こんにちは照れ

今回はこじらせ女子に至る要因となった私の

過去になります。

 

私は大阪生まれで父母、知的障害をもった兄の

4人家族でした。

 

小さい頃は今と違って非常におとなしく

そして頭がいい子ではありませんでした。

 

大学生の頃、母から「障害をもった兄弟がいる子は親に手がかから

ないようにするために大人しくて甘えられない子が多い」

「だからまなみちゃん⇦あっ私ですも大人しかったんやね」

と言われたことがありました。

 

当時は「そんなことないやろぉ、たまたまやん」

と思っていたのですが掘り下げていくと

当てはまる部分もあるのかなぁと思います。

 

あまりにも大人しかったために少しでも積極的になるようにと

小学1年生で英語劇の習い事に入れられました。

覚えている限りではここから暗黒期へ

突入していったような気がします真顔

 

その英語劇の塾では何故なのか「インテリ」と

「落ちこぼれ」という2つのグループに分けられて

私は「落ちこぼれ」のグループに入れられました。

 

地球にきてわずか6年で「落ちこぼれ」の烙印を押されるチーン

 

今なら「ざけんな!コノヤロー💢」○uckyou!!!💢

といくところですが6歳の私には

よく分かってもいない子供に落ちこぼれと言える

そのシステム自体がおかしいとも思わなかったし

落ちこぼれとレッテルを貼られることに疑いを感じる

ことさえもありませんでした真顔

 

最悪なことにハイキングなどのイベントがよくあり

先生は母と仲が良くてよく母に頼みごとをしたり

母の前ではにこやかに笑っているのですが母がいない

ところではいつも怒っている顔しか見たことがないし

にこやかな笑顔も向けられたこともなかったです泣

だから逆に笑っている顔に不気味さを感じていました。

 

英語劇なのでよく公民館などで発表会があり

テープレコーダーをかけるために先生が

専用のちょい重めの機材などを持ってきていました。

 

みんな先生が怖いので先生の荷物を持ったりして

機嫌を取っていましたが大人しくて指をくわえて

見ている私にはそんなことができなくて

言われた言葉は

 

「他の子は荷物持ちにくるのに!」

「あんたは役に立たない!」

  いやそもそもおめぇの荷物だろうがよっ

「○○ちゃんを見習ったら!!」

 

わけが分からないうちにいつも

いつもずっと怒られている、、、

 

私はこのような扱いを受ける

この程度の人間なんだなぁと受け入れて

いたように思います。

 

 

父の転勤で小4の時に香川県の学校に

転校しました。

 

転校生なのでクラスの子達が

周りに集まってきてくれてテンションも

上がり嬉しかったです。

 

男子からちょっかいをよく出され

大阪の男子にやっていたようにやりかえすと

弱かったのか必ず男子を泣かせていたので

先生からはいつも「悪い子やの!」と

叩かれたりして怒られていました。

 

学年が変わっても先生から目をつけられて

怒られていたので男子からは「不良!」と

言われたしそれは私が悪いのか?と

理不尽なことも多かったです。

 

私は悪い子

 

そう思っているから中学でも教師から

目の敵にされボコボコになぐられることも

しょっちゅうありました。

 

当時「不良少女と呼ばれて」というドラマが

流行っていて少年院の生活シーンがでる度に

「あー私もここに入るんだろうなぁ」

といつも思いながらテレビをみていました。

 

だって不良だから、、、

 

高校に入ってからは環境も変わり誰からも怒られることが

なくなったので大学、社会人と楽しく生活を送ることが

できましたが自分に価値は感じていませんでした。

 

ずっと「不良」だと思って生きていたので

大学生になったある時、あんなに信じていた私の未来に

 

「あれ?少年院入ってないやんびっくり

 

と潜在意識の思い込みだったことに驚かされたのでした爆  笑

 

 

ここまで結構ざっくりとつづったのですが小4で転校してきて

小5から中学卒業までいつも怒られて殴られた日々は

本当にキツくて学校生活はしんどかったです。

愛するパートナーに出逢えるまでは毎日忘れることは

一日たりともありませんでした。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました💖

 

ラスト次に続きますスター

 

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