夫のことは当たり前だ。今の今だって・・・。いや。言葉にできない。
加えて、昨年友人を亡くしたことも、自分が思っている以上にきつかったようだ。今になってよく分かる。
「全てを受けいれるから」。
そう言って、入院治療よりも、在宅して家族と過ごす事を選んだ。それはまぎれもなく彼が意志として決定したことで、私など言葉をはさむことはできない。でも悔しかった。
今でも思うのだ。
もしかして、治療を受けていれば驚くような効果が現れ、あるいは今日という日も生きてあったのではないか。言ってはならないことだけど。
夫も彼も鷹揚な人で、かつ、優しいことにかけては、疑う余地のないところ。
いつだったか。その友人が我が家に逗留していたとき。
夫が「出張で、沖縄に行く」と言った途端、「あ、付いて行こう」と、本当に着の身着のまま沖縄に行っちゃった。それからまた二人で帰ってきて、夫のほうは仕事だけど、彼のほうは沖縄の陽光を満喫したらしく、日焼けも見事。日がな、ホテルのプールに浮いていたという。
「ああ、楽しかった」。「そう?よかったね」
二人の会話。
夫が亡くなって、消沈している息子をインドに送り出してくれたのは彼だ。旅費も出してくれ、向こうでのアルバイトも用意して。本当は、彼も一緒にでかけるはずだったが、病気で倒れてままならなかった。
「どうしよう? 一人で行かせる?中止?」
病床の彼に尋ねると、「行かせてやって。大丈夫。○○ちゃん(夫の名)の子どもじゃない。どこでも、だれとでも、うまくやっていけるから」。
彼の知人からいつか聞いた。まだ病気の前に「若い頃、とっても(夫に)お世話になったから、これから、恩返ししようと思ってる」。そんなことを話していたと。
「ねえ、人生は楽しかったね」
「ああ、楽しかったよ」
そんな会話がなされているなら・・・。
友人のお骨をひとかけらもらい、分骨した夫の骨壺に入れた。寂しくないように。
しかし。
天上でどんな会話が交わされていようと、そんな空想がわずかな慰めになろうと、私の痛みは消えることはない。
夫の親友の言葉が蘇る。「悲しみは続いても、それはいつか変容する」。
洗濯物を干そう。
加えて、昨年友人を亡くしたことも、自分が思っている以上にきつかったようだ。今になってよく分かる。
「全てを受けいれるから」。
そう言って、入院治療よりも、在宅して家族と過ごす事を選んだ。それはまぎれもなく彼が意志として決定したことで、私など言葉をはさむことはできない。でも悔しかった。
今でも思うのだ。
もしかして、治療を受けていれば驚くような効果が現れ、あるいは今日という日も生きてあったのではないか。言ってはならないことだけど。
夫も彼も鷹揚な人で、かつ、優しいことにかけては、疑う余地のないところ。
いつだったか。その友人が我が家に逗留していたとき。
夫が「出張で、沖縄に行く」と言った途端、「あ、付いて行こう」と、本当に着の身着のまま沖縄に行っちゃった。それからまた二人で帰ってきて、夫のほうは仕事だけど、彼のほうは沖縄の陽光を満喫したらしく、日焼けも見事。日がな、ホテルのプールに浮いていたという。
「ああ、楽しかった」。「そう?よかったね」
二人の会話。
夫が亡くなって、消沈している息子をインドに送り出してくれたのは彼だ。旅費も出してくれ、向こうでのアルバイトも用意して。本当は、彼も一緒にでかけるはずだったが、病気で倒れてままならなかった。
「どうしよう? 一人で行かせる?中止?」
病床の彼に尋ねると、「行かせてやって。大丈夫。○○ちゃん(夫の名)の子どもじゃない。どこでも、だれとでも、うまくやっていけるから」。
彼の知人からいつか聞いた。まだ病気の前に「若い頃、とっても(夫に)お世話になったから、これから、恩返ししようと思ってる」。そんなことを話していたと。
「ねえ、人生は楽しかったね」
「ああ、楽しかったよ」
そんな会話がなされているなら・・・。
友人のお骨をひとかけらもらい、分骨した夫の骨壺に入れた。寂しくないように。
しかし。
天上でどんな会話が交わされていようと、そんな空想がわずかな慰めになろうと、私の痛みは消えることはない。
夫の親友の言葉が蘇る。「悲しみは続いても、それはいつか変容する」。
洗濯物を干そう。