今年の夏はかなり悔いが多かったでござるよあせる

旅は岐阜にしか行けず、
ゲーセンで予想以上に支出してしまいあまり勉強もせず


...いや
日本男子たるものこの程度でへこたれてはならぬ(>_<)







某はやればできる!!!

という訳で皆様も今日も一日頑張ってくだされい
\(^O^)/
「ざまを見よ!!!!!
やはり謀反人の末路は
無惨よの!!!
たかが下民に首をとられようとは
恥さらしよの」
神戸信孝はあたりの者に大声で辺りの武将や小姓らにむかって語りかけ
豪快に笑った。

(なんと品の無い
名目だけとはいえど
これでも信長公弔いの
総大将なのか)
丹羽長秀はこの若い大将を侮蔑の意を込めて眺めていた。
否、それは長秀だけでなく羽柴家の将たちも同じだった。
信孝からは信長が
辺りに振り撒いていた
独特のカリスマ性や
威厳という物が微塵も感じられなかった。
故に多くの者が(織田家もこれまでか)と思っていた。



しかしこの中でも
秀吉、秀長、そして
官兵衛だけは織田家に対して絶望を感じていなかった。
否織田家のことなど考えていなかった。
彼等は天下のことを考えていた。
織田家の天下ではなく
羽柴家の、秀吉の天下を。




















続きます(-_-#)
久々にブログらしい内容でござる(^^ゞ

8月13日に学友と共に岐阜城のある金華山(きんかざん)に登って参った\(^O^)/

現在天守しか残っておらぬがその昔は信長公の
政庁となっておった城なのでさぞや壮麗な造りだったのでござろう...



写メが撮れなかったので残念でござった( ̄▽ ̄;)



天守の頂上からは
晴天だったので名古屋駅まで見渡せてとても清々しかったでござる(>_<)

今回の唯一の後悔は
土産代だけで一万円いきそうになったことでござるかな(;´・`)