ブログ書く時、綺麗に書かなきゃ!って
意気込んで書きません?
私はそうなんです
今でも心に残ってるのは、昔Happyちゃんと八木さやちゃんが言ってたひとこと
「文章を生み出すのに、本当に愛?込めて書いてる??」
こんな感じのこと言ってた気がする、違うかな?
ブログ1記事投稿来る前に3回は見直すらしい
私もそうでないとダメだと思った
そうするのが、イイネやコメントが増える秘訣
読者さんが増える秘訣なんだって
でも、記事をいくつか書いてみて
私は何回も見直せなかった
書きたい!って気持ちの時が、旬
書いてる時は既に半分飽きていて
記事が終わる最後の方はむしろもう飽きている
だから、3回も見直せない
書きながらレイアウトを確認する為にプレビューは見るけど
この気分の流れの速さをずっと悪者にしていた
「飽き性なのは悪い」
「気分屋なのは悪い」
これが今の世界の常識
だから、子供の頃は治そうとした
けど治らなかった
世間に馴染めなくて、辛い辛い辛い辛い…
そんな時に出会ったHappyちゃん
Happyちゃんと言う「気分を大事にする」これは、私にとってかなり大変なものだった
わたしの気分は、まるでゴムボール
変幻自在で、1秒ごとに向かう方向は変わる
昔はこの性質に蓋をしていた
感動して泣きそうなのに我慢したり
耐えられなくて怒り散らかしたいのに我慢したり
ゴムボールは動かないと
ゴムが腐って硬くなりヒビが入る
わたしの心はHappyちゃんに出会う前までは
不感症だった
だから、Happyちゃんは私の心の恩人
Happyちゃんの言うことは絶対
だから、私の心も大事にします
だから、自分に話しかけるようにします
Happyちゃんが、こう言うから動かなきゃ動かなきゃ
Happyちゃん本人が見たら、勘弁してくれって感じですよね笑
でも、それこそ難民って言われるほど上手くいかなかった時はHappyちゃんに行動の責任転嫁をしていました
だから、3回も見直すことも理由なく
Happyちゃんが言うから正しいこと、として
認識していました
でも、実際に3回も見直してみたら
気分悪い
やりたくても上手く出来なかった笑
だって、もう飽きてるんだもん
書きながら
旬の気分のまま
駆け抜けるように
その時の気持ちを記事にしたい
それが私の型だったんです
絶対に揺るぎない心の感情という羅針盤
理性を持つ自我からしたら
感情のまま動くなんて、頭おかしい
分かってるけど
感情を押し殺してみて、行動してみて
そこは地獄だったから
感情のまま動いてみたら、どうなるのか試したい
良い気分を探すのが心地いい
良い気分のまま動くと、本当に奇跡みたいな事が起こることを私は体感したから
この生き方はもうやめられない
今でも、嫌な事を思い出したり
嫌な現実に直面して
ウジウジ引きづるけど
嫌な気分に浸るわたし
引きづる私
そのまま幸せになってもいい
いつも、叶えたい現実を通じて感じたいのは
安心感
愛されてる気分
認められてる気分
このままで良かったんだって許可される気分
それを、今この場から少しでも感じられるように
目の前に溢れてる小さな幸せのピースを
全力で感じ切るよ
大切な事に気付かせてくれてありがとう
Happyちゃん