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視床痛熟女の行ったり来たり

視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。

ブログって…

今、長々と書いたの全部消しちゃった。

ブログってなんなんだろう。

文字に起こすと、色んなこと精神的に楽になるのよね。

そんなんでいいのかなぁ。

って思った。

ブログって自分のことだけを一方的に述べるよね。

痛い、後悔、ついてない、堪え難い…など。

ブログじゃあ当たり前なんだろうけど…

それを読む人たちだって辛いこと沢山あるのに…

その相手のこと考えるとダラダラ書けなくなった…

もちろん悲観的なことばっかり書く私に限ってのことだけどね。

無理をしてでもまったく違う話題で書けたらな。

 

 

 

最近なんか変じゃない?
一日中半端なくない?
痛いの

ねぇみんな
視床痛のみんな
( ; ; )

あなたは一人じゃないよ

て、自分に言ってるし

幸せってなんだろう。
昔のCMじゃないけど、
本当になんだろう。

子供が幼児の頃から色んな事があって、
不幸せだった。
でも子供達はすくすく育ってくれた。
本人達はそれなりに辛い事もあったみたいだったけど、今となってはいい経験だったようだ。

それが幸せなんだろうか。
なんか変だ。

そのうち私は倒れて今の身体になった。
私にとっては、それまでの倍の不幸せがやってきた。
痛い不幸せ。
そして今も続いている。
痛みを少しでも取りたくて色んな施術をした。
不幸にも痛みは倍増。
また不幸せがやってきた。
そうして出来ることが前より減り、どんどん老いるばかり。

でも、クリスマスに子供達が孫を連れてやってきた。
その光景を痛いながらも眺め、微笑ましく暖かった。
これが幸せというものだろうと、かみしめた。

悲しいかな、それはいっときの事。
天候によっては痛みで眠れない夜を過ごす。
そんな時は、やっぱり思ってしまう。
私はこのまま痛みに耐えながら死んでいくんだなと。
これでも幸せだと言えるんだろうかと。

でも幸せって、結局自分が決める事なんだ。
私には健康な娘二人と孫二人がいる。
それだけを心に刻んで、それだけで幸せなんだと。
痛くて舌を噛んで死にたい時、そう思って、そう思いながら、命を全うしたいと無理やり思う。
幸せとは自分が決める事だ。

あぁ…でも、こんな痛い最後がやってくるとは、
思ってもみなかった。

この、辛くなんとも言えない悔しさ、
あたしだけじゃないはず。
小さい幸せ見つけて頑張るしかない。