三匹も我が子を失ってしまい生きる気力をなくしました。特に3ヶ月の闘病の末なくなったこに関しましては、3ヶ月ほぼ入院という形になってしまいそれでも助ける事ができず今でも治療法が正しかったのか答えがでずにいます。自然に任せて…と思いつつ彼女の生きるんだ!という強い眼差しを見ていたら、治療を中断する踏ん切りができずずるずると辛い入院をさせてしまいました。本当はもっとお家にいたかったよね。ごめんなさい。という気持ちです。他の二匹は突然のお別れで原因がわからずそれはそれで辛いものがあります。
いつかまた皆に会いたいです。
私が中学一年生の遠足は福島第二原発見学でした。
その当時誰も原発になんて興味ないから適当に見学してました。
あのときどこまで入ったんだろう。
今になって不安になりますし、ゾッとします。
私は原発反対。
あんな恐ろしいものこの世からなくなってほしい。
2ヶ月続けて愛するふゆとももを失ってから日々を過ごすのが辛いです。はるが亡くなった時もあんな小さな体に抗がん剤なんて使わなければ…穏やかな日々を過ごせたのではないか…と自分の選択を責めました。ふゆとももは病弱でしたが最後を大好きなおうちで迎えることが出来ましたがそれでも悔やむことはあるし、辛いものがありました。なんとなくみんながいるお空に行きたくなることがあります。も一度会いたいなぁ。でもみんなが会いにたとえきてくれてもまたお別れするのは辛いので私から会いにいきたいなぁ。と考えてしまうのです。ダメな考えですよね。