世の中のモラハラ人間撲滅を願っています!!

世の中のモラハラ人間撲滅を願っています!!

母と姉からモラハラを。
父は無関心。
そんな機能不全な家庭に育ちました。

ここで吐き出させて貰って、心を整理してエネルギーに替えようと思い、書いてます。

全世界のモラハラ被害者にエールを送りたいです!!
頑張るぞぉーーー!!


モラハラ攻撃に負けないぞ!!





複雑性PTSDと診断されて。

義母や義弟問題と離れたら、心健やかに回復を辿ると思っておりましたが、そうはいかぬものなのですね。


本能寺は。

敵は、自分の中にあり!!


自分が自分を責めて。

味方と思ってたのに、後ろから切りつけられました。

お前は誰だ?!

「ア・タ・シ」状態です。


時に落ち着いて、時に混乱を極めたりしております。

乱高下中、ご注意下さい状態です。


心の中の病は難しいですね。

それも初体験中でございます。



先日驚いたのが、鯛と格闘した時です。


旦那ちゃんが知り合いにいただいた綺麗な鯛です。

捌けるか聞かれて、他の魚の三枚下ろしは出来るので応用すれば良いだけだろうと思いました。


この判断の甘さが、今は精神的に落ち着いていないからなのか。

ただ単に鯛という魚の難しさなのかは分かりません。


鱗はビックリするほどに堅いし、包丁の切れ味問題もあるでしょう。

鱗を取る器具もありません。


YouTubeで見た「初心者でも出来る鯛の捌き方」は魚を捌き慣れている人にしか進められない早さで進むし。

出来るものではありませんでした。


それでもペットボトルのキャップで鱗が取れるというので頑張りましたが、物凄い散らばり様です。


鯛の背中やお腹にあるヒレは極太針と同じで、鱗を取っている途中で指先にグサグサと刺さり。

流血も鱗の飛び散りも物凄くてウンザリしました。


顔にも頭にも、床にも鱗を付けて。

血まみれの指で続けました。


身がほぼない三枚下ろしでも骨は残っていて。

その骨はピンセットで抜かなくてはなりません。

骨と共に身も千切れて取れて、どんどんなくなっていく鯛の身。


捨てたい、止めたい。

何度も思いました。

が、魚の命に申し訳ないですから。


何とか、何とか………


何時間格闘を続けていたのか。

これも読みが甘かったので、晩御飯の時間がきてるのに出来上がらない問題が発生してしまい。


失敗が続いたからなのか。

予想を大きく外れた結果が受け入れられないからなのか。

全ての指に刺さった痛みが限界なのか。


動悸と震えが出たのです。

鯛は複雑性PTSDに関係ないでしょう?

自分でも何がそんなにダメなのか分かりません。


初めての事で。

上手くいかなくても当たり前なのに。

果敢にチャレンジして偉かったのに。


とにかく動悸と震えが止まりません。


薬を飲んで、旦那ちゃんと子供に緊急連絡をしました。

「そんな訳で私はおかしいです。

動悸と震えが出ています。

最悪はカップラーメンで勘弁して下さい」と。

「ギリギリまでは頑張りますから」と。


結局はショボイ鯛の身を入れた水炊きを間に合うように作り。

そのスープを翌日にラーメンにしようと企む事が出来たのに。


何だったのでしょうか。



翌日からはポンコツさに、更に磨きがかかってしまい。

出来る事の全てがモタモタと時間がかかってしまうようになりました。


顔を洗うのも。

洗濯をたたむのも。

身支度も。

何もかも。

スローモーションな感じです。


翌日は鯛の身のダシを使ってラーメンだなんて、とんでもありませんでした。


ぼーーーーーっとしてたのか、気付いたら夕方に時間が飛んでいて。

何かをやりながらの、ながら仕事は1つも出来ません。

本当に1つ1つしか出来ないし、止まってしまうと何にも出来ないのです。


自分に失望しまくりました。

ダメだと思っているけれど、それ以上のダメさに泣けました。


今は、大好きなカウンセラーさんにメールでのカウンセリングを受けているところなので。

何度もメールを読み返して勇気を分けて貰いました。


今はダメでいい。

目の前の事だけやろう。

今日のご飯は焼くだけでいいものにしよう。

それなら出来そうだ。

出来そうな事だけやって、後は帰って来た子供ちゃんや旦那ちゃんに頼ろう。


そう決めて。

子供ちゃんと旦那ちゃんにもメールで

「本日もアタクシはダメダメでございます。

引き続きおかしいです。

すみません!!」

と送って予防線を張り。


ただただ目の前の事を声に出してやる。

出来たら出来た!!って言う。

また次の事をやる。


それを繰り返していました。


こんな風になるとは思わず驚きましたが。

今はまだ、新しい事や、難しそうな事にチャレンジする時ではないと分かりました。

これもやらなかったら分からなかったのですから、1つの経験をしたと捉えましょう。



私はおかしいです。

そうちゃんと言えました。


いや~~~こんな風になったりするのですね。

怖かったです。

回復が容易くないって証明してくれたように思います。


そうじゃないと私はきっと、早く早くって。

自分にプレッシャーをかけていたと思います。


今はいいの!!

ゆっくりやるの。

約束とか予定とかも出来る限りは止めておこう。


守ってあげよう、自分の事を。

そう思えたのでした。


今日はそんなご報告なのでした。

旦那ちゃんを愛してはいても、これはちょっと無理でしょうか。


離婚も考えないといけないのかもしれません。


旦那ちゃんが義母を庇い続けて、事実を曲げて見るのを選ぶのならば、私の心は殺され続けます。

自分を守る為に離婚も考えないと致し方ないのかもしれません。


私も選びますが、旦那ちゃんも選べば良いのです。

私と子供との未来じゃなく、義母をとの未来を。


このままいけば義母が亡くなって、やっとで私達しか見るものがなくなった時には。

私達は旦那ちゃんを見ていない事でしょう。


それも仕方ありません。

自業自得です。



ぼんやりとした頭で、私達は愛し合っていると思っていたけれど、こんな結末に向かう事もあるのだなぁと思いました。



正月飾りの捨て方を聞かれた時に

「今までは初詣に行った時に処分して貰ってきたけど……」

で、私の言葉が止まってしまいました。

いつもなら初詣に義母も一緒に行っていたからです。

今の私の状態的には義母と一緒には行けません。

そうすると義母を置いて行くか、行くのを止めるかしかありません。


旦那ちゃんも言葉に詰まっているのを見て、義母を連れて行けなければ俺達だけで行こうとは言わないのだと察しました。


私は義母を避けるしかない事を今は自分に許すしかありません。

そうしてあげなくて、誰が自分を守るのでしょうか?

誰が自分を優先してあげるのでしょうか?

いつも人ばかりを優先してきたから、こうなってるのをいい加減に学べ!!

そう自分に叱咤激励しながら日々を過ごしていました。


そして子供と2人で初詣に行く事を考えて、どう旦那ちゃんに切り出したらケンカを売っているように聞こえないかな?とか悩んでいました。

義母と行くのが当たり前と思っている旦那ちゃんの考え方と、子供を初詣に連れて行ってあげたい私の考え方と、別々に考えれば良いだけですから。



それとは別の頭で義母を庇う発言をしている旦那ちゃんを見て、私は思いました。

この人、もしかして追い詰められてるのではないのかな?と。


私も今は心療内科が必要なように、旦那ちゃんにも心療内科が必要なのではないのかな?と思いました。



スノーに対してどう接したら良いか。

何度も説明しているのに、私からの言葉は耳に入れないところがあるので、そんなに言うなら先生から直接聞けば良いし。

旦那ちゃんのおかしい部分も診て貰った方が今後、私が相談する時にも良いかもしれないと思って、年明けに2人で時間をずらして心療内科に予約を入れました。



旦那ちゃんが義母を可哀想がる事も。

それを聞かされる事も。

そんな旦那ちゃんと、この事で話す度に薬を飲んでしまうので追加のお薬が欲しい事も。

先生に一生懸命伝えました。


先生も話しを聞いて、それはおかしいと言って下さってホッとしました。

後、義母に言われる「いーじゃん」と言うのも、良かれと思ったとしても親切の押し付けですと教えて貰いました。


そしてスノーさんにはやっぱり必要だと思うと、カウンセリングを勧められました。


義弟や義母に会う為にするのじゃなければ。

私が楽になる為にするのならば、カウンセリングは良いのかもしれません。



その後しばらくして旦那ちゃんも診察室へ入って行きましたが、不満顔で帰って来ました。


そりゃそうなんです。

私にどうしてあげたら良いか、なんてもうずっと私が言ってる事ですし。

心療内科は旦那ちゃんが納得いくまで、ずっと話しを聞いて貰える場所ではありません。

他にも患者さんはいるのです。


それを調べも聞きもせずに、「スノーの付き添い」感覚で行って、何も得られるハズがありません。

途中で「お時間です」って話しを切られた、時間が足りなかったとぼやくばかりでした。


「スノーはあれで納得いったの?」

と聞かれましたが、私は

「時間が限られてるんだから、毎回何を話すか話しをまとめてから行くからね。

今回は薬が欲しかったし。

話しも聞いて貰えて、薬も貰えて満足だよ?」

と答えました。


そう言われて旦那ちゃんが何を思ったのか知りません。

もう二度と行かないから良いやと思ったとは思います(笑)



そういえばまだギクシャクとした生活が続いていましたが、ある日を境に滑らかになりました。


2人で病院へ行く前だったか、後だったか忘れてしまいましたが。


旦那ちゃんがお弁当を作っている私に言って来たのです。

「初詣いつ行くの?」

と。

私はそう聞かれて

「え?

旦那ちゃんは義母と一緒に行くって考えてるんじゃないの?」

と聞き返しました。


そしたら

「俺が2回行けば良いだけの話しじゃん。」

と返って来たのですね。


へーーーー珍しい。

義弟がいなくても、義母中心で考えるんじゃないなんて驚きです。


子供が旦那ちゃんに

「初詣は家族3人で行こうね!

…………ね?」

と念を押すように言っているのを聞いて笑ってしまいました。


少し前に子供ちゃんに初詣の事を聞いたら、別に興味を持ってなかったのに。

急にどうしたんだろ?

私はそう思っていました。


そしたらどうやら子供ちゃんが旦那ちゃんに注意をしたようなのです。

「今はスノーを守るって言ってるのに、○○は何をやってるんだ」

と。

子供ちゃんは家では親を呼び捨て呼びです。


「初詣の事も聞いたら○○はそう思ってなかったみたいだよ。

スノーは勘違いしてるよ。

でもそもそも○○は言葉が足りない。」

と注意したそうです。

後は自分が思う事をこの際だから言わせて貰ったと言っていました。


そう聞いて私は度肝を抜かれました。

ビックリです。


でも子供ちゃんが旦那ちゃんに言ったのも、そもそも旦那ちゃんに聞かれたからだそうで。

「今日のスノーの様子は?」

から始まって。

「なんなら子供から見て俺は何がおかしいんだっていう勢いで意見求めて来たから、辛口な意見を全て言わせてもらった。

自分視点になるけどって断って言いたい事を言わせてもらった。」

と。


子供って…………凄いですよね。

その話しを聞いて私は口あんぐりです。


「ただ、まだ自覚はしてない……が理解したい姿勢を感じはした。」

との評価でした。


いやはや頭が下がるばかりです。

子供ちゃんは子供ちゃんで私達を見て、私にも注意してくれますが、旦那ちゃんにも注意してあげていたのです。

嬉しくなりました。


私と旦那ちゃんとでは関わりが、子供ちゃんも違います。

どうしたって母親との関わりの方が多くなりますから。

だけど、同じように子供ちゃんは旦那ちゃんに注意をしたのです。

嬉しいです。



私が家を作る時に。

モラハラさんな家庭から逆に学んだ事を活かして作り上げて来た事の1つが「平等」なのです。


親だから偉いとふんぞり返るモラハラ家庭。

自分は何をしてもしなくても許すけど、子供はダメ。

気分によって不平等を強いる家でした。


だから、私達が子供に注意する事があれば、子供が私達を注意する事もあります。

私達は家族という名前の仲間ですから、上も下もありません。


それをちゃんと分かっていて、してくれる。

あぁ、染みる幸せです。


その子供ちゃんのした旦那ちゃんへの注意以降、旦那ちゃんは義母の可哀想可哀想報告を私にしなくなりましたし、初詣にも3人で行こうと誘って来ました。


今はまだお互い理解も足りないので上部だけなのかもしれませんが、少しづつ仲良し家族の日常が戻って来つつあります。


私1人では「家族」は出来ません。

旦那ちゃんと。

そして子供ちゃん。

3人が合わさらないと家族になりません。


みんながみんなを大切に思って、言葉にして、行動しなければ崩れる関係です。

家族といえども。


自分の事だけを考えて。

周りに迷惑を押し付けて。

行動も言葉も感謝もなく。

相手を大切にもしない。

でも自分に奉仕する事だけを求める。

そんな家でした、モラハラ実家は。

だから私は実家を捨てたのです。



「家族」という名前に甘えてはいけない。

改めて思いました。

誰かが1人欠けてもダメだし、バランスが崩れてもダメなのでしょう。



子供ちゃんが多分旦那ちゃんに釘を刺す為だと思われますが

「スノーが落ち着くまで、叔父さん(義弟)の事もおばあちゃん(義母)の事もキーワードとしてもこちらからは出さないから。安心して今は回復に努めて。いいね?

○○(旦那ちゃん)もそれでいいよね?」

と。


子供ちゃんにこうしてガッチリ守られています。

私はなんて幸せ者なのでしょうか。


どうしてこんな事を考えて言える子になった?

どう育てた?

と、私は首を傾げてしまいますが、子供ちゃんがとても素敵な人間に育っている事には間違いがないようです。


うふふふふ。

良いでしょぉ~~~!!

すみません、嬉しくて嬉しくて自慢してしまいました。


後は毎日を大切に積み重ねて。

言葉にして。 

考えて。


日々を過ごしていこうと思います。


今は心療内科の先生にも勧められたカウンセリングをとても考え中でございます。

大好きな方がカウンセラーをしていらっしゃるので、その方に依頼出来ないかなぁと思っております。


でも、今回の心療内科を探すのでも知った事なのですが。

どうしても人間同士なので合う合わないがあるのだそうです。

人間同士が合ったとしてもタイミングもあります。

だから1ヵ所だけ!!

ここだけ!!と思わずに、ここがダメなら次を探す。

そう考えて探すのが良いのだと知りました。


カウンセリングが上手くいくのもいかないのも、どちらでも初体験なので面白がろうと思います。

ワクワクしながら自分の回復力を信じて「時間薬」も使います。


ゆっくり、しっかり。

肩の力の抜き方も学びます。

適当も学びます。


世界は興味深いで溢れていますね!


またここに思いを吐き出しに来る事だけは決定事項ですが。

また次のへにょりブログをお待ち下され。


私は今、幸せです。

読みに来て下さり、ありがとうございました!!


旦那ちゃんにも思うところがあるでしょう。


複雑性PTSDという病名を晴れていただいて、私ばかりが嫌な事から逃れて守られていますから。

狡く感じますよね。


それに対して私も逃げてるばかりで良いのか?と、本人が思っていますから。

でも考えると動悸が出て、薬を飲んでを繰り返しています。


まだ早い、回復を甘く見過ぎていると言う私と。

さっさとどうにかしろと、結果ばかりを求める私。

心がバラバラでした。

どれくらいで回復出来るのかも分からない不安があります。


旦那ちゃんと今後の事を話す度に、動悸が出て薬を飲んでいました。



旦那ちゃんの実家にも顔を出さなくなって、どれくらい経った事でしょう。

すみません、凄く楽です。

凄く面倒臭くないです。


義母の為だけに合わせた時間を持つというのは、私にはとても疲れる事なんだと。

改めて気付きました。

義母は基本的にはこちらに合わせてくれない人だからです。

自由度が少ないのです。


義母と大学病院へ行くのに会う時には、義母が快適に過ごせるように全勢力を傾け過ぎていたのです、私は。

そして毎週決まった曜日が訪問看護です。


訪問看護の付き添いだって、義母が落ち着いてきたのだから私が参加する必要はないのに、止め時が分からずに続けていました。

そこでも全勢力を注いでいましたから、私のもつキャパシティを越えて疲れてしまっていたのだと今は思います。


まだまだ適当が出来ません。

私が出来る丁度良い距離感、手抜き感が分かっていないのだと思います。



それなのに義弟様のお嫁さんも年末に来るという時に、ただ赤ちゃんをおばあちゃんである義母に見せに来る事を「○○さん(義弟お嫁さん)も来てくれるのは気を使ってくれてるんだと思うから、スノーさんも来て」と言っていました。

赤ちゃんを祖母に見せに来るのに、そこに母親がただ同行したら「気を使ってくれている」と表現される。


私の子供が小さい時にはジャンジャン実家に呼び出されて、子供を週に何度も連れて行っていて当たり前でしたよね?

子供1人で行けないんですから、私が連れて行くのです。

義弟様のお嫁さんとは違って近いから良いじゃん、ですか?


扱いが私と義弟様のお嫁さんでは本当に違いますよね。

そうゆう不平等は実家で散々にやられてきて、今回こうして傷が開いてやっとで気付きました。


こっちの実家でもですか。

私は何ですか?

気を使って関わってきたのは私じゃないのですか?

意見も「いーじゃん」と一蹴される、都合良く扱えるサウンドバック人間ですか?

何でそんなにも大切にされないのですか?

何でどんなに尽くしても、尊重して貰えないのですか?

雑に扱われるのですか?


何もかもが気に入りません。

やっとで義母に対しての怒りも感じられるようになって来ました。



そのうちに過去の事も思い出して来てしまいました。


亡くなっている義父はアル中でした。

家族の誰もが相手をしない中で、あの頃の私は寄り添おうと頑張ってしまっていました。

結果、依存されてしまいました。

私は関わり方も勉強して、理解もしていないのですから義父にしてみたら、とても都合が良かったのだと思います。


夜中の2時頃に毎晩毎晩義父から電話がかかって来ました。

寝ているところを起こされるのですから、本当に迷惑でした。


ブロックして寝ていると、翌日には義母に

「スノーさんが電話に出てくれないとお父さんが暴れて困るから出て」

とお願いされました。


私はそれを仕方ないと受け入れていましたが、馬鹿でした。

なぜ私が迷惑を受け入れなければならないのでしょうか?


そんな事をされても仕方のない人間なんて、どこにもいません。


今なら電話に出る事を強要する義母に

「嫌です、眠いですから。」

と断ります。

きっと断っても、相変わらず「それくらいいーじゃん攻撃」をしてくると思いますが。

それか

「すみません、寝てて気付きませんでした。

起きれないものは仕方ないじゃないですか。」

そう言って義父からの電話をブロックして起きずに寝続けます。


そういえば旦那ちゃんもこの時、そんな理不尽を妻に押し付けるなと助けてはくれませんでした。 

アル中患者を直に見ている義母の方が大変だと思っていたからでしょう。


この頃から旦那ちゃんは義弟も実家も優先だったのを、文章を書いていて思い知らされました。


私は誰からもどう扱っても良いと思われていた人間だったようです。

いーじゃん、スノーにだったらいいじゃん。

少しぐらい我慢してくれてもいいじゃん。

面倒くらいやってくれてもいーじゃん。

いーじゃん。

いーじゃん。


一昨年末から始まった事ではなく、私はもうずっとずっと前から基本的にこんな扱いだった事に、やっとで気付きました。


ただ、地獄を見たければアルコール中毒家族を見ろと言われるくらいに壮絶です。

だから旦那ちゃんも、義母も。

逃げていた義弟以外は傷ついて毎日が傷だらけで。

誰をどう助ければ良いのかの判断すら出来なかったのは確かです。


だからといって仕方ないと割りきれるものでも、許せるものでもありませんが。



そもそもアルコールとは周りへの迷惑を省みない行動をしてしまう怖い飲み物なのです。


それを飲むのを選んで、見事にコントロール出来なくなった義父。

そして義父が暴れるからを理由にして、怖い飲み物のお酒を買い与えてる義母。


そうして産まれた迷惑が、なぜ息子の嫁である私にやって来たのでしょうか?

そうして迷惑を押し付けて、なぜ誰も私を助けてくれなかったのでしょうか?


確かにとても難しい病気です、アルコール中毒は。


でも家族の勉強会に連れて行って、一緒に学んでも義母は最後まで自分がアルコールを運ぶ事で加担している事に気付けませんでした。


私も含め、先生も参加者も

「あなたがお酒を買いに行く必要がない」

と言っているのに。

頑なに

「でも暴れるから仕方ない」

といつまでも自分が被害者だと思い込んでいました。


いいえ、私に迷惑を回している時点であなたは既に私にとっての加害者だったと思います。

あの頃は気付かないふりをしていましたが。



アルコール中毒で幻聴・幻覚から言ってもいない事をスノーさんが言ったと言ってお父さんが暴れるから、いいから来て謝ってと言われた事もありました。


何もしていないのに。

義父の面倒を家族全員が面倒臭がる中で、私の方が一生懸命に関わってきたのに。

何でこんな思いをさせられなきゃいけなかったのでしょうか。


「2度と実家に関わらない、もう行かない」

と言っても良かった内容だと今の私は思います。


中途半端に支えずに、そうして困って困って、さっさと医療に繋がって貰った方が楽になったのではないでしょうか。


そうしていたら私もこうして今、恨みに思う事もなかったでしょう。


こんな事もさせられた、あんな事もさせられた。

他のエピソードもいっぱいあります。

理不尽に思う気持ちが溢れ返って、頭の中が怒りで埋まりました。



過去の私は我慢して我慢して全てを飲み込み過ぎました。

飲めないものは飲まなくて良かったのに。

今になって、こうして反動がやって来ました。

盛大に吐き戻す事になりました。


過去はもう変えられないのに。



だから今、こうして義母にも会わないでいる生活は、楽でしかないのでしょうか。

私の罪をまた1つ見つけてしまいました。



私が実家に関わらない分、主人が関わっているのですが。

ある日、こう言われました。


「これをスノーに言って良いのか分からないんだけど。」

と前置きをして。


「スノーは母ちゃんに関われない事で自分を責めてるみたいだけど、母ちゃんはスノーを責めてないし、逆に心配してるからそこは安心して欲しい。


会いに行く度に

「スノーさんはどうなの?」

って聞かれるくらいで。


母ちゃんはスノーの事が好きだから会いたくて、でも今は会えない、ラインも止めて貰ってる。

それは理解してくれてるんだけど。


母ちゃんがスノーに会いたがって寂しそうな顔を見る度に、可哀想で俺はどうしていいか分からなくなる。

母ちゃんが可哀想で可哀想で。」

そう言って涙ぐむんですね。


それを旦那ちゃんから聞かされました。


うん、それ。

完全に私に言うべき内容ではございませんよね。



そもそも、そもそもですよ。

義弟と会いたくないと私が断っているのに断らせず、嫌な事を私にしたのは誰なのですか?

今までもそうして理不尽な扱いをしてきたのは一体誰なのですか?


それで嫌がられて距離を置かれて、悲しい、寂しいって。


じゃ、しなきゃ良かったし。

それを自業自得っていうんじゃないんですか?


私は何をされてもただ許せと言われてるんですか?

そんな事をされ続けても嫌ったらいけないのですか?

何で義母が被害者ぶって、旦那ちゃんはそれを庇っているのですか?


そして何でそれを、私は聞かされなきゃいけないのですか?

頭の中がブラウン管のテレビのザーザー画面で埋まりました。


薬を飲んでも飲んでも止まない動悸の嵐でした、この時は。


私は何なのですか?


つづく。