今日は、もの凄くヤリキレナイ気持ちで書いています。
今日、日勤での出来事。
91歳の方がお亡くなりになりました。
その方は入院してまだ数日でしたが、入院時からシビアな状況であったのは確かなのです。
ご高齢でもありました。
ご家族も、
先生からの、現状が厳しいという説明で
受け入れなければ、どうしようもない、
と、感じられているようでした。
もしもの時(生命の危機的状況になった時)、延命治療はどうなさいますか?
という医師の説明を受け、現状を受け入れられず、否定しながらも
「本人が苦しまないようにして下さい。どうかお願いします。」
とおっしゃっていました。
それが昨日の話です。
今日、最期の時が訪れてしまいました。
昼12時25分頃です。
それまでしっかりと打っていた心拍がゆっくりと下降し始めました。
すぐに、今日のリーダーに報告、Drと家族に連絡して欲しいと伝えました。
もちろん、リーダーはすぐに連絡を始めました。
その間も、患者さまの心拍は下がり続けます。
声をかけました。
必死で。
おうちの方が来るよ、と。
待っていましょうよ、と。
痰も引きました。
酸素量も上げました。
でも、ご家族の「苦しまないように」
のご希望がある以上、他にできることがなくて
必死で話しかけ続けました。
せめて、ご家族が見守られる中、、、、、
という思いでした。
患者さまは、
声をかけ、少し胸元あたりをさすると
心拍が上向きになり・・・・・・・
しかし、すぐに又心臓の動きを弱めてしまいます。
それをみた、本日のリーダーは、、、、、、、、、、
「何もしないのが家族の希望なのよ。もうやめてなさい。そんなことしても無駄。どうせ間に合わないんだから。あんたよくやるね。」
と。
そうでしょうか?
苦しまないように、というのはそういうことなのでしょうか?
声をかけることも、ご家族を望まれていない、と本気でそう思うのでしょうか?
自分の家族だったらどうなのでしょうか?
解りません。
お見送りの時も、黙祷をしないスタッフ、リーダー。
91年生きた、その方の人生の最期の瞬間に立ち会わせていただいた身分で、
目をつぶらない。頭を下げない。
なぜでしょう?
なぜでしょうか?
その方が91歳と往生したからでしょうか?
生命の最期に、0歳と100歳の差は、
あるのでしょうか?
家族にとっては何も関係のないことです。
愛する人を失う辛さは、
ご家族にしか解りません。
リーダーはプロ意識の強い方なのかもしれません。
でも私には解りません。
どうしても、イノチの最期を業務として捉えることはできないんです。
何十年たっても、気持ちを変える気は
ないです。