政治とゴシップが同列。
 だって、政治がゴシップまがい。
 まあ、この数年ずっとそうだから、あるいはみんな「「免疫」ができたかも。

 WOUWOWで「いのちの子ども」というドキュメンタリーを観た。
 以下は某サイトから。

「ガザ地区で20年以上取材を続けてきたイスラエルのテレビ記者エルダールは、テル・アビブ郊外の病院に勤務するイスラエル人医師ソメフから協力要請を受け、骨髄移植が必要なパレスチナ人の赤ん坊ムハンマドを救うためにテレビで寄付を呼びかける。パレスチナとイスラエルの関係上、不可能と思われた予想を覆し、無事に寄付は集まった・・・が、ちょうどガザで大規模な爆破事件が発生。検問所まで来ていた骨髄提供者である従姉は、イスラエルに入国できなくなってしまう。3日後、従姉はようやく検問所を通過。手術はひとまず成功しムハンマドが入院していた4ヵ月間、エルダールとラーイダは対話を繰り返す。やがて、イスラエル人のエルダールとパレスチナ人のラーイダのエルサレムを巡る考え方の相違も明らかになってゆく。さらには、イスラエル人に助けられたことで、ラーイダ親子がパレスチナ人たちから裏切り者と思われているという事実も……」。

 ライーダの言葉。「いのちになんの価値もない」「いのちを尊いとは思わない」。あまりに多くの死を見すぎてきたのだろう。それも軽々と失われていくいのちを。
 けれども、国賊というレッテルを貼られながら、わが子のいのちを救おうとする彼女。
 「いのちは軽い」。それは聖戦を是とする宗教観かもしれないが、告発でもある。私たちを内包する告発である。

 今日の朝日新聞の一面。「ガザへの空爆拡大」。
 涙が出た。