今夜もエアコンが一時停止していて、
メッチャ寒い(((( ;°Д°))))
しかも今日は、電磁レンジ使用開始が後回しになったけど、
念願のソファベッドが届いたから、良しとするかな
その晩、食事の後、部屋に戻っていると、
綾姫様に呼ばれた。
「姫、お呼び立てして申し訳ございませぬ」
「いいえ、何か御用ですか?」
「御使い殿、呼んだのは俺だ」
「あ、謙信様……」
「梅雨とはいえ、こう雨続きでは詰まらぬ。
物語など、せんと思うてな」
「物語、ですか?謙信様が?」
「意外でしょう?幼き日、鬼若殿と呼ばれた頃から、
この御方は兵法書と並んで、物語が大好きであられますのよ」
「おう、それのどこが悪い」
「そもそも『源氏物語』も『伊勢物語』も、
我が国の誇るべき貴重な財(たから)だ。
心を豊かにし、優しぅ穏やかにする」
「――使い殿」
「は、はいっ!?」
「よいか、御使い殿。道鬼斎のことは案ずるな」
「……!」
「あのような不逞の輩に、そなたをおめおめ渡したりはせぬ。
心を強く持てよ」
「……はい、ありがとうございます」
「御屋形様、御酒をお持ちしました」
「おお、済まぬな。どんな風雅な物語にも、
これがなくては興が乗らぬ故」
「それで、今宵は何の物語をお聞かせ頂けますの?」
「ふむ……遠い遠い昔の、隣の国の物語といこうか」
「隣の国?」
「隣と言っても広いがな。河の南だ」
「まあ、黄河の南でございますか」
「そうだ」
(黄河?中国――!?)
「ああ、そうそう。――暁月、翠炎、お前達も入れ。
ただの警護は退屈であろう」
「御無礼致します」
暁月と翠炎は、音も無く部屋に入ってくると、
目立たない隅にひっそりと座った。
「暁月、居眠りするなよ。
翠炎は、いつものように笛を併せてくれるな」
「御意」
謙信様の言葉に懐から小さな笛を持ち出すと、
翠炎はそっと唇にあてた。
「さすれば――いざ」
翠炎の笛。綺麗で、でもどこか哀しい旋律……
「今より、千と七百年前以上も昔のこと、
宋の国に、荘子という男がおった……」
「ある時、荘子は夢を見た。
夢の中で胡蝶となり、ひらひらと舞った。
心ゆくまで羽を広げ、天空を舞い遊んだ」
「夢の中で荘子は、自分が荘子という人間であることを、
すっかり忘れていた」
「ただ自由な胡蝶の心で、空を舞うことだけを
心の底から楽しんでいたのだ」
「しかし、はっと目が覚めると、人間である荘子がいる」
「つい先程まで、胡蝶であった筈なのに今は人間の心となって」
「荘子は問う。それでは、自分とは何か?」
「自分とは……でございますか?」
「荘子が夢の中で胡蝶となっていたのか、
あるいは、ここにこうしている自分が、今、
胡蝶が見ている夢なのではないか……」
(胡蝶の……夢……?)
「胡蝶が、今まさに
人間になった夢を見ているのではないか、と……
そう、申されますの……?」
「そうだ。そうでないと、誰に言えよう?」
「人間である荘子と、胡蝶とでは、全く違う形をしたものだ。
されど夢の中で、心は同じであったのだ」
「夢……そうですね……・夢の中で……」
「ここにいる自分は、果たして真の自分なのか?」
「それとも、ただこの時に、
こういう夢を見ているだけなのではないのか?」
「……これは、そういう物語だ」
「不思議な物語でございますね。……胡蝶の、夢……」
夢の中で、蝶々になった自分と、
目が覚めて、人間である自分、どちらが本当の自分なのか……?
「――暁月、起きておるか?」
「……は。けれど、よく解りません」
「ほう?」
「夢の中で何になっても、俺は俺です。
何時だって、ここにいる俺が、俺自身です」
「それもまた真理よの。自らが何であるかなど、
心が確かなら思い悩むにはあたらぬという事か」
「ふふ……。暁月には、
もっと勇壮な波乱万丈の物語が楽しめましょう。
翠炎は如何でしたか?」
「胡蝶も人も、
全てが夢の中の出来事のようにも思えます。
遙か昔の、儚き人の夢にて……」
「二千年の人が紡いだ物語が、
こうして私どもの間で語られる……
永遠とは、こういうことなのでしょうか?」
「そうかもしれぬな……」
今、私は、謙信様の傍にいる夢を見ている、
違う誰かだったりするんだろうか……?
「さて、次は何の物語を致そうか?暁月、何ぞ望みはあるか?」
「できますれば、戦や戦いの出てくる物語などを」
「では『籠太鼓』といこうかの」
「籠太鼓?」
「これは世阿弥の作よ。
九州松原の某(なにがし)は、関という男を雇っておった。
さて、この男が……」
謙信様の物語は、それからも続いた。