http://anond.hatelabo.jp/20110407001402




確かに。
皆が皆すぐに明るく前向きに振る舞えるはずがない。
それに、阪神大震災や新潟地震を実際に経験した人じゃなきゃ
苦しみは想像するしかない。


震災が段々ニュースに取り上げられなくなって、
憤りを感じることもある。
でも震災の既知の情報垂れ流しも気が滅入る。
人は矛盾したいきものね。


テレビやらなんやらで懸命に
「元気になろう」とか「頑張ろう」とか
言うだけなら誰でも簡単に出来る。
でも、出来るなら不幸になって欲しいっていう考えは絶対おかしい。
どうして自分だけこんな目に?って考えもお門違い。


不自由な避難所生活で疲労が溜まってるのも分かる。
だけど、色んな人が救いの手を差し伸べてくれてるじゃん。
そんな人に恩を仇で返すようなことはしちゃ駄目だ。





御久し振りです?


震災後は新幹線がやられていたので
夜行バスで初めて帰りました。
この調子ではG.Wまでに
全線復旧は難しそうです。
帰ろうとおもってたのにな。




最近余震の頻度も減って
震度3や4くらいは慣れてきましたが、
7日23時32分頃宮城県沖で
震度6強の地震がありました。
マグニチュードは7.4
これは阪神・淡路大震災と
ほぼ同じ規模だそうです。


まるでまだ11日の地震を忘れるな
と言っているような
長くて大きな地震でした。




実家は震度5弱で、
県内全域停電だったそうです。
何度も電話しましたが繋がらず、
メールも届かなかったみたいです。
ただ、留守番電話に「こっちは大丈夫だよ」
とだけ入れておきました。
1時間後にようやく電話が通じ、
安心できました。




家は内陸の山奥にありますが、
お婆ちゃんの実家が沿岸にあるので、
親戚が沢山被災しています。
数人、津波に飲まれて
亡くなったらしいです。
私も小さい頃に会ったことがあるそうなのですが、正直あまり覚えていません。
ごめんなさい。ご冥福をお祈りします。
今月助かった親戚に会いに行く予定だったらしいのですが、
また大きな地震が来たので
もう少ししてからにしようか
と言っていました。


被災地に行った方に現状を聞くと
テレビで報道されているのは
まだ良いほうだそうです。
実際はもっと酷い惨状で、
一般の方や報道関係者がすぐに現地入り出来なかったのは
余りにも見るに耐えかねる光景だったからだそうです。
ここでは詳しく書きません。



私の父も沿岸の復興のため
被災地に仕事に行くそうです。
まだ正式には決まっていないみたいですが、環境は劣悪。
被災者の方もお風呂に入れないため、手伝いに行くひとも言わずもがな。
最悪、車で寝泊まりすることになるかもしれません。
それでも頑張ってくると言っていたので、
せめて体は壊さないでほしいです。




これから復興しようとしてるので、
地震さん、もう邪魔しないでください。



1月11日14時46分
震度7の東北地方太平洋沖地震がありました。


その時私は実家に帰っていて、
飾ってあった雛人形を
お母さんとお婆ちゃんとで
片付けている途中でした。

いきなり携帯が
聞いたことのない音を立てて
エリアメールを受信しました。
『宮城沖で強い地震発生』とあり、
は?と思っているとすぐに
大きな揺れが来ました。


裏の畑に逃げて、揺れが収まるのを待ち、
家に入ると停電していました。



幸い、止まったのは電気だけで
ガス、水道は大丈夫だったので
家にある電池式のランプや
懐中電灯をかき集めて夜を明かしました。


テレビもつかないので情報源はラジオだけでした。
しかし、店には公衆電話があったので
身近な人の安否は確認することが出来ました。


親類は被害が大きい沿岸にも居ましたが
幸運にも全員無事でした。


私の家は内陸の山奥なので
直接的な被害はあまりありませんでした。
時期が真冬でなかったので
雪崩などの二次災害も少なかった方だと思います。



ですが、甚大な被害を受けたのは事実です。
私は悔しいことに無力なので
同じ県に居ても祈ることしか出来ません。

どうか、1人でも多くの人が助かりますように。
そして早く被災地の方々に笑顔が戻られますように。