2025年9月16日、父が亡くなった。
闘病して1年とほんの少し。
本当に急に。
もちろん闘病はしていたけど、ほとんど通院だったしギリギリまで普通に過ごしていたから
まさか、そんな急にいなくなるなんて思いもしなかった。
人って、こんなに簡単にこの世からいなくなるんだ。
亡くなる一週間前くらいに、いつもよりきつくなって
一応入院しようってなって
前日も病院で、また明日ねって。
明日は休みだからゆっくりいられるよって。
来る頃には血液検査の結果が出て次の治療どうするかってなるんじゃないかなって
そんな話してたのに。
それが最後の会話になった。
そんなにきつかったの?
死んじゃうほどに?
まだきつくてもオムツはせずにトイレに行って
食欲はもうなかったけど、まだそうなったばっかりだったから
あんまり痩せてもなかったし
かっこつけの父だったから、らしいといえばらしいんだけど。
病院のベッドの上で趣味のドラムのスタンドはネットで頼んでいたし
次家に帰ったら、介護用のベッドを買って用意しようとか
(長く使うからいいの買うって言ってたらしい)
そんなこと言ってたくらいだからきっと本人もまだ死ぬ気はなかったんだと思う。
早朝4時半くらいに病院から電話があって、まだ意識はあるんですけど脈が少し少なくなってきていて
まだ来られなくていいとは思うんですけど、お母様にも電話したら今から来られるとおっしゃってましたっていうから
じゃあ私も行こうかな。くらいの気持ちで、もしかしたらもう今日、明日なのかな?
どうなるんだろうって感じで病院に向かったら
30分後ついたときにはもう父の意識はなかった。
夜中12時過ぎに身の置きどころがない感じできついって言ってて
看護師さんにはひとりにしてって言ったらしい。
なんでその時、家族呼んでって言わなかったのよ。
まだ死ぬ気じゃなかったのかな。
母が言うには、眠れば落ち着くって思ったんだと思うって。
だけど、病院からの電話の時点では意識はあるしお話はできるんですけどって
まだ大丈夫ですけどって感じだったから
そこから急に悪くなったんだろうね。
癌って治療して、薬が効かなくなって、食べられなくなって、痩せてって
段階踏んでいくんだと思ってたけど
こんなに急にってことがあるんだ。
父は寝ているような感じで、亡くなる寸前まで、穏やかな呼吸で。
私が到着して10分くらいで、すーーーーーっと
逝った。
本当にあっけなく。もう父とは会えなくなった。
今でも信じられない。
同じ年にふたり、身近な人がいなくなって
まだ今でも、急に胸がぎゅうってなる。
気持ちを表すのにちょうどいい言葉が見つからないんだけど
もう会えないってことが、信じられない。
もう、この世にいない。
輪廻転生とかさ、いうけど、自分が前になんだったかの記憶なんてないんだから
じゃあないのと一緒じゃない?
今の自分で、もうあの人たちに会うことはできないって
それが辛いんだよね。
人の最後を見送るのって本当に、つらい。
だけど、見送ってあげられてよかったとも思ってる。
ちょっと変な、おもしろい父。
自分勝手で、マイペースな父。
あんまりお父さんっぽいことはしてくれない人だったけど
子どものときは、たくさん遊んでくれて、ひょうきんで
友達みたいで大好きだった。
娘がそんなこと思ってるなんて知らなかっただろ。
私の人生まだまだ見たかっただろ。
もし父に、なんで死にそうにきついなら最後に会いたいって思わんの!?
呼ぼうと思わんかったと!?て聞けたとしたら
きっと答えはこうだ。
俺だってまさか死ぬなんて思わんかったもん!!
そもそも、きついっちゃけんそんな余裕ないし!!
それが、私の父だ。
私の半分は、その父でできている。
全然性格は違うけど、似ているような気がする瞬間もある。
娘としてあまり喜ばせられるような人生じゃないけど
私が父をのせて代わりに生きてあげる。
私が生きている限り、父はこの世に存在しているってこと。
そんなご立派な父ではないので、それで十分だ。
ありがとう言ってほしいくらい。
写真は、新しいお薬を使うから副作用みるために一応入院になって
一週間くらい入院して退院することになったから迎えに行った時。
ティアドロップで退院してくる人いる?!
あーそういえば、亡くなる前にも
退院するときに着るTシャツがないからもってきてって家族ラインに入ってたな。
父としては、あまり苦しい時間がない
いい最期だったのかもしれない。
こっちは大変だし、到底いいと思える最期じゃなかったけどね!!!
と、私は声を大にして父に言いたい。
