パーキンソン病で服薬していた義父。

完治はしない病気ではありますが、年齢も年齢ですし、投薬で進行を遅らせることはできる。

服薬と毎日の運動(散歩)で対応するつもりでいました。

だがしかし、うちの義父です。

動きません。

寝るのが何より大好きさん…

朝食後に横になり(しかも居間で)

朝食後30分もしないうちにおやつを要求し、食べるとまた横になり

11時にはもう台所にいて

「昼飯はまだか」と催促し

昼飯のあとはまた横になり

1時半になるとおやつを要求し

4時の時代劇タイムになると

「晩飯はまだか」と催促…


一口大のお握りを朝食の準備のさいに10こくらい作っておいて、おやつ以外に催促されるとそれを渡しておりました。

野菜は漬物はよく食べるのですが、それ以外の野菜はあまり好きではないらしくしょっちゅう残す。

なので食べて欲しい野菜は刻んでハンバーグや肉団子、卵焼きに入れて食べさせておりました

先日、ケアマネしてる同級生と話す機会がありました。

「認知症になるとさ、なんていうか
その人の今までの他人への接し方が如実に出る

てこともあるんだよね」

と彼女が言ってたなあ…

義父は…
先日も書きましたが、とにかく私のことは
チンピラ呼ばわり
でしたね。

格下のチンピラだとあからさまにバカにしてくる。

あとは被害妄想。

たとえ原因が義父にあっても

すべてチンピラが悪い、チンピラのせいだ!

となる。

例えば、ポロシャツの襟を直してやると

「いてえーいてえー叩かれたー叩かれたー!
助けてくれー殺されるー!」

言いながら、裸足のまま天候関係なく外に飛び出していく。

近所の人でもいようもんなら、もう大変でした。


叩かれたー!
助けてくれー!

殺されそうになって逃げてきたんだー!

と泣きながら訴える…


「お義父さん、襟曲がってますよ、直しますね」


そう言っただけで殺されるだの叩かれた言い出す。

そしてこんなことも言ってました。

チンピラを悪者にして話せば、みながオレに同情して大事にしてくれる


得意そうな顔して、そんなことを嘯いてましたっけ…
若かりし頃から義父は短気で、DV気味だったそうで、

亡祖母に何か叱責されると、例えそれが義父が原因でも

「お前のせいで怒られたんだ!
お前が悪い、お前のせいだ!」

と義母を殴打していたそう。

理不尽極まりない話ですよね。

その他にも諸々あり、義母は義父を恨んでいたようです。

20年ほど前には義父の運転で死にかけ、ますます義母は義父を嫌うようになったようでした。

義母自身も手術やら骨折をし、からだも弱ってきてもいました。

部屋にこもって出てこないことも多くなりました。

義父の世話もしなくなりました。

生来だらしない義父がますます身汚く、だらしなくなり。

見ていられず、私が着替えさせ、洗濯をしてやるようになりました。

義父が尿漏れした下着やトレパンを何日も身につけていても義母は知らんぷり。

「くせえから、そばに寄るな!
あっちいけ!」

て義父を追い払う。

見かねて着替えさせ洗濯してやると

「ばあさんが今やろうと思ってたのに!」

とぶーたれる。

じゃあやれよ!

と何度も前歯の裏まででかかりました。

義父は義父で礼を言うわけでもなく、

「おめえみてえなチンピラにオレの世話させてやってるんだから、ありがてえと思え!」


て謎の上から目線。

やれやれ、と思いながらの日々がこうして始まりました。

義父、二言目には私のことを

「チンピラ」呼ばわりだったなあ。

オレは長男で跡継ぎだから、この家で一番偉いんだ!

おめえは中学しか出ていない片親のチンピラだ!

本来であれば、チンピラごときがオレと話すなんてとんでもないことなんだ!

オレの世話させてやってるんだから、ありがてえと思え!

とよく言ってましたねえ…

オレの娘たちは二人とも公務員で、婿も公務員だ!

公務員の親だから、オレだって公務員みてえなもんなんだ!

オレは偉いんだ!

とも言ってました。

いやいやいや、私、それなりの大学出てますし…

公務員だ!とご自慢の娘たちは(私にしたら義姉たちですが)私の高校の先輩ですが…

確かに父子家庭ですが、いうたらうちの父も公務員で管理職でしたが…

でも義父の中では私は

格下のチンピラ


なわけで。


二言目にはチンピラ呼ばわりでした。