人の苦しみには意味があると知って、未来を開いていく勇気と自信が湧いてきた

http://voicee.jp/2015040310919

世の中はなんと不公平だろうと思っていた

中学生の頃からマザー・テレサの生き方に憧れていた私は、「将来は苦しんでいる人たちのお役に立ちたい」という志を持っていました。

看護大学を卒業後、2年ほど看護師として病院勤務した後に、保健所の保健師となりました。

しかし、実際に仕事を始めると、本当にいろいろな苦しみを抱えた人と接します。

真面目に生きてきた人が病気にかかって家族が苦しむ姿などを見ては、この世はなんと不公平な世の中なのだろう、という気持ちにとらわれていました。

また、幼児虐待を受けている子供と接するのは非常に辛いものでした。

心理学の本などを読んで研究すると、幼少時に不幸な体験をするとそのトラウマから逃れるのは難しい、ということが書いてあり、「自分がいくら頑張っていろいろと心のケアをしてあげたところで、この不幸な子たちは、このまま暗い人生を送るしかないのだろうか」と落ち込みます。

「人生の意味はどこにあるのか」という疑問の答えを探し、精神世界の書籍などを読む日が続きました。

人が困難にぶつかる意味を知った

そんなとき、知り合いから大川隆法総裁の『太陽の法』をいただきました。

私は学生時代からキリスト教の信仰を持っていたので、はじめは新宗教の幸福の科学に抵抗を感じましたが、いざ本を読み始めると、その言魂にどんどん引き込まれていったのです。

そこには、今までキリスト教の教えでは分からなかった、人はどこから来てどこへ行くのか、人は何のために生きているのか、人生の苦しみにはいったいどんな意味があるのか、という疑問への明快な答えがあったのです。

なかでも印象に残った教えは、人間は生きていく過程でぶつかるさまざまな困難のなかで魂の修行をしている、というもの。

いろんな苦しみにある人を見てきたけれど、その一つ一つが魂修行に必要な「人生の問題集」だったんだということがわかったからです。

さらに幸福の科学では、人は心によき種をまき、努力を重ねることで、人生を変えていくことができるという「縁起の法」が説かれていました。

今は虐待されている不幸な子供であっても、心の力で、いつの日か幸福な人生を生きていくことができるのだと、初めて希望が湧いてきたのです。

こうした教えをもっと学んでいきたいと、私は幸福の科学に入信しました。

未来を開いていく勇気と自信が湧いてきた

仏法真理を学び、反省と与える愛の実践を始めると、それまで自分にあった「頑張って人に認められたい」という自我の心が少しずつ取れていき、職場の人間関係も好転しました。

しかし、私自身の心の中には、まだ暗い心が残っていました。

私は幼いころから、母に「あなたはダメだ」と、やることなすことを否定されて育ち、「どうせ私なんて……」という劣等感を強く持っていたのです。

そして「なぜ母は厳しい言葉で私を育てたのだろう?」という疑問がなかなか抜け切れませんでした。

そのころ、総本山・未来館で「運命改善研修」という研修が開催されていることを知り、「この機会に本気で自分を変えたい」という気持ちで参加しました。

研修では、いろいろな方の人生をケーススタディの形で学びながら、人生にはそれぞれの人に必要な魂修行の問題集が与えられているのだ、ということを実感していきます。

研修の2日目、祈願に参加しました。目を閉じて心を静め、感謝の思いを捧げていると、目の前にまばゆいばかりの光の扉が現れました。

扉がゆっくりと開き、中から光が溢れてきます。この中に入ればいいということは分かりましたが、怖くて躊躇していると、美しい女性の霊人たちが現れ、「大丈夫、前に進みなさい」と私の腕を取ってくれました。

すると上方から、サーッと一条の光が射してきたのです。私は、勇気を出して、扉の中に入りました。

まばゆいばかりの光に包まれ、「ああ、私たちはみんな、仏のこの大きな愛の中で生かされているんだ……」と感じました。

気がつくと、私は礼拝室で合掌していました。

今まで、「なぜ自分も他の人も、苦しみの中で生きていかないといけないのか」と思ってきたけれど、私も、母も、仕事で出会う方たちも、本当はずっと仏が愛の光のなかで生かされていたことに気づきました。そして、天上界の多くの霊人に支えられ、守られていたのです。

天上界の天使たちとの一体感を深く感じ、私の心の中に「未来を明るく開いていく」自信と勇気が湧いてきたのです。

霊的人生観に基づいた本当の希望をともしたい

その後も精舎研修を通して、反省を重ねていきました。

子供の頃、母に厳しい言葉を言われたことも、仕事でこの世の理不尽さに疑問や悲しみを感じたことも、すべて私自身がそれを乗り越えることを通して、他の人の苦しみを理解しつつ、愛を与えていくために必要な学びの機会だったのだ、と思えるようになりました。

過去の体験一つ一つが、私にとって宝物のようにキラキラと輝いて見えてきたのです。

仏法真理に出会う前は、苦しみにある人を見ると、「かわいそう」という気持ちから自分も苦しい思いをしていました。

しかし今では、苦しみの中にある人に対しても、霊的人生観に立ってその方の苦しみの意味を考え、心に光を灯すことの大切さを伝えられるようになりました。

保健師の仕事をしていると、自分の子供の気持ちが理解できなくて苦しんでいる親や、なかには幼児虐待をしている親にも出会います。

虐待してしまうまで心が追い詰められている、その方の“魂の叫び”をありのままに受け止めつつ、忍耐強くかかわる中で、相手がふっと心を開く時が訪れます。仏の光が、その方の心に流れていることを実感する瞬間です。

また、以前私が担当していたお母さんから、「Hさんにお世話になったおかげで、今では子供がかわいく思えるようになりました」といった連絡が来て、本当にうれしくなることも。

仕事も順調で、昨年はイギリスの公衆衛生事情を視察する海外派遣のメンバーに選ばれ、発達障害の子供を支援していくための仕組みづくりを学ぶことができました。若い頃に描いた希望が実現しつつあるのを実感しています。

これからも、霊的人生観に基づいた本当の希望を、一人一人の心の中に灯していきたいと願っています。