2013年 10月24日


ついにMRIの結果をもらいに行く日が来ました。


その日は旦那さんが仕事だったので、1人で行こうと思っていたけれど母が一緒に来てくれました。


午後に結果を取りに行って、その足で清水先生のところに診断結果を持っていかなければいけません。


この結果で筋層浸潤ありと書かれていたらもう子供は産めないんだと思うと…


向かっている電車の中で何度ため息を吐いたか分かりません


もう結果は出ているから考えても仕方ないけれど頭から一時も離れません。


この日はあいにくの雨雨で余計に気分も滅入っていました。


クリニックには18時前頃に来るように言われていたので、MRIの病院には16時頃着くように向かいました。



着いて受付で名前を言うと、すぐに封筒を渡されました。


封筒には、よく紹介状などにあるように割印がしてあり開封してはいけないと書いてあります。


でも私は清水Dr.から開けて確認して持ってくるように言われたので開けなければいけません


そのまま封筒を抱えて日本橋の駅に着いて

「開けてみようかな。」

と母に言うと

「まだ止めなさいこんな道端で

と言われたので止めました。


銀座線に乗り銀座に着いて、日比谷線を待っている時にホームで

「開けてみようかな…。」

と言うと、また母が

「広尾に着いてからにしなさい

と言ったので止めました。


そして広尾に着き、何軒かカフェを回って人の少なそうなカフェに入りました。


飲み物を注文して受け取り、母と2階席に上がりました。


「開けるよ!!


「うん❗️」

と母も言いました。



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「筋層浸潤は認められないって書いてあるよ‼️」


そう叫んで母の方を見ると

ボロボロと大粒の涙を流しながら


「良かった…安心した時も涙って出るんだね


と言いました。


それを見て私も泣きました。

こんなにまで母に心配を掛けていたんだなぁ感じました。



時計を見るともう17時半になっており急いでクリニックに向かいました。


結果を渡すと清水Dr.が

「良かったじゃないこれでホルモン治療出来るよ。」


と言い、ヒスロンhの処方箋を出してくれました。


前回行った細胞診では癌は出ずに擬陽性


なぜか組織診では陰性という結果でした。



この日からヒスロンhでのホルモン治療が始まりました


私は始めに子宮内膜掻爬をしてから癌のグレードを診てホルモン治療を開始するのかと思っていましたが、そのままホルモン治療が始まりました。


「2ヶ月分薬出すからまた12月に来てよ。」


と清水Dr.に言われ帰りました。


帰宅すると21時半頃になっていました


もっと家が遠いいのに帰宅ラッシュの電車に乗って帰ったずっと付き添ってくれた母に心から感謝しましたドキドキ