母が91歳で亡くなりました。
時間があきすぎて何から書けばよいか混乱⊙.☉
アルツハイマー型認知症で10年以上寝たきりだった母が2025年に亡くなり、一足先にあの世で待っていた父は「やっと来るか」と思っているかな。
まぁこればっかりは順番なので仕方がないのですが、やはり親がこの世から居なくなるというのは何とも言えない寂しさがありますね༎ຶ‿༎ຶ
母は地元の特別養護老人ホームで最期を迎えました。
母の介護をしていた父が先に旅立ったので、私が暮らす街の特養に移ってもらおうと思いましたが、「知らない街に行きたくない」とまだ会話ができる時に言っていたのでやめました。面会に行くには片道2時間かかるので、もしもの時は間に合わない事を施設の職員さんとも話し合い兄弟内でも納得していました。
食べられなくなった後の判断
それぞれの家族で色々な考え方がありますが····
私は、母の飲み込みが悪くなった時 点滴や胃瘻などはしないで自然にまかせる、病院に入院せず施設での看取りを希望。兄弟も同意。主治医と施設も希望を受け入れてくれました。今までも、貧血や感染症等の治療で輸血や点滴などをして回復してきましたが、もう回復は見込めない状況でした。
私が一番嫌だったのは、昔から血管が出づらくて点滴が大変なのに無理に水分を入れて浮腫んだり、痰が絡んで吸引されて苦しい思いをさせる事でした。
何年も前から会話は出来ませんが、面会時は頻繁に口を濡らし、好きだった演歌をスマホから流して聴かせたり···体をマッサージしたり ゆったりとした時間を過ごしました。亡くなる前の日は仕事が休みだったので面会ができました。脈がとても速かったので、もしかしたらこれが最後かもしれないと思い「ありがとう」と感謝を伝えられて良かった。次の朝、施設看護師さんより「呼吸が荒くなった」と連絡が来ましたが間に合わず施設の看護師さんが看取ってくれました。
あの判断は正しかったのか?
母が危篤になった時と葬儀が終わってから何度も思った事。本当に治療しなくて良かったのかな···
もしかしたら、もう一回元気になったかな··
元気にならないにしても、まだ生きていたのでは···
あの時あんなに迷わずに決められたのに···
少しでも救われたい気持ちで、お寺さんに教えていただいた通り四十九日まで毎朝お経をあげる。
そんな時、認知症専門医の長谷川先生のYouTubeを見て気持ちが楽になりました。
自分がどう死にたいかって大事な事。しゃべられるうちに娘に伝えました笑
「お母さんも助かる見込みがなかったら無理な治療はしないでね、苦しいの嫌だから」
母の面会に通うのに往復4時間。ガソリンが高い中、愛車N-BOXも9歳を過ぎボロボロになってきたので、燃費のよいホンダ.フィットを購入。でも納車になる前に母は天国へ。母の面会には使えなかったけど息子の面会に大活躍。快適にフィット生活しています(. ❛ ᴗ ❛.)
