「貧困国の雇用を創出する印刷屋、丸吉日新堂印刷の挑戦 」
日本の元気ダマ:2012年01月16日 08時00分 更新 [藤井正隆,ITmedia]
全国から約2万7000件の名刺制作を受注をする札幌の小さな印刷会社の成功の秘密は、地道な社会貢献にあった。印刷業界は、従業員規模300人未満の中小事業所が全体の99.8%、20人未満の小規模事業所が90%弱という、小規模・零細企業が圧倒的多数の業界です。
PCやデジタルカメラの普及により、一般の方でも文字や画像をPCなどで作成できるようになりました。それに伴いアナログ時代に印刷業が受け持っていた文字入力業務やカラー分解による画像入力業務が無くなり、印刷物そのものの需要も減少していることなどから、印刷事業者数は毎年減少しています。
こうした業界状況の中、日本全国から名刺制作を受注する従業員7人の小さな印刷会社が、丸吉日新堂印刷です。同社は北海道札幌市にあり、地の利は決してよくありません。しかも扱っているエコ名刺は他社の名刺よりも割高です。しかし名刺制作の注文は2万7000件に達し、その8割が道外からのものであり、リピート率は9割にも達しているといいます。
なぜ丸吉日新堂印刷に名刺の注文が殺到するのでしょうか? それは、これからご説明いたしましょう。
バナナの茎を使った雇用創出
丸吉日新堂印刷はバナナペーパーを使った名刺を制作しています。発端は、阿部晋也社長が数年前にスウェーデンの環境コンサルタント ペオ・エクベリ氏と出会ったことです。エクベリ氏は安部さんに、伐採後の不要になったバナナの茎を活用することで木をまったく切らずに紙を作れること、そしてそれがアフリカ・ザンビア共和国の雇用創出につながることを熱く語りました。
ザンビア共和国には政府の援助で学校があり、子どもたちの教育機会はあります。しかし大人たちには教育機会はありません。そのため病気(エイズなど)の知識がなく、平均寿命が36才位と短命です。産業もまだ発達しておらず、国民全員が働けるような十分な仕事もありません。先進国からやってきた外国人によって違法な就労や伐採が行われていましたが、経済的な理由で受け入れざるを得ませんでした。
安部さんとエクベリ氏はこのような現状を変えることに多少なりとも貢献したいと思い、エクベリ氏がもともと交流のあったサウスルアングル国立公園近くの村の酋長に「伐採したバナナの茎から紙が作れるんだよ! 新しい職を作りませんか?」と話をし、酋長の理解を得たのです。
こうして、ザンビアの村でバナナペーパー作りが始まりました。
ザンビアの女性は、生まれて初めて仕事を経験しました。これまで男性は1日1ドル程度の収入を得る仕事はありましたが、女性が働く仕事はありませんでした。しかし、1日3~5時間バナナペーパーの生産工程の一部を受け持ち収入を得ることで、彼女たちはいま人間らしく生活することに近づいています。
「児童労働をさせない。フェアトレードの精神でしっかり安全に配慮する」という安部さんたちの思いから、労働条件はしっかり整備されています。現地では労働者全員が同じTシャツを着用し、希望を持って働いています。
バナナペーパー作りは、まずバナナの茎から水分などの余計なものを取りのぞき、次に天日干しをして乾かします。その後乾かしたバナナの茎を日本に運び、埼玉にある日本で唯一の無薬品・無加熱でパルプをつくる工場で、古紙(70%)と持ち込んだバナナの茎(30%)を細かくカットして古紙と水を加えます。
最初はいろいろ大変なことがあったそうです。初めて現地から日本にバナナの茎を持ち帰ったときは、なかなか通関が通りませんでした。税関の人になぜバナナの茎を持ってくるのかが理解されなかったからです。輸送は本当は船を使いたかったのですが、船だと日数がかかって途中でカビてダメになるリスクがあったので、飛行機で日本に運びました。
ザンビアの雇用を継続させていくのは、実はそれほど難しいことではありません。例えば、日本の従業員4000人規模の会社が名刺の材料をバナナペーパーに切り替えるだけで、1年間に約200人のザンビア国民が生活できる仕事が生まれます。阿部さんはほかの印刷会社にも呼びかけて、ザンビアのバナナペーパーを一緒に販売してもらえるパートナーを広げる活動に力を入れています。
阿部さんのエコ名刺制作への取り組みは、2002年に飲料メーカーから依頼を受けて作ったペットボトル再生名刺がきっかけでした。従来は捨てられていたトウモロコシの皮を使ったトウモロコシ名刺も作りました。
材料面での環境問題対策に加え、福祉活動の一環として点字加工にも取り組んでいます。点字は福祉法人の精神に障害がある人たちが手作業で加工しますので、障がい者の労働機会と収入アップに貢献します。さらに売り上げの一部を日本盲導犬協会に寄付し、1枚の名刺をあらゆる機会で社会のお役に立てているのです。
(中略)
名刺が創る善の循環
名刺はビジネス的にはもうけが薄く、多くの印刷会社は受注しても外注や下請けに渡してしまいます。かつては丸吉日新堂印刷も同じでした。しかし、前述のような経緯で困っている人を助けようと考え、自分の商売でも何かできることがないかと考えた安部さんは、エコ名刺・点字加工名刺の制作を始めます。
名刺にこだわったのには理由(わけ)があります。丸吉日新堂印刷で働き始めたころ、安部さんは飛び込みで印刷物の営業をしていました。しかし、知らない人と話すのが苦手だったので、おどおどして対人恐怖症のようだったといいます。
そこで安部さんは、名刺を工夫することにしました。名刺が特徴的であれば話のきっかけになって、お客さまが質問してくれます。その質問に答えることで安部さんは、コミュニケーションが取れるようになったのです。
自分と同じように困っている営業マンがいるのではないかと考え、特徴のある名刺――ペットボトル再生名刺(エコ名刺)や4つ折りの名刺を作り始めました。こうした名刺を渡すと、初対面の人とも「自分もエコに興味あるんだよ!」といった話に発展します。
阿部さんが売っているのは名刺そのものだけではありません。「名刺から始まる出会いの場」を提供し、素敵な出会いが人生を2倍3倍へと豊かにしていくことをサポートすること、良い出会いを少しずつ広げていくことこそが、名刺をつくる仕事の使命と考えるからです。
阿部さんは心の優しい方々の出会いに貢献したいと、札幌、東京、福岡でエコ名刺交流会を行い、「出会いの場」を広げています。エコ名刺交流会は、毎回講師を呼んで勉強し、ともに学び思いやりの気持ちを共有しながら和を広げていくという活動です。こうした出会いが、同じ思いを持った人同士が仲良くなっていく「善の循環」につながっているのです。
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冒頭の「なぜ丸吉日新堂印刷に名刺の注文が殺到するのでしょうか?」の答えは、ここまで読まれた方ならお分かりでしょう。阿部さんの活動に共感した方々が、「名刺で社会貢献できるのなら」と、多少割高であっても発注してくれるからなのです。
多くの業界が価格競争の弊害で利益が出にくくなっている中、売上アップを意図しなかったにもかかわらず、結果としてお客さまの支持を得ている丸吉日新堂印刷の取り組みは、同業はもとより、他の業界でも参考になるのではないでしょうか?
丸吉日新堂印刷の元気のポイント!
•利他の精神 社会に役立つ活動は、多くの共感を呼ぶ
•商圏拡大 本当に共感されるものは、地理的時間的な制約を超えて商圏が拡がる
•善の循環 正しい取り組みと心根が優しい人の出会いは、善の循環を生んでいく
著者プロフィール:藤井正隆(ふじい まさたか) 1962年生まれ (株)イマージョン 代表取締役
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以上、最近ラジオ放送の話を紹介させて頂きました。