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桜のブログ

思い出アルバム

息子とさくと箱根に行った、久しぶりに好きなものが似ているMちゃんと一緒に谷中へ行った^^

書かなきゃと思いながらもダラケてる💦
 
今夜は簡単にアップしやすԅ(¯﹃¯ԅ)
 
勤労感謝の日は出勤で、仕事終わってからダッシュで向かうは昭和記念公園🛵
夏に台風で流れた花火大会が開催される日だぁ~🎇
 
18時~19時って💦
猛ダッシュで帰って残り30分だけ見ることが出来た( ˶´⚰︎`˵ )

※動画の声は周りの見物客の声です。けっこうウルサイ汗

 

月明かりが案外明るいねぇ

 

 

 

 

 

 

冬の花火は空が澄んでいていいね!

 
今夜の夜散歩は、いまだけ限定の「イチョウのライトアップ」を見にテクテク歩いて行ってみた笑

 

あえて遅い時間に行ったら さすがに人がまばらでラッキー顔

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、12月で13歳になっちまうよぅバフッ!

 

 

 

以上、昭和記念公園からでしたぁ~

 
昼間は久しぶりの玉川上水散歩🐾
 
 
 
 
 
いつもの緑地散歩🐾
 
 
ほいじゃぁ~ おやすも〜笑

 

 

 

 

 

さくと……

 
 
 
 
 
 
 
 
こんな俺でも好きか?!💦
チクチクだらけになっちまったԅ(¯﹃¯ԅ)
 
自分じゃ~取れない💦
 
チクチク全部取るのに、10分近くかかったwww
 
近所の無人販売で🍆🍅🥑🥦🥒🌶🥕🥔
壬生菜は特製おひたしで食べた(笑)
 

今日は日野市高幡不動から少し先の「ポワント」さんへ体のケアに行ってきました。

急性膵炎で入院後に一度行ったっきりでした。

首、肩がバリバリに張っている状態からの施術。

 

身体は正直バフッ!

施術開始から間もなく、滞っていたものが流れたのでしょう。

汗が出始めましたwww

施術が終わってからも、変わらず汗が出て来る出て来るw

自宅に戻ってから、ひしひしと楽になった体にホッと一息ついている所でございます^^

 

 

して・・・

昨日はさくと国立市は大学通りで開催されていた「天下市」へバフッ!

 
 
出店がいっぱい出ていた!
 
大学通りを封鎖して、色々な催しが用意されており、家族連れでにぎわっていました音符

 

国立駅旧駅舎

「国立駅旧駅舎」の画像検索結果

 

「くにニャン」足跡

「くににゃん」の画像検索結果

 

所属:国立市観光まちづくり協会

国立市(くにたちし)の旧国立駅は、赤いさんかく屋根の駅舎でした。

長い間市民に親しまれてきました。

くにニャンは、その国立旧駅舎に出入りしていた猫の妖精と言われています。

 
我が家の天使「さくぞう足跡
 
 
 

今日は土曜日だが月に一度の出勤日バフッ!

仕事帰り原付で谷保天さんの裏道を走っていると、近所の人が境内へ入っていく。
あっ、今日はおかがら火の日だ!
 
原付停めて境内へ。
ちょうど神事の真っ最中。

 

おかがら火(庭燎祭)

本社拝殿の前に高さ3メートルにも及ぶ2基のマキの山を積み、午後6時に一斉に点火します。 炎の高さを競い御神木の転倒を防ぎ合う、関東における奇祭の1つと言われています。

 

おかがら火にあたると悪い病気にかからないと言い伝えられています。
この行事は養和元年(1181年)11月3日に天神島から現在の地に谷保天満宮が遷座した際、

その残木を神前で焚き上げたことから始められたと言われています。
当日、並行して、うそ替え神事も行われます。

 

 

うそ替え神事

11月2日と3日の両日、「うそ鳥」をお頒ちし、これを他の参拝者と交換し合うことによって、

その年心ならずも話したり行ったりしてしまったうそやいやなことを帳消しにし、

うそとして吉にとり()替える、とされています。


「うそ」とは、「うそ」という小鳥の形を柳の木を刻んで作り、腹部に空洞があり中に天満宮のおみくじを蔵しています。

谷保天満宮の「うそ鳥」は端正でユーモラスな風体が特色となっています。

 

昔からの村行事として、こうして谷保天の境内が賑わっていたのでしょう。

そんなに広くない境内が地元の方々で埋め尽くされていました^^
(何人か知った顔がチラホラw)
 

今年は「急性膵炎」で入院もしたことだし、おかがら火によ〜くあたってきました^^

 

 

 

谷保ではおなじみの「坂下お囃子」のみなさん。

いいねぇ~お囃子の音ひょっとこおたふく獅子舞

 

毎年おいしい「煮団子」をありがとうございますウ~ン
 
 
無料のアツアツ「煮だんご」をいただきました顔
 

 

 
次男とさくと一緒に箱根🍁





仕事で国立駅前に向かう途中、本田家の前を通った。

 

「本田家」

平成28年、本田たか()(ほんだたかお)氏より国立市に、貴重な文化財として活用しつつ

後世に遺すため、国登録有形文化財(建造物)である本田家住宅主屋(おもや)・薬医門(やくいもん)ならびに本田家旧蔵資料が寄贈されました。

本田家住宅主屋は江戸時代中期以前に建造され、現在まで下谷保の地で280年以上風雪に耐え、明治維新や戦火を潜り抜けてきました。国立市は市制施行から50年を迎えましたが、その歩みを市民の皆様と共に前身である国立町・谷保村の頃から見守り続けてきたのがこの家屋です。

それと同時に、国立市の近世・近代を語る上で、本田家は無くてはならない存在です。

歴代の当主は下谷保村の名主や谷保村村長を歴任するだけではなく、村医者・文人としても地域社会に貢献してきました。

 

十一代当主「本田覚庵」

日記では近藤勇、土方歳三の名が度々登場するが、二人の書の師としても知られている。

 

甲州街道に面して「医者本田」「新屋(覚庵の生家)」「本家(写真の本田家)」があり

覚庵は、「新屋」の本田郡司と妻トキの長男として文化十一年(1814)に誕生した。

母トキは本田随庵(九代)の娘で、随庵の弟子であった郡司(貫井村産)と結婚して

本田家の分家(新屋)となった。

 

本家では、子孫が相次いで早世したため、覚庵が本家十代昂斎の養子として迎えられ、

昂斎没後二十歳そこそこで本家の十一代当主となる。

 

また、覚庵の妻ギンは石田村(現東京都日野市)土方氏の産(過去帳・墓碑によると昂斎の娘)である。

 

中略

 

天保八年頃から覚庵は自らの医療活動を開始したようである。

時期は下るが、万延年間以降の日記には、連日のように往診に出向く村医者としての活動の様子が記録されている。

 

その行動範囲は、谷保のごく近隣から始まり、分梅・戸倉・国分寺・貫井・府中・立川・日野・砂川などにおよぶ。

 

本田家十二代定年(退庵)は書道のみを継いだ。

この退庵は、函館から長崎までを筆一本で歩いたという。

その大旅行の目的は、近藤勇の首の行方や、土方歳三の忘れ形見などを探すことであった。

同時期、小野路の34ヶ村の寄場名主であった小島鹿之助(18301900)の四男「誠之進」が

明治二十九年六月に滋賀県へ出張し、県議会の速記の仕事をしていた。

兄守政の「小島日記」には、大津の旅館に宿泊し、七月十四日着の郵書によると、

滋賀県の仕事が終わって京へ向かうとある。

京都寺町綾小路法然寺に滞在していた本田退庵と誠之進が合流したことがわかる。

退庵は約一か月を誠之進と行動を共にしている。

誠之進は退庵に案内されて近藤勇の首級を埋めた場所を訪ねている。

 

日野宿名主であった佐藤彦五郎の長男「俊宜」は、

「武蔵野叢誌」二十三号に家伝の薬の広告として戯文「日東家傳勅命丸」を書き、

これが拡大解釈されて天皇陛下に対する不敬罪事件となり投獄された。

 

本田退庵も同誌の文芸欄の編集などをしていたため、本田はいち早く逐電し、

三年にもわたって家を留守にした。

 

俊宣は辛苦の五年間を送り、憲法発布の大赦により帰宅するも、義兄の退庵が諸国漫遊すること三年に及び、まだ帰っていない。

 

そのため、九州の熊本にいる退庵を俊宣が迎えに行った。

 

明治二十二年五月八日に熊本の退庵を訪ね、

同六月六日、人車にて壬生寺に行き、近藤勇の首級埋葬地をここの墓守に聞いたら、山野八十八の住所を教えてもらったので、尋ねたところ「知らない」という返事であった。

その後、土方歳三の愛妾の行方を尋ねたところで「聞きがき新選組」は終わっている。

 

本田家は、日野宿の佐藤家・石田村の土方家との姻戚関係があり、

十一代昂斎に石田村土方家より「チカ」が嫁し、後代に至り覚庵娘「トマ」が佐藤俊宣に

嫁している。

 

※「本田家の人々が見た時代」参照

※ 誤字・脱字があるやも知れん

※ スマホで読み直してみると 誤字だらけだ><

 

木塀が……💦
倒れそうにあっっ
 
通勤では谷保天さんの裏路地を走っている為、本田家前を通過するのは久しぶりであった。
気が付くのが遅くなったが、この前の台風の被害なのか、庭側に倒れかかっている。
 
 
そりゃぁ痛みますよね><
 
これ以上被害が大きくならないうちに、修復願います。
谷保の歴史を守って下さいあっっ
 
3本で100円のねぎを5つも買った後に・・・
別の農家さんで実が赤いという「紅妃」という谷保産のキウイを買った。
まだ固いが4日程で食べごろになるそうだ^^
 
続いて、よく立ち寄る国立産の野菜を販売しているお店に!
今しか買えない「大根の間引き菜」を4束買って帰る。
帰り道の原付の足元が大量の野菜でいっぱになった事は言うまでもないw
 
又別の日のさくとの散歩の様子足跡
 
 
 
草を食べたから、口から草がぺろ~んと出てるww
 
 
多摩川の土手を走り回って・・・
 
谷保の行きつけの農家さんを覗き、小松菜・サニーレタス・ラディッシュをそれぞれ100円で買って帰るラディッシュ
おかげ様で我が家の冷蔵庫は朝採れ新鮮野菜でいっぱいだw

土曜日の11時頃、突然決めた高尾山山歩き大山 勿論原付で向かう青バイクブ~・・・(車)。

ここに着いたのが13時だったのと久しぶりの山歩きだったので、行きはリフトで行くことにリフト
 
さくはスリングで抱っこ
 
リフト降りて少し歩いて、「天狗焼き」を買う紅葉
 
まわりは「カリッ」中は「モチモチ」とした生地は香ばしく、中身は甘さ控えめの黒豆あん。
食べ歩きグルメでは、人気No.1!!
是非、焼き立てをご賞味あれ!!
 
ベビーカステラといい、天狗焼といい、さくはこの手の匂いに弱いww
ワンちゃんにもって、天狗焼の周りのカリカリした所をいくつも袋に入れてくれる^^
 
めっさ久しぶりきらきら
旨いんだよねぇ~コレ音符
 
さくは天狗の頭のカリカリ部分をあげたバフッ!
 
 
ここに座って天狗焼きを食べながら景色を楽しむ顔
 
 
薬王院に向かう参道の「案内板」が前回の台風で倒れてた><
 
大きな木が何本も折れていたあっっ
 
山門前にて
 
御本堂
 
薬王院御本社前にて
境内から突然人が現れたので、振り返り慌てて逃げようとしたから耳が逆立ってる様子w
 
御本社前の鳥居
 
とりま頂上へ。
ここで写真を撮る人が並んで居る汗
さくはブルブルしたから 耳があっちゃこっちゃw
 
頂上からの眺め
 
さて下山します。
コースはいくつもあるが、大好きな稲荷山コースを選ぶ。
 
ここを歩いていると鎌倉の「天園ハイキングコース」を思い出す↑
 
 
 
 
台風で倒れてしまった大木がコースを阻むぐるぐる
 
 
 
 
 
 
帰宅した夜から昨日まで、強烈な筋肉痛だったのは言うまでもないw

両親の墓前参りをすませ、近くの「桂福寺」へ立ち寄る。

 
 
この朱色の鐘楼山門が素敵で、今までにも何度も立ち寄っている^^
秋の空に映えますねぇもみじ
 
 
桂福寺は、東京都八王子市にある曹洞宗の寺院。山号は治龍山。
寛永2年創建。 文政6年建立の鐘楼山門は、総欅造りの二階建で、二階部分が鐘突堂という
珍しい山門である。
天然理心流の祖近藤内蔵之助と二代目近藤三助の墓がある。
 
 
いつ訪れても供えたての生き生きとしたお花が供えてあり、
いつも綺麗掃除もされております。
 
 
 
この時期は八王子市高月町の田園風景がキレイなんだ稲
都内最大級の田園風景が広がっている^^
 
稲穂がサワサワ・・・・
 
ボチボチ稲狩りも始まっているようだ。
さくを抱っこしてスマホ片手に田んぼの端っこに立つ。
お兄さんが歩いて来たので「写真撮ってもいいですか?」と尋ねると
めっさ笑顔で「どうぞ!どうぞ!^^」とありがたき返答顔
田んぼにお邪魔させていただく。(さくは抱っこのまま)
 
 
たまにデッカイバッタバッタでかバッタが飛んできて ビビったけど
青臭い香りがたまらなく清々しいトンボトンボトンボ
 
 
ちょっと歩くと小さな丘陵。
竹竹竹がビッシリと生えており、日陰は寒いくらいウ~ン
土の香りが心地よい山
 
その足で日野の万願寺まで黒バイクバフッ!
歳三さんと勇太郎さんの墓前参り顔
 
 
 
石田寺で墓前参りをすませ、万願寺での用事もすませた後に近くの公園を散歩。
 
木陰と日なたで見る彼岸花の色が違って見えた彼岸花彼岸花彼岸花彼岸花彼岸花彼岸花
 
散歩するのに気持ちがいい季節になってきたねぇ さく〜ゴールデンレトリバーLOVE
 
 
 
 
 
 
 
今度はどこへ散歩に行こうかハート

日曜日、仕事帰りに日野宿本陣へ寄り道。

職場から右へ一回、左へ一回曲ると本陣へ着く黒バイクバフッ!
 
この日は夜まで見学できる日。
 
日野宿の名主であった「佐藤彦五郎さん」の子孫である佐藤福子さんご夫妻と
偶然にお会いした^^
相も変わらず和服姿が凛々しくて素敵でした顔
 
                   コレ 福子さん^^
 

 

 
日中訪れるのもいいですが、夜の方があったかい雰囲気があって好きですねぇ~
 
 
甲州街道に展示されているパネル。
明治時代後半の日野宿本陣。
左側の格子窓の所が「佐藤道場」でした。
(現在は駐車場) ※佐藤彦五郎新選組資料館所蔵
 
 
 
この日は八坂神社例大祭で賑わっていました。
 
 
翌日は渋谷のNHKへ。
姪っ子がNHKの子供番組出演のため、収録中のチビの子守りを頼まれた笑
 
暇つぶしに「スタジオパーク」をたらたら見学することにした足跡
っしかし・・・ここの空調どうにかしてくれっ汗
暑いのなんのって、汗ダクだったぜよよだれ

 

収録本番が始まったところで スヤスヤじー

 

帰宅後は、さくと緑地を散歩足跡

緑地保全地域で自然がそのまま残されております。

 

彼岸花の別名、「曼珠沙華」。

百恵ちゃんの歌にもなりましたねぇ~って 歳がバレるwww