名前の無い怪物のブログ -30ページ目

名前の無い怪物のブログ

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次女自閉症天才……(^-^;焦っこの後私のグロい子供時代の話が……
次女自閉症無言お話しないです

ジェスチャーで 伝えてくれるの 次女が私の手をとり

次女四歳の腰に私の手を
うんちオムツ取り替えて と私は「 (^-^)わかったよ 声に出して

オムツ取り替えるから

ここに ごろん してね 」

ごろん してくれる

次女自閉症無言 お尻を

長座布団に 付けない 様に私の両手をとり ごろんします

汚れた お尻を 気にする様に 触る仕草を するので 汚れたお尻触らないで と 声に出す と


たまたま パチンコに負けて 早く帰って来てくれたパパが 助っ人 次女の手を 優しく お尻から 放す (^-^)

パパに
ありがとう 素直に 言えると 気持ち 良い



次女自閉症天才ちゃまは
声は 出すよ 笑い声も

最近は ばかぁーん 言う

意味は わかって 無い


私や 長女が 言うから

覚えて しまった と 言う事は 好き好きも 連呼すれば 言うかも 楽しみな期待です が 望んで無い

あなたは あなたの ままで 居てほしい と 言う気持ちも ある




今は オムツも 取れなくても かまわない


ゆっくり成長して欲しい期待に応えてくれているのかも……次女 三歳のとき 一歳半の 知能だと 言われた


私 44歳 何歳の知能何だろ…… 十代で 止まってる 体は老化な私
………………………………ここから…………やばいよ…………………………………過去のトラウマ第一………………………………見たく無い人はご遠慮下さい…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………父親の怒鳴り声に怯え
母親の 裏切り盗っ人まがいされ

人を信じる 人間の核奪われた


頭ごなしに 怒鳴る父親

何も 言えない 顔色伺い 喜びそうな 言葉を選び


母親は私が小学校低学年に 一週間の 家出

父親に一泡吹かせ たかった 今思う と それだけ

私は 母親が様子がオカシイ
私も連れていって!!
胸騒ぎを 覚えながら
言ったよ

でも 母親は わかりきった嘘を ついた 近所の集まりが ある からと

私は 諦めた でも

夜なのに 明るい青夜を

どちらに 駅が あるか
わからない ながら 走って 追いかけ 姿が見えない ケド 走った 結局家に戻り だれも 居ない家

父親は 会社勤め夜勤昼勤
イロイロな パターン の 勤務 が


玄関で 寝てれば お母さんが 帰って来ても 父親が帰って来ても すぐにわかる 様に 毛布一枚来るまって 寝たよ

朝父親が 帰って来て
どうした と お母さんが出て行った と

父親顔色青ざめ 絶望した

父親が 母親の実家に私を預ける と 言った 私は

父親が心配だった ケド

明るく振る舞ったよ
おばあちゃんちにお泊りだ!!
駄々っ子しても 始まらない 父親に 迷惑がかかる

どんな 状況だって 父親母親の住む家が 安心なのに たとえ 誰も 家に居なくても


もっと 小さい時の生後10ヶ月 もっと 小さい時の記憶も ある よ

悲しみ の記憶

10ヶ月 と 言い切るのは その後母親が 教えてくれたから 母親が突然入院して

私は 母親と 理解はなかった時期に いつも世話してくれる 人は どこ にいったん だろ 知らないおばさん世話して くれるから 笑おう と 考えた記憶や 母親が退院して また 知らないおばさんに
抱っこ されそーに なった時は 嫌だと泣いた ら
母親が 人見知り しない子なのに と 言った記憶があるよ


幸せな 記憶より 辛い記憶の方が 頭に 残ると思うよ 良く幸せの記憶が残るとか テレビで聞くケド
違う と 思った また モドに 戻るね

母親が 一週間家出した 次の日 夜勤あけ で 帰って来た 父親が 青ざめてた やっぱり 母親の実家には 私は 行かないで
おばあちゃんに 来て貰う事に なった


その前後 記憶が曖昧だけど 父親が絶望して 私の首を 閉めた 私は 生きるのを 諦めた だから 首に力を 父親が 入れた時
抵抗するのは やめよう


と 思った 殺すなら 殺せ 生きるのを あきらめた


だから 心が 苦しくなると 喉が 痛む

でも 父親は 力を弱め

ごめんね と 泣いていた
私は何も 言わないで 抱きしめた


母親は 金遣いが 悪い

昔は 魚屋八百屋 別別のお店で 顔見知り何処に住んでいるか 知って居れば 顔パスで 現金なくても 買い物が 出来た だから 借金一年以内に 年末取り立てに くる その場の嘘ばかり つく 母親に 父親も 頭を抱えて こんな奥さん 相談した 所で

誰も 信じてくれない と 言い聞かせれば わかると父親は 母親の両親にも 母親の金使いの荒さを 相談しない で

子供の私にも わかる説明を していた


だから 家出先で 借金を沢山作るかも と 不安だったのかも 知れない


どんなに 楽しい 遊園地に行っても つまらない母親の嘘で 父親は怒鳴る

楽しい後は 不幸 と私の頭には 計算式が出来上がる

父親が 母親を 殺してしまわない 様に 両親の見えない距離で 父親の怒鳴り声を 耳を 塞ぎながら 聞いていた


ぶっちゃけ 虐待 もし
施設が ある 事を知って居たら 親から 逃げ出したかった


嘘つき 母親は 父親の兄弟の 兄の家に 遊びに行き 兄の背中に 隠れ 好き放題 言った 後に聞いた話し


父親は 私に 母親を迎えに行く と 言って 何処に行く とか 言わないから 父親も 失うのでは ないか と 不安だった

私は おばあちゃんと二人で 父親と母親の帰りを待ってる 事に なった

反面教師 私は自分の子供が 意味を理解出来なくても 二回寝たら 帰ってくる とか 必ず迎えに行くと 伝える 事が 出来ました ありがとう(^人^)


辛い記憶は 私の中で年月が消化してくれた

父親も 生きるため必死だった 母親を捨てる事は 母親の死を 意味すると
騙され捨てられるか
もっと借金して やばくなるか


結局寂しがりの 父親の性格上 捨てられなかった また 金遣いあらい 母親だったから バブル前に

お金を 家族に内緒で社内貯金を 沢山して 家を買った 貯金してる時父親は 荒れて いた 喜びを分かち合えない から 苦しく お酒飲んで コタツひっくり返し してた


一度 母親に 父親と 離婚出来ないの? と 聞いたよ 金銭感覚の無い私は

食事にひもじくても
毎日暴れる 父親にうんざりだった


母親は 父親に すがるしか生きて行く 方法が無いと

お休みなさい 頑張って寝ます