ご無沙汰をしております!

私、生きております(ง🔥Д🔥)ง
人生180度変わり、生きております。


去年2018年の7月初め
北アフリカ チュニジアへ、弾丸トラベル。

ここまでに至るまでに
たくさんのストーリーがありました。


母親として…
妻として…
女性として…
ダンサーとして…
娘として…
私がやらなければならないこと……

毎日
息苦しくて
息苦しくて

それでも、それでも、頑張ってまいりました。


でも
やっぱり
心身共に、確実に壊れていきました。



そこで助けてくれたのが
チュニジアにいた、私の友人家族でした。

私の命の恩人


生きる気力が出てきたこと
発作の回数が減ってきたこと
頭痛薬の数が減ってきたこと
考え方が変わったこと……etc.....

私の心の変化が顕著に見えてきた時

私の実母は変わりました。



辛い心境
ギリギリの心境
もう、難しい状態に陥っていること…
チャンスを作っては、伝えてきました。

自分の気持ちを隠し
押し殺してきた私には
凄く大変なことではありましたが
今の私を知って欲しい……
危ない状況を変えたいと思えている瞬間があること……
環境を変えたいこと
いろんな事を伝えては、母や主人から返ってくる言葉や、話を変えスルーする姿に落ち込み、また気力を無くしていく毎日でした。


長年伝え続けてきても、一向に本当の私に向き合ってくれないことに疲れ果て、息子以外には何も言わずに強行突破でチュニジアへ行きました。

そうしないと
私は死んでいました。


私は自分を救うために
家を出たのです。
息子を置いて、死にたくはありません
それでも私の症状は毎日私を追い込み、死ぬことを考えさせます。
それは簡単に表現できるものでは、ありません。



見送ってくれた息子とガールフレンドに手を振り
バスで1時間

関西国際空港から21時間……


初めて感じた自由


私は今
したいことをしている……

行きたいと思った所へ向かっている……




なんて気持ちがいいんだ!




心の自由って
これ?
こういう感じ?



この20年で
初めて感じた気持ちでした



私は自分の判断で
自分のしたいこと
行きたい所へ
会いたい人達に逢いに行く……



私がこの20年
ずーっとできなかったこと。



普通の、当たり前に出来ておかしくないこと

これが私にとっては
夢のように遠い話だったのです。


チュニジアでの1ヶ月は
本当に素晴らしい毎日で、この数年 日に1時間
ウトウトしか眠れなかった不眠症が
薬無しでも、眠気を感じられたり

食欲が無く、食べても味もにおいも感じられない日があった私に、日に2回の食事や食欲が出てきたり…………


オリーブ畑の香りに、自分自身の命を感じたり


とにかく
生きている喜びに触れられました。


今までそれを感じようと頑張って
幸せだと言い聞かせてきましたので

これも私にとっては、初めてのことでした。

毛穴から感じる喜び……
何と表現したら良いのか、、、

体中からポジティブな何かが入り込んでくるような……
何とも言えない感覚でした。


そして、友人家族の愛。


血の繋がりを超えた
深い愛情を戴きました。

全力で私の味方
私を護る味方

そして、生きやすい方法を学びました。


チュニジアの街
チュニジアの人々
考え方や文化の違い
歴史
宗教
食べ物
空気


チュニジアのたくさんの素晴らしいものに
私は救われました。



それを私の母や主人にも伝えましたが
やはり
同じ心境ではない
理解をしたくない
聞きたくない……

そんな思いでいた彼らは
ただ黙って行った私を責めるばかり。


特に母は……

"今まで私が変えれなかったことが
何故どこの誰かも知らない人に変えられるんや"

"今までのあんたの病気は何やったんや
嘘ついてたんか"

"子供放ったらかして、それでも母親か"

"死にたいと思って生きてる人はあんただけと違うわ"

"私らの愛情は感じなくて、なんでチュニジアの家族の愛情やねん" 

"チュニジアの家族の中の誰かと浮気してるんと違うか"

"私の人生あんたに奪われたわ"

"あんたの面倒みてきた私の20年返せ"

…………etc.....


お母さん
私を愛していなかったんだね……


よく、分かりました。


私は家族に対し
出来る限り迷惑を掛けないように
一生懸命に毎日を頑張ってきました

痛い、苦しいなんて
聞かれても、言いませんでした。

母には
毎日数時間の愚痴
主人の悪口
生徒様の話
母の体の話…………

発作後でもお料理を作り
母の話の相手をしてきました


気を遣って
気を遣って……

一生懸命でした。


初めて会う方にはよく、お嫁さん……と言われる程、母には気を遣いました。


生きているだけで……なんて言っても
母の本心では無いことも知っていましたし
踊らなかったら何の役にも立たない子……と、主人に言っていたのも聞きました


それでも、私のお母さん


元気になってきたこと
明るく前を向けそうになってきたこと

喜んで欲しかったのですが
母からは
未だに憎しみの言葉しかありません。
残念です
悲しいです


主人は
長年主人も母で苦しんでいたので
日に日に私の話にも耳を傾け
話を聞いてくれるようになりました。

主人に対しても、長年蓄積してきた思いがありますので、以前のような心を取り戻すことはもう、私にはありませんが
違った形で、いい関係になりました。

それもこれも、チュニジアの家族のおかげなのです。


そして、去年2018年 8月
ひと足先にクビになった私に続き、実家のダンススクールをクビになった主人

私達二人、お給料も無し
シューズやレッスン着、何もかも無し無しで
出ざるを得なかった私達。


主人がクビになる前に
私とチュニジアから来ていた友人と二人で物件探し……
カフェやバーが出来るような、小さな物件を探していた私達

毎日暑い中を歩いて歩いて……
空き物件を見ては、直接尋ねに行ったり
不動産屋さんを片っ端から尋ねたり


そこで見つけた物件
160平米

ダンススクールが出来る!



そこから私達は、株式会社 FENNEC Companyを設立。
ダンススクール、ラウンジバー、カフェ、レストランetc.....が楽しめる、ユニークな場所を創ることになりました。


スケルトンの物件…
何もかも1からのスタート

年末年始を挟むため
業者さんを見つけるのも、本当に大変でした。

デザインや設計もほぼ自分達でやり
結局5ヶ月かかり…
ようやく完成。


手作りの部分をたくさん入れたいので
まだまだ未完成の所がありますが

チュニジア ベルベル民族の暮らしを再現した
美しい ユニークな場所が出来上がりました。


今現在はダンススクールのみのオープンですが
新しい生徒様
大昔に一度お会いした方や、古い方々が戻っていらしたり
たくさんの先生方との交流や、新しい繋がりなどなど…………

以前とは違う
素晴らしくポジティブなスパイラルの中
毎日皆様をお迎え出来ています。


流れが変わった……とは、まさにこのことなのですね

私達に大きな力を与えてくれたのは
やっぱり、チュニジアの友人

彼らがいなければ、私も、主人も、息子も、今こうして過ごせてはいない


私は救われただけではなく

会社設立
新しいダンススクール
インポートの会社設立

こんなことが出来るようになりました!


夢、希望……


諦めてきたこと

出来ないと思い込んできたこと


目標を達成できる自分がいる



私は必要とされなくてもいい
私が必要だと思うことをすればいい
それは、私がしたいことだから




私は今
ようやく生きている喜びを感じています。

言い聞かせではなく
魂からの喜びを







年齢はただの数字

Old は Gold✨




37歳で新しいことにチャレンジ

そして2日後 22日には、38歳

また新しいことを考える……



死ぬ方法しか見えない…考えられない……
こんな毎日だった私


考え方も
生き方も変わったら

生きる恐怖が消えた



闘病は続く……
でも、もう怖くない。

私は大丈夫!





















今日も感謝です✨
心からありがとう٩(*´︶`*)۶