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桃:英語大好きさんのブログ

読んで下さりありがとうございます。
元々大好きな英語について書いていたブログですが、
今は持病である子宮内膜症について日々の闘病生活を中心に色々書いています。
よろしくお願いいたします。



病気になって8年くらい経ちますが、(体調不良に気がついたのは15年くらい前だけど)

自分が病気であることを自覚してから、健常者の方々から見る病気の人への目を知るところとなり

それが必ずしも温かいものではないことに気がついてもう何年も経つのにいまだにその辛さに慣れることはありません。

当たり前だし仕方がないけれど世の中色んな病気があるとはいえ、

マジョリティーはやはり健常者たち。

ほとんどが健常者という世界で世の中は成り立っている以上仕方がない部分もありますが

健常者であったって大変なことはあるし、
社会人になって苦労するのも当たり前。
厳しい世界であることも当たり前である以上、

そういう人たちから見た持病の私たちって

甘えや、言い訳をしているようにしか見えないのでしょうか?

もちろんみんながみんなそうではないことも分かっていますが

自分たちが大変な状況だったり余裕がなかったりすると

人を優しい目で見る余裕がそもそもなくなるのが人間の常。

たまに『病気を盾にする人』とか『病気を言い訳にする人』などという字面を見ることがありますが

そういうふうにしか見えていない人もいるんだろうな…と思うと

いやいやいや…立場ないよなぁと思います。

仕事のパフォーマンス、性格などで嫌がられるのであれば

それは自分の努力不足だし、言い換えれば努力すればそれが原因で何かを言われることはなくなってくる。

でも、病気であるという事実は

自分が日本人である、アジア人である…とかいう身体的特徴と同じで

それを言い訳にするな!というのは

急に違う人種になれ!なれないのはただの言い訳だ!と言われるのと同じくらい意味不明なことを言われているわけで

もうそれが理由で嫌われるのなら、煙たがられるのなら、人間性を疑われるのであれば、

もう私は世の中渡っていけるのか…と思ってしまいます。。

確かに、確かにですが

本当にただの失敗をちゃっかりサラッと病気を引き合いにして理由として出してくる…とかなら分かります。

ただ、体調的理由でその日は体力的に何かが持続不可能で別のことをやるしかなかったり休むしかなかったときも

人間性を疑われてしまうのなら、言い訳だと言われてしまうのなら

もうきっとそれは、誰からも信用されないということなんですかね、、


もちろん、何度も書くけど

みんながみんなそうだとは言いません。

でも、そう思ってる人って意外と多いのかもしれないとも思います。


なぜ元々嫌われてしまうような要素を持ってなきゃいけないんだろう、、

こんなんじゃ家族も作れないのかしら、、

それとも私が拡大解釈をしすぎて人生を難しくしてしまっているだけなんでしょうか、、

いい歳してわからなくなってきました…。