立憲民主党は選挙互助会、統一された政策も理念も無い烏合の集団、と云われてきたが今回の「中道」への合流はまさにそのまま流石にどんな反論も不可能だろう。中道とは創価学会の仏教用語であり、右と左の中間と云った意味合いでは全くない。池田大作の人間革命論の中の言葉であり、親中であることの根本義でもある。

 信心もないままにこの「中道」にすり寄れる、と云うことの意味は自身の中身が空洞であることが前提になる。何とも恥ずべき姿だ。これで1+1なら2になると本気で思っているのなら最早救いようがない政治センスと云える。選挙の都度得票を激減させている両党にとって自殺宣言に等しい。

 時代が政党を淘汰しているのだ。世界はかくあるべきと云う理念が現実離れしてしまい、楽園主義のリベラリズムは笑われるだけの妄想でしかなくなった。現実に正確に対応する、そのこと以外の何かであることは許されない。日本の政治状況もその流れの中にある。高市は偶然ここに居るわけではなく、時代が呼び寄せた現実主義者なのだろう。「中道」と云う意味不明な左翼リベラリズムが抵抗しているのは高市ではなく、実は日々の現実であるに過ぎない。妄想の楽園主義、その最終章を見届けたい。

 

 

                         川口