とっっっくに春になってる中、ブログ更新、すっかり滞ってしまいました。
新年早々、父が亡くなり、
葬儀や毎7日法要、納骨や49日等々の様々な行事に加え、
仕事の試験勉強もあったりして、バタバタしてあっという間でした。
4月に入り、やっと落ち着いてきたところですが、
書きたいな~と思ったネタも、すっかり忘れてしまいました(笑)。
ボチボチ思い出しながら、書いていきたいです。
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
1月に父が亡くなったが、余命も宣告されていたし、
闘病生活もなんだかんだと20年位になるので、
寂しさはあっても、「お疲れ様でした。」という気持ちの方が強かったのも事実だ。
父に対してもちろんだけど、それに長年対応していた母に対しても。
最後の2年間は、病院への泊まり込みが多く、
それでも弱音を吐かなかった母を、素直に凄いな~と思った。
それというのも、父が亡くなった後、すぐに出た母からの言葉は、
先生や看護師さん方へのお礼と、
「あんた達も大変だったね、ありがとう」という、兄と私への労いだったからだ。
母の子で本当に良かったと思った瞬間だった。
それに家族全員、父の長年の闘病の中、
手術の付き添いや、集中治療室に入るのも慣れっこになり、
ある意味感覚が麻痺していたので、
最後も、ドラマにある様な劇的光景ではなく、私自身も実に淡々としていた。
というのも、感傷に浸ってる暇は無く、
葬儀までの段取り等、やらなきゃいけない事が現実に沢山待っていたからだ。![]()
病院での付き添い時にも感じた事だが、
そこの病棟は、高齢で酷い病状の方が多いところで、
苦しんで余裕を無くされている患者さん本人や、ご家族方への対応等、
看護・介護職の方は、とても忙しく、精神的にも、とんでもなく過酷そうだった。
痴呆が入った方から、罵声をあびせられたり、虚言や罵詈雑言も多く、
夜中は些細な事でナースコールがガンガン鳴りまくり、
見ているこっちの方がヒヤヒヤしたものだが、
皆さん、淡々と業務をこなされていた。
私なら、完全にブチ切れていそうな状況が沢山あった。
その様子から感じたのは、慣れやプロ意識もあるのだろうけれど、
介護や看護職等は、感情移入しすぎては務まらないのだろうという事だ。
患者の感情を受け入れつつ、現実にこなさなければならない業務は山ほどある。
誰かに罵声をあびせられる度、毎日誰か亡くなる方が出る度、
泣いていてばかりでは、仕事にならないからだ。
日々、非情にならざるをえない、
そして、感情を無くさざるをえない場面に遭遇されてる姿を見て、
本当に大変な仕事だとつくづく思ったし、
汚物にまみれても、表情を崩さず働いてる姿を、とても尊敬した。
困難な業務引き受けて下さる方がいるおかげで、
私達の様な患者の家族も、生活を送れるからだ。
そんな光景を思い出しながら、葬儀屋さんと打ち合わせをしたり、
親戚知人への連絡をしていった。
淡々とやりながら、「私の家族って冷たいかな~?」と思った程だ。
そんなこんなで通夜を迎えたのだけど、
ここで、以外な展開というか、以外な感情が湧いた。
親戚の顔を見ても、そうでも無かったのだが、
自分の職場の同僚や友達の顔を見た途端、急に泣けてきたのだ。![]()
それは母や兄も同じだったらしく、
「え?悲しかったんだ?私達?」と、
お互いに突っ込みを入れたくなった程だった(笑)。
なんというか、素直に、
「わざわざ来ていただいて、本当に御足労ありがとうございます。」という気持ち。
そういえば、今まで自分が誰かの葬儀に出席した際、
故人の直接の知り合いじゃない場合もあり、
その時は、むしろ故人の為というよりは、
故人と関係している、友人知人への想いの義理を果したかった。
そう、自分の関係者の顔を見て急に泣けてきたのは、
父へと言うよりは、「やよいさん、大丈夫?」の、
自分を気にかけてくれた気持ちを実感して、単純に有難かったのだと思う。![]()
もちろん、心底ただの義理で来られる方もいると思う。
ご近所だから・・・とか、皆が行くなら・・・とかも、当然沢山あるはず。
それでも、直接であれ間接であれ、
これだけの人間関係に支えていただいて暮らしているんだなと、
今更ながら、日頃の暮らしに感謝しまくった。![]()
結婚披露宴等で、「皆さんに支えられてここまで来れました」という挨拶をよく聞くが、
葬儀にも当てはまる言葉だな~と思う。
私はこれまで、冠婚葬祭を含めたイベント等に、特別意義を感じる方では無く、
もちろん、結婚式への出席は、幸せな姿を見れて嬉しいのだけど、
自分がやりたいか?と聞かれれば、そんなに興味はなくて、
四季折々の行事も疎かにするタイプであった。
けれど、結婚式も、自分の為だけでなく、周りへ感謝を示せる機会であり、
又、葬儀も、故人への労いの儀式や、
お世話になった方へのお知らせと考えれば、意義が全く違ってくる。
何より、わざわざ集まってくださって、
日頃支えてくれている人の数を目の当たりにして、
びっくりする位、感謝がわくのだろうと思う。![]()
四季折々の行事も、地球や自然への感謝を感じるためにも、
自身で楽しみながら味わうのは、素敵だな~と思った。
何より、せっかく四季のある日本を楽しまないのは、
生活の潤いを自ら捨ててる気がして、単純にもったいないと思った。
一週間位のお休みをいただいて、職場へ出社したのだけれど、
通夜や葬儀に来てくれた職員達が、最初一言声をかけてくれた以外、
他の人達から色々言われる事は、一切無かった。
かと言って、他の人達も何も知らないわけでは無かったらしく、
何かにかこつけて、必要以上にたわいもない事を話しかけてきてくれたり、
なぜか皆、お菓子をデスクに持ってきてくれた(笑)。
そして1~2月中は、「それ、今やる必要ある?」と聞きたくなる様な、
時期のズレまくった、無理やりこじつけた理由の飲み会のお誘いが、
かつて無い程やたらに多かった。
人は、声をかけたくても言葉が見つからない時、
それでもどうにかして、何かしたいと考えた時、
こぞって皆、食べ物で元気づけたいと発想するらしい(笑)。
そして、そんな心づかいが本当に嬉しく有難い。![]()
デスクに置いてくれた、なんて事無い飴玉やクッキーも、
やたらに美味しかった。![]()
そしてこの写真
釣り好きな同僚達が、釣ってきたお魚をお店でプロにさばいてもらい、
お刺身好きな私を、サプライズで招待してくれた。![]()
「今日はやよいの誕生会だから、おごりだよ」という名目だったが、
同じ誕生月の他の人は、しっかりお金取られていたのを見逃さなかった(笑)。
なんとなく、49日まで何かと自粛しないといけないかな~と思ったりもしたが、
母も、どんどん出かけろと言ってくれたし、
やたらと飲み会の誘いが多かったのは、兄も同じだった様だ。
3月まで実家にいたので、お線香上げに訪ねてくれた知人達や、
お仏壇へのご挨拶はしっかりできた。
と言っても、仏壇に居るわけでもないのだろうけど(笑)。
父の死を通してまず感じたのは、
お金では買えない、沢山の人の情や温かさに、日々支えられてるという事を、
絶対に忘れてはいけないという事だった。![]()
お金大好きだけどね(笑)。
他にも色々感じたけれど、長くなったので今回はこれにて~。

、
と、生徒へ強制指令を出したのだ。
という思いと同時に、とても綺麗だな~
なんて、
職員室に問い合わせが殺到し、


