もっと、私の世話をして


尽くしてくれて、


私を喜ばせる事が大好きな人と出会いたい。


そんな人にいろんなところに連れて行って貰いたい。


なんか、このフレーズをかいてたら涙が出そうになった。


我慢してたんだ。


やっぱり、引っ張って貰いたい。


どしっとしてくれてるのはいいけど、フットワーク重くてつまんない。


まめじゃないだけで、それは私に対しての価値とは全く関係ない事は理解できるけど、


もっと私の事を好きな人と出会いたい。


やっぱり寂しい。


私は寂しがりやなんだ。


寂しがりやは、ダメだと否定してた。


誰かに埋めて貰おうとするのは自立してない、依存した状態だからダメだと思ってた。


1人が大好き。


確かに、これは確かなんだけど、、、


寂しがりやでもある。


どっちもある。


認めよう。
寂しがりやが悪いと思ってたから、


「そうじゃないでしょ?認めなさい。」


って、わざわざさみしさを感じるシーンを自分で作ってた。



寂しがりやって、なんでできるんだろう???


「どうせ、私はそれほど愛されない」と思ってるから、観念がそうさせるのかな?


相手がどのくらい自分に対して頑張ってくれるかで、自分の無価をたしかめてた???


まだ、そんなこと繰り返してるの??


まだ、あったんだ・・・。


そられを見ないようにしてたから、似たような現実が何回もやってきたんだ。



小さい私は、本当はなんて言いたかった?


「お父さん、私のこと好き??」

「なんでベッド買ってくれないの?広告見て1番安いの言ってるのに」

「そんなに、私の事すきじゃないの?」



未だに、このやりとりから勘違いした脚本を繰り返してる。



本当はそうじゃない。
お父さんは買ってあげたかった。
だけど、お金をもたせて貰えてなかった。
買えなかっただけ。
私の事は好き。
今は年金くれるくらいだよ?


ただ、買えなかっただけ。
その後、自分で買った。


ワガママ言うと、自分が愛されていないと思い知らされるようでつらい。


割れたガラス片に触って傷ついただけ。


私の愛され度はMax。いつも。


じゃ、言ってみる?


「もっと、~行きたい!連れて行ってよ~」


「~ 」に当てはまるのは、何?


温泉、ホテルディナー、知らないワクワクするところ。

お金かかったっていいでしょ?
もっと、一緒に遊びたい。
あなたの時間奪っていいでしょ?
私のこと好きだから一緒にいるんだよね?


そう、そんなことが言いたい。
私は、誰がなんと言おうと愛されてる。
それは、当然すぎてわらっちゃうくらい、
疑う余地のない事実。


空気が誰にでもいくらでも自由に吸いたい分だけ吸えるのと等しく、


私への愛は受け取りたい分だけ受け取れる。


どこの、どんな空気が吸いたい?


どんな風に呼吸したい?