写真の中で笑っている
小さな私は

あまりにも無邪気に見えて

なんだか
切なくなった


何も知らない
小さな子供

信じることしかしらなかったあの頃

幸せな子供の世界を抜け出して

なぜ人は
大人になるのだろう

疑うことを覚え
嘘をつくことを覚え
真実の心を隠して笑顔の仮面をかぶることを覚える

それが
大人になるということなら

永遠に子供でいたい

でもそれは

守られていた
愛の手から離れるとき

自分を自分で
守っていく手段なのかもしれない


永遠に守られてるわけにはいかないのだから

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病室では笑顔で振る舞う家族が
廊下で泣き崩れる姿

私は患者の手をにぎり
疼痛部位をさすることしかできず

ご家族の思いを
黙って聴くことしかできなかった

無力の痛感
こんなに無力なら
nurseなんて意味がないとさえ思った

徐々に意識まで薄れていく患者

毎日実習終わりに
『明日も必ず会いましょう』
と手をにぎり約束する私
彼は
その約束を守ってくれた
実習最終日
もう反応もないに等しくなった彼の手をにぎりながら
『貴方に学ばせていただいた3週間のこと、決して忘れません。ありがとうございました。』
と伝えた

その時
彼の手が
ぎゅっと
私の手を握り返してくれた
『頑張れよ』
と言われた気がした

彼はその翌日
永遠の眠りについた


この時
私は初めて
真剣にnurseになろうと思った

私がnurseにならなければ
私の中の彼まで亡くなってしまう気がした


そして今でも
彼は私の看護の中で生き続けている


…結構昔の記憶を
思い出して書き留めてみました
その頃の気持ちを思い出して
やっぱり
nurseはやめられないと思いました
例え職場を変えたとしても

正直言って
なりたくてしかたなかったわけではなく

気がついたら
看護学校ばかり受験してた


寂しがり屋な私は
常に誰かと感情をともにしていたいと思っていたのかもしれない

と今は感じている

本気でnurseになりたいと思ったのは、3年生のターミナル期の実習

ターミナル期
つまり、生命予後が6ヶ月以内と考えられる患者の看護

私の受け持ちは
56歳 男性
肝臓癌
余命1ヶ月
の患者だった


それまでの実習は
患者へ働きかけて
その反応をみて喜びを感じる自分がいた

例えば
体拭きや洗髪をして感謝されたり
リハビリをして喜ばれたり

でも
この実習はまったく違っていた


体拭きは
癌痛に苦しむ患者には
苦痛なものでしかなく

この患者のために
自分が何をすればよいのかわからなかった