。

そのとき《妻さん》と《娘さん》は、必要最低限の荷物しかもっていきませんでした。なので、三人で住んでいた家には、数多くの《妻さん》と《娘さん》の持ち物が残されました。

その後、私も《妻さん》と《娘さん》のリクエストと許可を受けて、二人が新たに住む家の近くに引っ越すことになりました。

私が引っ越すにあたって、《妻さん》と《娘さん》の持ち物は、捨てませんでした。私が原因で家から避難することとなった《妻さん》と《娘さん》の持ち物を、私が(自分が引っ越すからという自分の事情で)勝手に捨てるのは間違っていると感じたからです(加えて、私が引っ越す際に、捨てないでほしいと二人から言われたこともあります)。

そういうこともあり、今私が住んでいる家には、《妻さん》と《娘さん》の持ち物がたくさんあります。

 

 先日、《妻さん》が、今私が住んでいる家に来てくれて、自身の持ち物を整理してくれる時間がありました。

 一時間ぐらいかけて、自分が今後も必要とするもの、不要なのでリサイクルに回すもの、ゴミとして捨てるものを、丁寧に分けていました。

 

 その数日後のことです。

「あれはしんどかった」と《妻さん》は私に言いました。持ち物整理の時間が、しんどかったとのことです。

 

「自分が大事にしていたもの。それを奪われて、もうなかったことにしようと思っていた。だけれど、今またこうやって目にすることになり、心がざわざわして、整理がつかない。」

という趣旨の発言をしてくれました。

 

 私は、《妻さん》の発言を聞いて心から共感するとともに、私が犯したDVを改めて本当に申し訳なく思いました。

 《妻さん》には、私のDVが原因であきらめざるを得なかったこと、選べなかったこと、捨ててしまったこと。そうしたものが、たくさんあります。それらをすべて「失った」上で、今の生活を始めたのです。それなのに、今回の持ち物整理が、過去に「失った」ものを思い出させるきっかけになり、それが「しんどさ」を感じさせる原因になったということなのだと思います。

 

 私は、《妻さん》が今感じている「しんどさ」に対して、自らの責任を感じます。自分のDVがなければ、《妻さん》は、こうした「しんどさ」を経験する必要がないからです。

 

 DV加害更生プログラムでは、DVが与えた影響を認めて共感を示すことが重要であると学びます。DVが与えた影響は、何年も何年も残ります。そのことを改めて認識するとともに、自分の加害に対する責任と共感の想いを、今後もずっと持ち続けたいと感じました。


 ブログで繰り返し書いてきているように、DV加害更生プログラムの目的は、「自分がDVを犯した責任を認め、DVを手放せるような自分に変化していくこと」です。「パートナーや子どもとの関係性を良くすること」ではありません。
 とはいえ、「関係性が二度と変わらない」、ということではありません。自分がDVを手放した人間へと変化していく中で、そのプロセスをパートナーや子どもが認めて、結果として、「関係性が良くなっていく」ことはあり得ます(もちろん、パートナーや子どもが望めば、という前提での話です)。


 ここで重要なポイントがあります。
 それは、パートナーや子どもと(DV加害をした)自分との関係性が、いつ、どのようなタイミングで変わっていく(改善していく)かは、「自分ではコントロールできない」ということです。
 DV加害をした側は、「関係改善を願う」ことはできますが、「関係改善を強制する」ことはできません(例えば、「オレはもうDV加害更生プログラムで学んだのだから、再同居させろ」などと主張する方がいるとしたら、それこそまさに、更なるDVを犯している(=DV加害更生プログラムでの学びが表面上のものとなっており、実践できていない)ことに他なりません。
 だからこそ、関係性の変化は、DV・虐待の被害を受けたパートナーと子どもが望んで、初めて生じるものです。


 だからこそ、関係性が変わっていく瞬間は、(DV加害をした)私たちの側にとっては「突然」というように感じられることがあります。
 例えば、私の場合、《妻さん》とは、離婚調停で離婚が決定し、《娘さん》との面会交流が始まってしばらくして、ひょんなことから「手紙の交換をする」という形で、交流が始まりました。
 それまでは、離婚調停では弁護士を介したやり取りのみで、直接言葉を交わすことはありませんでした。《娘さん》と私との面会交流の場面でもでも、DVを犯した私と《妻さん》が直接面会しなくて済むように、第三者機関を介していました。
 それが(私から見たら)突然、「手紙のやり取りをしましょう」ということになったのでした。

 そして、この、「突然」に上手く対応できるか。それが学びの真価が問われるときだと感じます。
 「突然」の出来事で慌ててしまい、以前のようにDVを繰り返してしまう。それでは、「DV加害更生プログラムで学び続けていても、結局変わらないのね」と愛想をつかされてしまいます。せっかくの関係性の改善に向けた機会が台無しになってしまいます。

 そうならないようにするには、いつでも、「突然」が起きても大丈夫なように、いつでもDVを手放している自分に変わっていくこと(根底から自分を変えていくこと)が必要不可欠だと私は思います。
 

日本にも(数は多くありませんが)DVの加害者プログラムが幾つかあります。その中で私は、あるDV加害更生プログラム(仮に「プログラムA」とします)で学び続けています。
 「なぜあなたは、幾つかあるプログラムの中で、現在通っているプログラムAを選んだのですか?」と尋ねられることがあったので、今回はこの点について書いていきます。


 正直に述べると、「当時、インターネットで検索して引っ掛かったプログラムのうち、条件に当てはまるのがプログラムAしかなかったから」というのが答えです。
 私がDV加害更生プログラムで学ぼうとしたきっかけは、《妻さん》と《娘さん》が家から避難した(出ていった)ことです(今から10年近く前のことです)。その日から、《妻さん》と《娘さん》とは一切連絡が取れなくなりました。そうした中で、自分のDV加害行為を自覚して、「これはマズい」と危機感を抱き、急いでインターネットで検索しました。

 幾つかあるプログラムのうち、私の家から通えそうなものは、片手で数えるぐらいしかありませんでした(注1)。そして、それぞれのウェブサイトをのぞいてみると、後に私が通うこととなるプログラムA以外では、「プログラム側とパートナーが、連絡を取れる参加者のみ受け入れ可」とされており、《妻さん》と連絡を取る手段がない(したがって、プログラム側とパートナーが連絡を取ることができない)私は、受け入れてもらえそうにありませんでした(注2)。
 
 積極的な理由でプログラムAを選択したというよりも、私にはプログラムA以外に選択肢がなかった、というのが実態です。


 このようなきっかけで、プログラムAに通い始めることとなりましたが、今の私は、プログラムAで学び続けられることを、とても有意義に感じていますし、感謝しています。

 プログラムAの魅力はたくさんありますが、その最大のものは、「一緒に学んでいる仲間」です。

 プログラムAには、一緒に、DV加害行為を認め、反省し、二度とDVをしないために取り組もうとする仲間がたくさんいます。仲間が更生に向けて懸命に取り組む様子をそばで見ていると、自分も頑張ろうと前向きな気持ちになれます。
 また、仲間からの言葉が、自分の変化のきっかけになることも数多くあります。自分ひとりでは気づけなかった多くの観点から、気づきを与えてくれます。
 しかも何より、プログラムに通う仲間は対等な関係です。年齢や社会的属性は様々ですが、「DV加害をしてしまった」という点で学びにきている私たちの関係性は、対等です(逆に、プログラムの参加者の中で上下関係を作ったり、相手を支配しようとしたりしたら、それこそ、DVを手放せていないことの証になってしまいます)。


 プログラムは、主宰者だけが運営するものではありません。プログラムで学ぶ参加者(仲間)とともにつくっていくものです。
 私は、(DV加害をしてしまったという過去は過去としてきちんと認めつつ、それを手放すために一緒に学び続けている)仲間と一緒に学べることを、ありがたく感じています。
 これからも、仲間と共に学び続けていきたいです。

(注1)今はオンラインでのプログラムも複数ありますが(プログラムAもオンライン)、コロナ禍前だった当時は、対面での開催がほとんどでした。
(注2)現在は仕組みが変わっているかもしれません(あくまで私が体験した当時のものです)。


 


 ある方に、私のDVを犯した事実と、その事実に気づいて以来ずっとDV加害更生プログラムで学び続けていること、《妻さん》と《娘さん》との関係が結果として以前よりも良いものに変化したことを伝えた際のことです。
「それは、クリエイティブ・イルネス(創造の病)ですね。神様は、それを乗り越えられる人にしか試練を与えません。あなたにとってDV加害の経験は、自分の人生をより意味あるものにするために必要な出来事だったのですね」

との言葉をいただきました。


 当初この言葉をいただいたときに、違和感がぬぐえませんでした。そもそも、DVは病気ではないので、「イルネス」(病)ではありません。
 それに何より、今までの私は、自らがこれまで過ごしてきた人生について、
「もしも、DV・虐待を犯さない人生があったとしたら、DV・虐待を犯してしまった(現実の)人生よりも望ましいに決まっている。」
と考えていました。

 実際、《妻さん》や《娘さん》の立場に立ったときに、万が一私が、
「DV・虐待を犯した人生も、犯さなかった人生と同じぐらい望ましい」
などと言ったら、私のDV・虐待がもたらした傷について無自覚だ、責任を放棄していると考え、失望すると思います(だから、「DV・虐待を犯した人生が望ましかった」とは今でも思いません)。


 ただし、私が自らのこれまでの人生の中で、DV・虐待を犯してきたという事実は変えられません。そうしたときに、私がDV・虐待を犯したという事実を、
「自分の人生をより意味あるものにするために必要な出来事だった」
と捉える視点は新鮮でした。

 私は、DVを自覚し、DV加害更生プログラムで学び続ける中で、今まで自分を形作ってきた思考や価値観を根本から見つめ直してきました。その中で、自分が「新たに創造される」ぐらいの大きな内面の変化があったように感じています。また、今の私は、DVをしていたときの自分よりも、今の自分の方が好きだと胸を張って言えるようになりました。
 そうした意味で、私のDV・虐待の加害経験が、結果として「自分の人生をより意味のあるものにする」ことにつながっているのも事実です。


 これからも様々な角度から、私のDV・虐待について、向き合っていきたいと思います。
 


 私がこれまで犯してきた様々なDVの中で、最もひどかったものの一つは、《妻さん》が大事にしていた「もの」を捨てたことです。
 《妻さん》が撮影した大事な写真を、「気に入らない」と言って捨てました。
 しかもよりひどいことに、自分自身で捨てるのではなく、《妻さん》に捨てさせました。

 《妻さん》は、自分が大事にしてきた「もの」を私に正面から否定されたばかりか、それを自らの手で捨てることを強いられました(私が強いました)。
 本当に申し訳ないことをしたと反省しています。


 今、私が住んでいる家には、《妻さん》と《娘さん》と同居していた時に使っていた「もの」が、数多く残っています。

 同居していたのは、今からもう何年も前のことです。
 なので、《妻さん》関係でいうと、当時《妻さん》が読んでいた(数年前の)雑誌や本、着ていた服があります。また、(今はだいぶ大きくなった)《娘さん》がまだ小さかった時に使っていた道具(哺乳瓶やおもちゃ)などもあります。

 私自身のものも含めると、結構な「もの」に溢れています。今私が住んでいる家のスペースに対して、「もの」が大量にあり、手狭だと感じることもあります。


 しかし私は、(自分自身の「もの」を捨てることはあっても、)《妻さん》や《娘さん》の「もの」は、もう捨てまい、と決意しています。
 DVをしていた当時の私は、《妻さん》が大事にしていた「もの」を、「価値がない」と自分勝手に判断し、捨てました(捨てさせました)。
 同じように、今回も私が、「これはきっと《妻さん》や《娘さん》も使わないだろう」との思い込みで、断りもなく捨てたら、それは、《妻さん》と《娘さん》の考えを尊重していないことになります(DVをしていた当時と変わりありません)。


 勝手に「もの」を捨てるということは、その「もの」を所有している人、大事にしている人をないがしろにする行為です。
 DVを犯したものとして、そして、DVを繰り返さないために学び続ける者として、もう二度と、勝手に「もの」を捨てることはしないと改めて決意します。

 


 先日、仕事の悩みについて、専門家に相談に乗っていただきました。
 そのときの話の内容が、DV加害更生プログラムでの学びの内容と重なると感じたので、ここに記しておきます。それは、「自分がコントロールできる部分に注力する」ということです。


 私の仕事の悩みの多くは、繁忙期に、チームの同僚や私が、遅くまで残業せざるを得ないことが理由です。そして、その残業の理由は、「クライアントからの連絡がないと自分たちの仕事(書類作成)が進まないため」です。クライアントからの連絡が夜遅くになることも多いので、結果的に深夜残業となります。
 
 もちろん、自分たちが努力して仕事を早く終え、残業を減らすことができることができないか、工夫しようとしました。しかし、今の私の部署は、クライアントからの連絡ありきの構造となっているので、連絡が来ない限り、仕事を終えられません。クライアントから早く連絡をしていただくよう、繰り返しお願いもした(交渉した)のですが、「なしのつぶて」状態です。結果として、恒常的な残業が発生しているという状況にあります。

 私は、「自分が努力して仕事を早く終え、残業を減らすことができるのなら良いのですが…」と専門家に悩みを相談しましたが、専門家は、
「自分にコントロールできる部分に注力しましょう」
と繰り返すばかりです。
 最初は、「私も工夫してみたけれど、うまくいかないから困っているんだよなあ…」
と専門家の意見にやや否定的な受け取り方をしました。


 しかし、何度も「自分にコントロールできる部分に注力しましょう」と繰り返し言っていただいているうちに、
「確かにそうかも」と思うようになりました。

 クライアントからの連絡が夜遅くになることは、私にコントロールできることではありません。しかし、自分にコントロールできる部分もあります。
 例えば勤務時間です。クライアントからの連絡が夜遅く来るのであれば、当日午前中は休んで、午後からフレックス出勤することもできます。
 また、仕事で作成する書類は、翌日朝までに完成していれば良い性質のものです。ということは、当日夜に遅くまで残業して書類作成をしなくても、その日は早めに仕事を切り上げ、代わりに翌日早朝に出勤して書類作成を済ませれば、〆切には間に合います。


 私が学んでいるDV加害更生プログラムでも、「自分がコントロールできる部分に注力」するということは、繰り返し学びます。
 例えば、DV・虐待を手放すために自分が変化していくことは、自分がコントロールできることです。しかし、DVを犯したパートナーや虐待を犯した子どもとの関係性をより良いものにしていくことは、自分がコントロールできることではありません(相手次第なので)。
 そうしたときに、自分がコントロールできない部分に着目して、「相手との関係性が良くならなければ、自分は変われない」などと主張することは、自分の変化に向けた歩みをとめてしまうことになります。
 DV加害更生プログラムで学ぶ私たちとして注力しなければならないことは、自分にコントロールできること(つまり、DV・虐待を手放すために自分が変化していくこと)です。
 
 今回、仕事の悩みを専門家と話をする中で、プログラムの学びとの類似点を認識しました。今後の生活にいかしていきたいです。

 


 先日、体調不良になりました。
 ある金曜日のことです。その日は朝から咳が出ていて、仕事中もずっと、頭がボーっとしていました。帰宅して、《妻さん》と《娘さん》に対して、
「ちょっと体調が悪いかもしれない。」
と伝えたところ、体温を測定するように言われました。測ると、平熱よりも一度以上高いです。私が夕ご飯を作る担当だったのですが、《妻さん》にお願いして(《妻さん》は快諾してくれました)、すぐに、布団を敷いて寝ることにしました。
 《妻さん》は、布団で寝ている私のために、おかゆを作ってくれました。《妻さん》も《娘さん》も、私のために心配して優しい言葉を掛けてくれました。
 私は、身体はしんどかったですが、二人の優しさに心から温かい気持ちになりました(ありがとうございます)。


 体調不良で布団の中で寝ているときに、DVをしていた当時、《妻さん》から
「体調不良を我慢して不機嫌になられるよりは、頼ってもらった方が、よほどマシ」
とのメッセージを伝えていただいたことを思い出しました。
 DVをしていた当時の私は、体調不良でも我慢していました。自分が体調不良であると周囲に伝えるのは、自分が「軟弱な人間だ」と認めるようなものだという考えを持っていたからです。
 しかし、そうした考えを持つ一方で、体調不良であるという事実は変わりません。結果として、体調不良時の私は、いつも以上に不機嫌になって、《妻さん》や《娘さん》に対してDV・虐待をいつも以上に行っていました。
 「頼る」ということの大切さを、しみじみと感じます。


 DVをしていた当時の経験を踏まえて、今の私は、「頼る」ことができる自分を、肯定できるようになっています。
 例えば私は、職場の悩みがあると、職場にあるお悩み相談窓口を頼ります(相談に行きます)。
 自分ひとりでやせ我慢するのではなく、「頼る」ことで、自分の悩みも軽減されますし、周囲の同僚にとっても、私が悩んで不機嫌な状態でいるよりも望ましいと考えるからです。
 「頼る」。大事なことだと思います。

 今回は、おならについて書いていきます。

 私は体質なのか、他の方よりもおならが多く出ます。《妻さん》と《娘さん》と一緒にいるときも、おならをすることが少なからずあります。すると二人から、
「くさい」と言われます(当たり前ですが)。

 「くさい」と言われるたびに、申し訳ないという気持ちになりますが、他方で、「生理現象なんだから仕方ないじゃん」と言い訳したくなります。
 《妻さん》からは、ガスの発生を抑える薬も紹介されましたが(実際に購入いただきプレゼントされましたが)、「病気でもないのに薬を飲むのは気が引ける」と思い、結果的には飲んでいませんでした。

 おならをし、二人から「くさい」と言われ、謝るものの、具体的なアクションには結びつかず、再びおならをする。この繰り返しが何百回と行われていました。


 先日、何かの拍子で自分のこれまでの「おなら」についての言動を振り返った時に、衝撃が走りました。
「これは、暴力ではないか?」と気づいてしまったからです。

 私が「おなら」をすることで、《妻さん》と《娘さん》は、安心安全な環境が損なわれることになります。しかも、私は
・《妻さん》から勧められた薬を飲む
・《妻さん》や《娘さん》から離れた場所でおならをする
といった工夫をすることができるのに、自分はそうした努力をせずに、《妻さん》と《娘さん》に負担を掛けているのでした。


「生理現象だから仕方ない」という発想は、自分のDV・虐待について「自分が生まれ育った環境にDV・虐待があったから仕方ない」という(かつて自分がDV・虐待を正当化していた)思想とつながるものがあります。
「自分以外に責任(の根源)があるから自分は改善に向けた努力をしなくていい」というおごりが、自分の中にあるように感じます。
 改善せずに現状を放置し続ける様子を見た《妻さん》や《娘さん》は、「安心安全に過ごすために努力をしてくれないのだ」と私を判断するかもしれません。それでは、以前の自分から進歩がありません。形を変えた暴力を繰り返しているのと一緒です。


 気づいた以上、変わっていく責任があるのです。変わっていきたいと思います。
 


 先日、《娘さん》が誇らしげに語ってくれました。
「今日はスマートフォンの使用時間がたったの2分だった。」

 《娘さん》曰く、勉強に集中したいのに、スマートフォンを使いすぎてしまうのが悩みのタネだったけれど、「ある工夫」をしたら、使用時間を劇的に短くすることができたとのことでした。

 そこで、「ある工夫」とは何かを伺うと、《娘さん》は台所の上にある高い棚を指して、
「スマートフォンを、簡単に取り出せない棚の中に置いとくことにした。そうしたら、取り出すのが大変なので、使わなくなった」
と答えてくれました。


 《娘さん》の工夫を耳にして、「なるほどなあ」と思うとともに、これはDV・虐待についても当てはまることだと感じました。
 DV・虐待を犯してきた私は、暴力という選択肢が、あまりにも身近にありました。そして、暴力という選択肢を、何度も繰り返し行使していました。
 もしも私が、暴力という選択肢を、私にとって取り出すのが大変なところに置いておくことができていたなら、少なくとも私は、暴力を振るう頻度をずっと減らすことができていたはずです。
 私は、暴力という選択肢を、自分にとって身近なものに置き続けていました(取り出すのが大変なところに置いておこうとする努力を怠っていました)。そのせいで、《妻さん》や《娘さん》に、何度も暴力を振るってしまいました。申し訳ないです。


 最終的なゴールは、「そもそも暴力という選択肢を完全に手放せるような自分になる」ことです。しかし、そうしたゴールは、一朝一夕に達成できるものではありません。だからこそ、次に大事なこととして、「暴力という選択肢を選ばないように工夫すること」が求められます。
 《娘さん》がスマートフォンについて行っていたように、私自身も、自分の暴力という選択肢について、「取り出すのが大変」なところに置いておけるように、工夫したいです。
 

 《妻さん》と話をしている中で、とてもありがたいなあと感じたことがありますので、それをシェアさせていただきます。

 《妻さん》と《娘さん》は、私のDV・虐待に耐えかねて、家から避難しました。貴重品以外はほとんど持たず、着の身着のままの避難でした。

 やがて、母子生活支援施設を経て、全く新しい環境で、一から生活することになりました。布団・家電製品のみならず、衣服・食器なども、全部一からそろえることになりました(と後に《妻さん》から伺いました)。

 

 《妻さん》と《娘さん》が新たに暮らすようになった家には、食器が三人分あります。お茶碗も、お皿も、コップも、全部三人分あります。

 私は、《妻さん》と《娘さん》の許可を得て、その家に行かせていただくことがあります。そのときに私は、三人目のお茶碗やお皿やコップを、使わせていただきます。

 

 つい先日、《妻さん》からその理由を教えていただきました。それは、

「いつかまた三人で暮らせるようになったときに備えて。」

とのことでした。

 

 もしも《妻さん》と《娘さん》だけで生活していくのであれば、三人目の食器は必要ありません。二人分の食器を備えれば、それで足りるからです。

 しかし《妻さん》は、《娘さん》と新しい生活を一から構築していく中でも、(将来のいずれかにおいて)私が更生し、再びともに暮らせるようになる未来を(ほんの少しでも)胸にいだいてくれていました。だからこそわざわざ、食器を二人分でなく三人分、購入してくれていたのです。

 

 私は《妻さん》の言葉を聴いて、とても胸が熱くなりました。そしてまた、離婚調停の最後に、《妻さん》からいただいた言葉を思い出しました。離婚調停の最後、《妻さん》は、

「DV加害更生プログラムで学び続けていることは、とてもすごいことだと思います。しかし、今はまだ、あなたが本当の意味で更生したと、信じることはできません。学んだ内容が日常生活の中でにじみ出てくるぐらい変化できているか分かりません。だから、今は離婚したいです。」

という趣旨の発言をしてくれました。

 

 私が犯したDV・虐待は、許されることではありません。それにもかかわらず、《妻さん》は、私が更生することを、「信じよう」としてくれていました。だからこそ、食器を三人分買って、いつかまた三人で暮らせるようになる未来の選択肢を、持っていてくれたのです。

 

 私は改めて、《妻さん》への深い感謝の念をいだきました。そしてまた、私には、生涯をかけて更生し続ける責任があるのだという想いを、新たにしました。