叔母が、死んだ
産婦人科の婦長までした人である
私が小さい頃は
何日寝てないなどと言いながら
(当時まだ普及していなかった)ポケベルで呼び出され
高級車を頻繁に買い換えては乗り回していた
幼いながらに、看護婦(当時はそう呼ぶのが一般的だった)は
金回りがいいなと感じていた
退職後は地域の保健師をし
産後のお宅訪問や赤ちゃん教室などをしていた
仕事が一段落した頃(40代)に
(そのタイミングで入院患者だった)兄の同級生を紹介され
後妻に入る
実子はいない(が先妻の子はいる筈)
兄と同居していた両親の看取り
兄嫁の乳ガン闘病のフォロー
夫の肺ガンの看護(確か7年間)
晩年は、足腰の弱くなった兄弟のケア
常に誰かの世話をし続けていた
亡くなったと思われる日
一人暮らしの兄のケアに立ち寄り
帰宅後コタツで休んでいたと思われるが
恐らく死因は心臓発作という見立てだ
毎日兄へモーニングコールしていたが
かかってこないと伯父が騒ぎ始めた
何度かけても出ない
翌日もかかってこない
近所の嫁ぎ先の親族に見に行って貰い
コタツで仰向けに息絶えているのを発見
入浴は昼間にすると決めていたようで
ヒートショックが死因のきっかけとは考えにくい
もしかしたら不整脈などの持病があったとしたら
調子が悪くコタツで休んでいて
力尽きて助けを呼べなかったなどはあるかも知れない
夫を看取り、十三回忌を済ませたばかりであった
誰にも迷惑をかけず逝った訳だが
突然亡くなってしまい、ケアされていた側は本当に困っているだろう
規則正しい生活と、医療の知識に明るく
母より長生きすると親戚一同から思われていた叔母である
子供あしらいも上手く、我が子もなついていた
ズボラなうちの母とは違って
家は整理整頓されており
(告別式の後、遺影と位牌を届けにお邪魔した)
庭の手入れも行き届き
このまま住み続けても全く問題ないどころか
我が家よりも余程綺麗である
奇しくも、
お通夜の日は父の三回忌であった
法事のハシゴは流石に初めての経験である
はからずも同じ宗派(真言宗智山派)で
住職が違うと結構色々違うなーと
ひたすら観察して過ごしたお陰で
全く眠くならなかった(ので良かった)
焼香の時の真言が全く同じで
影響されやすいタイプの私は
ずっと脳内リピートが止まず
しばらく辛かったことをここに記しておく
さて、ケアされていた一人暮らしの兄
つまりは私の伯父であるが
今後はどうしたものか…といったところである
伯父にも子供はいない
当たり前だが
私(及びいとこ)に白羽の矢が立ちそうである
そして
相続再び
今回の叔母だが
子供がいない場合
兄弟で分割
一代後まで認められるので
仮に母が亡くなっていた場合
私に相続権が与えられる
屋敷や敷地は叔母の名義に変更されていた
車もある
勿論預金も存在する
死亡保険はどうなっているのか知らないが
葬式代にすべきなので
喪主をつとめて下さった嫁ぎ先のご親族にお渡しした方がいいし
車や不動産もご近所にお住まいのご親族にお返しすべきだと思われる
今度は
母の出生からの戸籍を
また市役所まで取りに行かねばならない
父の時で懲りている
伯父からも早速呼び出しがかかった
気が重い
叔母にさせていたことを
今度は甥姪(私と従姉たち)に分担させるとして
私に何が回ってくるのか…
伯父は母ほど無茶は言わないが
間違いなく負担は増える
伯父の事だけでなく母の件もあるし
せめて子供の手が離れるまで
叔母には生きていて欲しかった
今の私には背負うものが多すぎる
婚家の介護に主人を駆り出すには
まだ早いだろう
義父の断捨離や介護など
ほんの序章に過ぎなかったことが分かる
こういう時に休みやすいパートで良かったと思うべきか
介護休暇を取りつつ給与の保証がある正社員でない自分を恨むべきなのか
毎日とても眠い