今は子供がいないけど、これから先私達にも子供ができることを信じて、妊娠に関する記録を残していこうと思うほっこり.*
感じた事を素直に記録に残すため、これから手術予定などの方は不安が増すといけないのでこのページはそっと閉じてくださいクローバー








30年3月1日妊娠検査薬で陽性。基礎体温からすると検査の時期は丁度良いけど判定線が本当に薄い。けど、基礎体温は高いまま。
3月3日婦人科受診。卵管角部に妊娠の可能性があるけれどハッキリ分からないので1週間後に来てほしいと言われる。卵管角部妊娠について調べれば調べるほど良いことは書かれていない。調べていると、次の受診でもし異所性妊娠と診断された場合すぐに入院になる可能性がある事に感づく。
3月9日(6w1d頃)受診。右の卵管付近に妊娠の可能性があり手術目的で即日入院になる。
先生から子宮には赤ちゃんが見えないと言われた時、泣くのは我慢しようと思っていたけど、我慢できなくなって大泣き。実家が近くのため母親が来てくれた。親の前で泣くのはなんだか少し恥ずかしくて、親の前で泣いたのは子供の頃が最後かもしれないけど、今回ばかりは無理だった。
翌日手術になるけど、悲しさが大きすぎて手術に対する怖さは全くなかった。泣いて、泣き止んで、泣いてを手術まで繰り返した。
3月10日全身麻酔下で腹腔鏡下右卵管切除。麻酔のため手術台に横になって10秒後からの記憶はなく、目が覚めたら病室にいた。私は卵管の破裂もなく30分程度で終わったとか。目が覚めた時激痛で、痛み止めの点滴、座薬、筋肉注射をしてもらって少しは楽になる。腹腔鏡の手術だしこんなに激痛だとは想像してなかった。もしくは私が痛みに弱いのかも。炭酸ガスを腹腔内に入れて行う手術で、体に数日間は空気が残るため横向きに寝ると胸が圧迫されてしんどくて、次の日の朝まで仰向けで我慢する。腰が本当に痛い。
3月11日朝、創部のドレーンと尿の管は抜去されて離床が開始になる。少しずつ動き始めてゆっくり歩けば痛みはそんなにない。起き上がったり笑うと傷が痛い。ベッドに横になると胸が圧迫されてしんどいから、座ってる方が楽だった。
もう赤ちゃんはお腹にいないのか…ごめんね…と色々考えた。けれど少しずつ現状を受け入れつつあった。
日に日に痛みも良くなって、胸の圧迫感も良くなって、寝返りができるようになる。
3月13日採血、尿検査、内診を行い、問題ないため3月14日退院が決まる。
3月14日退院の日。ナースステーション横の新生児室の前を通ると赤ちゃんの泣き声が聞こえる。大分受け入れることができて泣かない日が続いてたけど、赤ちゃんの泣き声が聞こえてからまた悲しい気持ちになり家に帰るまでまた泣いていた。泣いても何か変わるわけじゃなく、明るい気持ちでいた方が絶対良いに決まってる、明るくなろう、と思ってはいるんだけど。
3月10日お腹にいた赤ちゃんは天国に行ってしまったけど、成仏して、また私に会いに来てくれることを信じて、そのために私ができる限りのことはしていきたい。
私は卵管の切除で子宮を一部縫合はしてるけど、子作りは3ヶ月後から可能、自然分娩も可能とのこと。それまでは規則正しい生活を送り、基礎体温を測り、分からないことは先生に相談していこうと思う。生理の再開は個人差があること、次の妊娠を望むならもう基礎体温を測っておいた方がいいとのこと。先生は妊娠ができなくなったわけじゃないとオブラートに包んで言ってくれる。正常妊娠できる可能性もあるけど、異所性妊娠の再発率は高くなること、不妊になる可能性がある事は調べ尽くしていたため知っているけど、不安と戦いつつ、不安になりすぎず、また赤ちゃんと出会えるよう奇跡を信じて待ち続けたいと思う。
次のブログ更新時には良い記録が残せますように
ハート