最近めっぽうフリーズしている。
理由はわかっているようでわかってない。
いろんな葛藤が混ざりすぎて思考停止してしまったのだ。
23年の歳月を経て蓄積された葛藤だ。すぐに解決できるものではない。
幼少期からの自分を思い返してみようと思う。
自分で言うのもなんだが、馬鹿な子ではなかった。
幼稚園入学前に文字は自分で読み書きできるようになっていたし、楽譜も読めたし、絵を描くのも得意だった。それができるようになる環境で育ててもらえたことが良かったのだと思う。
ただしすべて1人でできることばかり。
人と接する理由がなかった。
こうなってくるとこれから社会に出て行く1人間として、
まずその思考が出来上がってしまうことは問題だった。
結果、やはりそれ相応なりの人間付き合いをする者に育ってしまったのである。
幼稚園に入園、ほかの園児と関わらないという理由で担任と親から心配される日々。
本人にそんな心配まったく無いのだが、毎日イライラしていた。
1人でいたいし、なんなら行きたくないし、毎月行われる誕生日会に出るチョコレートケーキにベリーっぽい一粒が乗ってるあれは不味いし。
しかし、幼稚園から帰れば近所に幼なじみがいた。
これが唯一の人付き合い。子どもらしい子どもになる時だった。
遊ぶ内容といえばアイロンビーズをしたり、アニメの音声を消してアフレコごっこをしたり。
小学生になると親のジャンプを盗み見ていたせいで、なんの疑問もやらしい気持ちも無くラッキースケベな内容満載のままごと遊びをしていたりした。
今考えるとマジで恐ろしい。親が見たら頭おかしい子どもだ。
まあいいんだ。楽しい幼少期だったことに変わりはない。
その幼なじみがその異様なままごとにについてきてたことは疑問だったが、後から謎は解ける。
実は幼なじみはGS美神を気に入って見ているクチだったのだ。類は友を呼ぶ。
親が子に与える影響は計り知れない。
小学生でラブひなは危険だった。黒歴史だ。
でもアニオタな親のおかげでオタク耐性はできていた。
だからといって変なエロ方向に育たなくてよかった。
幸いラッキースケベ止まりな内容だった為、それ以降の事を知る由はなかったのだ。
だがもちろんアニメや漫画には目覚めた。
朝から晩までアニメを観、絵を描き、話を作った。
小学生になると同級生の女の子に頼まれてみんなの自由帳に女の子の絵を描いて渡す毎日。
締め切りに追われる。もちろん報酬なんてない。
「10枚描いて~」「20枚描いて~」
え?馬鹿なの?すげー大変だよ。
そんな言葉は出なかった。
描くのが好きだったし子どもなので発想が尽きる事がなかった。
これが子どものままでいたかったなと思う第一の理由だ。
何の知識も概念もないからすべてオリジナル。自由に絵を描ける。喜ばれる。
まあ大人になったら知識がないとやっていけない。こんなこと考えるだけ時間の無駄な事はわかっているんだ。
そんな中進級し小学2年生になる。
相変わらず絵を描く毎日。
ある日ふと描いた女の子にタコがイメージのドレスを着せてみた。
...いける!
そのとき確かにそう思った。
今考えるとどこらへんで自信が沸き起こったのかまじでわからないが、
その瞬間は一生服を考えていきたいと確かにそう思ったのだ。
どこで聞いたかわからないが、
割とすぐファッションデザイナーという職業があるということを知り、自然と志していた。
ただのオタク小学生がちょっと成長した瞬間だった。
