茲心非心

 この心、心にあらず。
 だそうだ。

 「自分の心を中心とするのでなく、相手の心を心として生きる。いっさいの人々と同体であるという自覚を持って生きよ」=「慈悲」。

 
 慈悲は憐みとは異なる。仏教の大元に「いっさいは同体である」という思想がある。そして、心とは、ありようというより、働きのことのようだ。

 
 今朝の朝日新聞にあった、作家、赤坂真理のインタビュー記事。
 テーマは民主主義。むろん安全保障関連法案成立について。


 「文学の言葉、つまり想像力が民主主義をつくると信じています。それは小説や詩の中だけにあるのではなく、政治の現場にもある。たとえばワイツゼッカー元ドイツ大統領が戦後40年の年にした演説に、私は揺さぶられました。心に刻むべきは、戦いで傷ついた、すべての人であると。ナチスの犠牲になったユダヤ人のみならず、殺された少数民族や同性愛者ら追いやられた人々、そして人々が負わされた重荷のうち最大の部分を担った女性たちを思い浮かべよ、という趣旨です」。
 
 スローガンを掲げる集団を信じない、と作家は言う。


 他人がみな向こう岸を歩いているとき、 こちら側をひとりで歩く勇気を持て・・・そんな風な文章を読んだのはコリン・ウィルソン「アウトサイダー」ではなっかただろうか。

 遠い10代に。わがこころ、だけで生きていたかもしれない・・・そんな頃に。