清水のkeyboar道 -2ページ目




様々な不純物が折り重なり…



それらは長い年月をかけて、時と共に洗練されていく…



不合理の連続…



そして衝突…



衝撃によって生じるノイズ…



ランダムに発生する事象…



それらが『一定のバランス』を帯びることで…



初めて新しい何かの歯車が動き出す…






おぼろ気で不安定な空間の中…



何故か背景に感じる安心感…



それは一定に流れる時間軸のせいなのか…?



それとも重力…?



先天的に知る歴史…?



『時が経つこと』



それは次第に自己の存在に対する認識を促し…



今の自分の状況を明確にしてくれる…

パズル

最近レッスンの宿題として出される和声と対位法の課題にハマっています。



面白いんです。



音を理論的に配置していく作業も。



それによって生み出された横の流れを感じ取ることも。



完璧に施された和声を見ると、ダイヤの原石を眺めているような錯覚に陥ります。



いわゆる『絶対的に自然であるもの』。



それがそこに存在するという錯覚。



何故かとても心踊る思いがします。



古典和声の歴史を振り替えれば…



ジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)から始まり…



ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)…



フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)…



ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)…



ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーベン(1770-1827)…




音楽史の大先輩である彼らが用いたり、生み出した音楽的な公理は言わずとも偉大であり、多分に絶対的なものであると思っています。



そして何よりも美しい…!



それらを学術的に体系化した方々の功績も素晴らしいと思います。



まぁそういったコトを抜きにしても、とりあえず単純に興味深いし面白い。



学生時代に一生懸命和声を勉強してた時代では、暇な時とかに頭の中で和声遊びをしながら暫く呆けてた(妄想
してた)くらいの余裕があったような記憶がありますが…



ブランクがある今は僕自身未熟な為、1つの課題を解くのにかなり時間がかかります。



でもいつかは原石からダイヤを生み出すことが出来れたらいいなぁ…。



まぁ何年先のことやら。



ヽ(´ー`)ノ



そういや『絶対的に自然であるもの』で思い出しましたが…



僕は『自然なもの』に結構魅力を感じます。


月とか太陽…



道端に転がってる石とか生い茂った草…



土や風…



水や火…



何で魅力を感じるんだろう。



多分それは彼らには彼ら自身の歴史や真理があり、それは多分僕なんかには計り知れないし、手が届かないからだと思います。



まぁ自然に限らず、手が届かないものって美しいものが多いですよね。



人間はそれに近づこうとして、その過程の中で全て分かったような気になっているだけです。





なんちゃって。



(^ε^)/

変な時間に起きました。

最近、例えば朝起きて部屋を見渡すと、「今自分がやりたいこと」がそこら辺に幾つもあることが確認出来ます。


今思い付くままに書いてみます。



「ピアノ弾きたい。」


「対位法の課題やりたい。」


「アレンジの譜面書きたい。」


「そこにある和声の本をチョロっと読みたい。」


「向こうにある楽譜を読みたい。」


「楽曲分析したい。」


「音楽聴きたい。」


「耳コピしたい。」


「お菓子食べたい。」


「掃除したい。」



…etc



瞬間で思い付くのはこんな感じ。



でも全部やろうとしても出来ないじゃないですか。



「何しようかな…?」としばらくおぼろ気に考えます。



でも結局何にもせずに布団にくるまってます。



理由は眠いのと、あと時間が経過していくうちにめんどくさくなってしまうから。



もう人間としてダメなんだなと思いました。


明らかに「行動が伴わない人」の例。



大学時代は毎日毎日学校行ってピアノ練習してたのになぁ。



あの時の熱意は何処へやら。



…このままではダメだ!!



あっ、二度寝に突入します。



P.S.

いっさくんや。

ライブをしたいです。