「だとしたら、ますます彼女は私の中で怪しい存在になるわ!」
と、なでしこは見えない相手に向かって悲鳴ともとれる声を上げた。

―――そう…あの悪夢の日までは、彼女は―――


(…カタカタカタ…カチャッ)
「ふぅ…これで終わり、か…」
送信ボタンを押す。疲れた目をこすり、ネオンの明かりだけが光るけだるい街の外気を取り入れる。

フィー、17歳。都内私立高校の2年。
鋭い目が光る端正な顔立ちで、学院の女子生徒の多くが熱を上げる人気。
彼の場合、外見に加え…成績優秀、品行方正、スポーツ万能でありながら、
どのクラブにも属していないというつかみ所のなさ、そういったものが
他の男子生徒には無い魅力を感じさせるのだろう。
多少…対人関係の面で冷たすぎる、と言うきらいはあるが、
そこがまた女子生徒曰く「イイ」のだと言う。


第1話 フィー、そして西日


終業の鐘、そして放課後のざわめきと共に、帰宅組であろう生徒たちが校門の外に吐き出されていく。
『聖コンセンテスディ学院』全国屈指の資産家の子息が通う名門校であり、
政界との関わりも深いこの学院は、生徒の三分の一が寮生活を営んでいる。

もちろんの事ながら、豪邸に勝るとも劣らない設備を兼ね備えた寮塔。
トップクラスの成績の者だけに使用が許される最上階からは東京都郊外が一望できる。
俺もその寮で生活を送っている一人である。

教室の人影もまばらになる頃、分厚い古書から顔を上げる。
ちょっとした調べ物というところだ。
既に窓辺からは西日が差し込んでいる。
ゆっくりと立ち上がり、鞄に少ない教科書類をしまいこむためロッカーを開ける。
「ち…またか…」
案の定、カラフルな封筒が10通ほどなだれ落ちてくる。
去年の10月に転校して来て以来、半年間続くお決まりの出来事だ。
念のため差出人の名前をチェックし、異常が無いか確かめてから、教科書と一緒に鞄に放り込む。
以前、何も考えずに部屋で封を切ったところ、バルコニーが吹っ飛ぶという
大事件に発展して以来、安全確認は必須だ。
結局、その一件は嫉妬に駆られた面倒なヤツの仕業だろう、という事で片付けられたが…。

…ふと、一通の手紙で視線をとめる。
「…YU…ゆ……
「フィーーーーイ~っ!!!」
いきなり甲高い声を浴びせられ、手に持っているものを落としそうになる。
振り返ればそこには、これでもかというほどきっちりと前髪を切りそろえた
茶色い頭の女子生徒が立っている。
「…れもん…か。急にでかい声出すなって言ってるだろが」
「ぁああ!またれもんって呼んだぁ!!呼び捨てダメっていったでしょ~!」

この異常にテンションの高い寸足らずな女は、れもん。
同じ学年で、どういう縁なのか知らんが何故かイトコだ。
訳あって俺の秘密も握っている敵に回したくない女。

「なんか用なのか?またポーターじゃねぇだろうな。」
「ちっがいますぅ!!今日は校長室から盗ったデータをお持ちいたしましたvv」
「相変わらずすげぇな…。…なにコレ。」
子犬のような女が突き出した紙袋を受け取って中身を見る。一枚のCD。
「俺から借りっぱなしのCD、穏便に返したかっただけなんじゃねぇの?」
「…わっかってないなぁ…!この前”偶然”見ちゃった宝城センセの研究室の隅っこにくっつけた…」
「ぁあ。はいはい。思い出した。俺がやったらバレるから、ってやつだろ。」
もうわかっているとは思うが、俺らは結構ヤバいコトもやっている。
謎の寄付金、平たく言えば、賄賂ってヤツで成り立ってるこの学院には
なんというか、嗅ぎ出す価値のある重要な秘密が眠っている、と俺らはにらんでいる。
もちろん、そんな金だけの問題なら、ありがたくその恩恵を享受するまでなのだが。
それが、どうやら俺らの、世間一般でいう『変な能力』ってヤツに関係しているらしい。

・・・ここまではこの半年で調べがついた。
ただ、そこから先が難航するわけだ。
まぁ一応学生だから、時間だって制限されるし、表立って何もできないわ、
学院の規模はデカイわで、いい加減うんざりしてきているのも事実である。
まるで手探りで海のど真ん中、といったところだ。

「さ、フィーさん!ここじゃヤバいから早いトコお部屋に行って、お仕事にかかりましょーか!」
「ハ…また俺の部屋かよ。今度はバレないようにして来いよ?後がめんどくせぇんだから」
「後でね~v」
この前アイツが部屋に来たときは大騒ぎだった。
女どもが騒いだのを別としても、寮長…あの青筋女は凄かった。
風紀の乱れがどうとか、最近の男女交際はどうだとか、俺を呼び出して延々と愚痴を吐いた。
まぁ、原因はれもんの失敗にあるんだが。
不幸中の幸いか、男子寮塔を管理してる管理人のミスという事になって
事は収まったからいいものの、大方アイツが管理人を眠らせるのやらに失敗した、
といったところだろう。

部屋に帰るとするか。
既に”消えた”アイツは俺の部屋にいるはずだ。

「CD返せよ……」
俺は軽くため息をついて教室をあとにした。