思春期の頃、芥川龍之介と太宰治が「最高」だった時期がある。
 それまで、ゲーテなんぞに(なんて言い方は実に失礼極まりないが、土壌が違いすぎるので)ひかれて「君知るや、レモン花咲く南の地」なんて、もう心うっとり。アポリネールも。「ミラボー橋の下をセーヌ河が流れわれらの恋が流れる、わたしは思い出す、悩みのあとには楽しみが来ると」なんてね。堀口大學氏には随分お世話になったわけだ。
 「智恵子抄」の「レモン哀歌」もそうだった。私は、毎日レモンを買った。それを絞って、バカバカしいほど丁寧に手を洗った。
 レモン続きは、梶井 基次郎。「丸善」はある意味、整地となり、私は単純に憧れた。

 太宰に夢中になってから田中英光を読んだ。
 安吾も随分好きだった。ただし、安吾は太宰とは、自分の中で一線を画すところがある。今は太宰が好きでした・・・なんて言うのは・・・こうして書きつつちょっと恥ずかしい。浅田次郎なんて大嫌いだと公言してはばからない。(でも短編はいいよなあ)
 
 背伸びしたら三島由紀夫がいた。1970年までは。

 ゲーテはさておき、みんな若くして亡くなった。私はその年齢をとうに越えている。彼らは天才かも知れない。けど、生き急ぎ、人生を持て余しすぎている。時代性もあるだろうが、簡単に手放した、その人生ってなんなんだ? 
 思春期・・・つまりは中学から高校にかけて思、たくさんの本を読んだ、と思う。
 あ、忘れちゃいけないな。私にとっての中也も。そんなこといえば朔太郎もだ。
 けれども何がわかっていたのか。なんにもわかってなっかと思う。私は父にも母にも愛されて、人生を厭うのはブンガクの内に過ぎなかった。けれども。愛されたからという一点で、すべてが解決するというものではない。ということもブンガクが、あるいは教えてくれたのだ。
 
 高校生の頃には、稲垣足穂に「ヤラ」れた。これは今でもなかなかいい趣味だと思う。

 ポール・ニザンにも、カミユにもサルトルにもニーチェにもやられたけど。
 大江健三郎にヤラれたのはいつだろう? 倉橋由美子もいたなあ。

 鶴見良行は、一カ所に留まった目を別の方向に向けてくれたし。それなら鶴見俊輔も同じか。
 40近くになってようやく出会ったガルシア・マルケスもいるしね。
 あれ? 
 ゲバラの手記を読んだのはいつ?

 山頭火も書かなきゃ。だったら放哉。
 吉原幸子だって。「光る砂漠」の矢沢宰はどうよ。石原吉郎のことはいいの・・・・?

 そんなこんなを綴っていると、本のお陰で、私の人生は救われているとしみじみ思う。